世界情報通信サミット2001
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ネット会議
3月1日(木)−3月6日(火)の発言内容
From: 福富 忠和  2001/3/1 19:39
Subj:【254】放送の未来について
【要旨】メディアミックス型の連携コンテンツの可能性
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業界サイドから観た場合、放送とネットの共存(新聞や出版もそうですが)は、その連携がキーではないかと思います。これは一部、先の古川さんのご提案に同じかもしれません。
【245】古川泰弘
放送受信機にアダプタを接続することで視聴者参加型番組が作られてきましたが、普及には今ひとつのような印象を持っています。しかし今後は番組とネットとのリンクが活発になり、番組からアーカイブ(ストリーム)への接続、その逆も起きるようになっていくのではないでしょうか。隣のチャンネルに切り替える以上にネットへの切り替えについても、番組作成側は気を配るようになって、番組の質は向上すると思います。最近の国会の出来事も、アーカイブにリンクできれば、質疑の内容を過去の代表質問に飛んで、内容を確認し、改めて現在の審議の内容を考えることができるようになると思います。
仕事として、放送、ネット、出版などをリンクするミックス型のコンテントの制作に関与していますが、非常に大変な作業です。

大きな問題は、各業界の体質がまったく違うこと。コンテントについて決済する仕組が、業界ごとに違うこと。そして、各メディアを横断し、メディア特性別にコンテントを設計し、制作・プロデュースできる人材がいないこと。

関連して、コンテント・素材を、放送、ネット、出版物などで横断的扱うため、技術上でもフォーマットや要求水準にかなりの差がある点なども問題です。しかし、頑張って実現したケースでは、それなりに良い結果が得られています。

中味をはっきり言えなくてもうしわけないのですが、たとえばある小さな番組(1クール)では、視聴率から換算した視聴者数が300万人弱関連のCD-ROMつきの書籍12万部販売関連Webでの会員登録、おそらく数千人、1万人以下(だと思います、正確な数がわかりません)という結果でした。

これは番組としてはたいしたことありませんが、出版物やWebとしてはそれなりに成功の部類じゃないかと思います。
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From: 江藤 学  2001/3/2 3:05
Subj:【255】伝達意欲、伝達技法
【244】太田秀一
・上記の『理科系の作文技術』を思い切り平易にして、
・それを小学校の国語の授業で「正規の教科書」とし、
・上記のジャーナリスト学校や、米国で人気のコミュニティ・カレッジのテクニカル・ライティング・コースのカリキュラムを思い切り平易にして、
・それを小学校の国語教育の「正規のカリキュラム」とし、
・ついでに国語の先生は、理系またはジャーナリスト学科卒業者の場合、お給料を3倍にする、
・ただし文系卒の普通の国語の先生にも、ジャーナリスト学校に通うのを奨励する
こういうことをぜひ実現したいですね。

私も大学や大学院で理科系の学生に講義をするたびに、「研究者・技術者は、良い研究開発をするだけでは駄目で、自分のしたことの内容を分かりやすく他人(素人)に伝えることが出来て初めて価値がある。」と言っているのですが、大学生になって突然そういわれても、それまでコミュニケーションの訓練を受けてこなかった学生にはなかなか難しいようです。

太田さんには、私の言いたかったことを、分かりやすく纏めていただき、感激しました。まさに、太田さんのような方が、技術者と市場とをリンクしていくのでしょう。日本には、そういう「分かりやすく説明する技術」を教えてくれる場がほとんどありませんよね。ジャーナリスト学部でなくても良いので、理科系の学生にもコミュニケーション技術を必須にして欲しいものです。

個人的には、それが実現すれば技術系の行政官というのは不要になって、私は失業する気もして恐ろしいのですが(笑)
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From: 江藤 学  2001/3/2 4:28
Subj:【256】放送の未来について
【要旨】電波を使った放送事業は壊滅するが、テレビ局はコンテンツホルダーとして君臨し、現在のインターネットコンテンツプロバイダーが大打撃を受ける。 
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放送の未来について御意見募集というのを見て、以前安田先生とご一緒して議論していた頃に思った疑問をまた思い出しました。それが、「放送って何?」です。

山村さんや福富さんも同様の感覚をお持ちのようですが、いまや、放送は垂れ流しで、インターネットはオンデマンドという区別は意味が無いと思います。デジタル放送が目指す方向は、多チャンネル、インターラクティブだそうですが、それは正にオンデマンドに近づく方向ですし、インターネットラジオや、ウエブTVは垂れ流しの思想が入ってきていますよね。コンテンツの面から見れば、現在電波で提供されているものは全てネットで流せるわけですし、コスト面での差はどんどん小さくなっています。さらに、ネットによる一対一提供ならば、課金管理も容易で、コンテンツホルダーの参加も得やすいと考えられます。

こう考えると、限りある無線帯域資源を、固定局(テレビ局)と固定局(家庭テレビ)との間の情報伝達に利用するのはすごく無駄だと思えてくるのです。少なくとも日本では、無線は、モバイルの環境のためにあると割り切って使っても良いのではないでしょうか。

勿論、電波を利用した一対多のコンテンツ提供も少しは残ると思いますが、電波資源の有効利用のため、それはごく一部にすべきです。例えば、緊急災害情報、選挙速報、スポーツ試合などの実況中継など、リアルタイム性と多人数同時参加性を満たす領域のみではないでしょうか。
近未来のテレビは、アンテナ端子とネット端子を持ち、大半の番組はネット経由で送られ、一部の番組のみが電波を経由して送られることになるのではないでしょうか。ユーザーは、その番組がネットから送られたものか、無線で送られたものかを意識する必要も無いでしょう。

なお、こうなったときに、セットボックスのストレージ機能が必要かどうかも疑問です。十分に高速な回線と比較した場合、ストレージ機能は、放送の有線に対する弱点を補うものでしかない気がします。

私はこのように、現在の一般的「放送」については否定的ですが、「放送局」は「放送」とは切り離して考えるべきだと思います。現在の放送局は、電波を媒介とした情報伝達事業者の性格と、コンテンツの製作・流通・販売者としての性格の両方を有しているわけですが、前者の性格は前に述べたように、事業性を失う可能性があります。しかし、その反動として、コンテンツ製作・流通・販売者としての性格がより一層強まると思います。この分野での放送局の蓄積は膨大で圧倒的ですから、誰も(除:

ハリウッド)太刀打ちできず、多くのインターネットコンテンツプロバイダーが淘汰されることになるでしょう。ここは山村さんの不安の通りだと私も思います。

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From: 水野 隆一  2001/3/2 9:07
Subj:【257】放送の未来について
【256】江藤学
近未来のテレビは、アンテナ端子とネット端子を持ち、大半の番組はネット経由で送られ、一部の番組のみが電波を経由して送られることになるのではないでしょうか。ユーザーは、その番組がネットから送られたものか、無線で送られたものかを意識する必要も無いでしょう。
江藤さんのこの論旨には全面的に賛成しますが、こうなると正に『放送とは何か?』という議論になってきますね。無線と有線という意味では、CATVだって有るわけですし。
私はこのように、現在の一般的「放送」については否定的ですが、「放送局」は「放送」とは切り離して考えるべきだと思います。
この論旨にも全面賛成ですが、一つだけ付け加えさせてください。現在の放送局は『コンテンツ制作』と『放送(送信)』のほかに、『編成(タイムテーブル作り)』という機能をもっています。(コンテンツ制作を分けただけですが)この『編成機能』こそが、垂れ流しを可能にしているスキルであり、少なくとも現状のオンデマンドベースのネット系の最も欠けているものです。

また、『編成』を高度なものにしているのが、24時間に対応できるだけのコンテンツの蓄積です。ただ、このコンテンツの蓄積については、時間が解決してくれる問題であり、現在のように放送局のコンテンツ作成能力が落ちていることを考えると、ネット系企業が追い付く事も可能だと思います。(10年スパンですが)

ラジオの場合、長時間編成などこの『編成』そのものが弱体化しており、対インターネット放送局に対する競争力を失っているとみます。テレビ(映像放送)の場合には編成の優位性は、まだ放送局側に残っており、本当にネット放送局が垂れ流し放送を指向するのであれば、この編成機能の獲得が不可欠です。

この点を考えると、少なくとも『べき論』はともかく、実態としては、現放送局は垂れ流し放送で、ネット系放送局はオンデマンドで生き残るという図式が現実的だと考えます。もちろん、例外的に頑張る企業はでる可能性は否定しませんが。
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From: 山下 鐵五郎  2001/3/2 10:02
Subj:【258】放送の未来について
英国の動向をご紹介致します。「通信の新たな未来」と題する白書を英国(DTI)産業貿易省と文化・メディア・スポーツ省が共同で作業し、発表しております。通信・放送両方を一括する独立規制機関としてOFCOMの設置を提案しています。
12/12/2000 The Communications White Paper - The Future of Regulation for Telecommunications and Broadcasting -

ニュースフラッシュとして「海外電気通信」2001年1月号に紹介されています。ブレア政権下で構想されたものですので、立法府として来年立法化をめざしているようですが、本年の英国の選挙が影響するそうです。
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From: 池田 信夫   2001/3/2 10:05
Subj:【259】放送の未来について
【256】江藤学氏
こう考えると、限りある無線帯域資源を、固定局(テレビ局)と固定局(家庭テレビ)との間の情報伝達に利用するのはすごく無駄だと思えてくるのです。
これは逆です。現在のNHKの番組を配信するコストは、1世帯あたり年間500円ぐらい、BSは100円です。いくら光ファイバーが発達しても、これ以下の価格で配信できるのはかなり先でしょう。現在の放送システムは、超経済的なのです。それは電波が自然に「同報」機能を持っているからです。インターネットの「マルチキャスト」は面倒だし、サポートしているISPがほとんどないから、「放送」型の伝送は、しばらくは衛星で生き残るでしょう。

江藤さんの議論は、いわゆるNegroponte switchだと思いますが、これ自体がもう古い議論です。前にも書いたように、これからは有線と無線の区別がなくなるからです。次世代の無線では、コア・ネットワークはWDMになるので、違うのはラスト・ワンマイルだけです。これも802.11はイーサネットと同じだから、送る側は有線・無線を意識する必要はありません。

しかし、これから広帯域の伝送が始まると、ユニキャストとマルチキャストの効率の差は非常に大きいし、マルチキャストでの無線の優位性も残るでしょう。この意味でも、衛星なら200億円ですむ放送を1兆2000億円もかけてやる地上波デジタルは、愚の骨頂です。
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From: 飯坂 譲二   2001/3/2 14:58
Subj:【260】放送の未来について
1:途中の通信方式が電波であれ、光ケーブル内の光であってもかまわない点は私も、同感です。

政治的には、放送法や電波の割り当て利権をもつ郵政族議員や省庁間の権力・テリトリー争いがどうなりますか・・・

2:私には、放送や新聞といった区分よりは、情報ソースの場所と、情報の発生から、その情報を広域的に発信するまでの時間または遅れで区分される方向にいくように思えます。

ニュース、株の動きなど刻々変化するのは、一日つけっぱなしTVチャネルで投げ目、興味を引いて詳しく知りたいときや見損なったプログラムはWebで表示できるアーカイブされた映像や文字をオンデマンドで検索表示する。劇映画や特集プログラムは専属のチャネルでWebからダウンロードする。

私の住んでいるところでは、天気予報専用のチャネル、コミック専用のチャネル、有料映画のチャネル、ショッピングチャネル、コミュニティのチャネルで、地方自治体のニュース、不動産専用チャネルでマーケット情報、株価を一日中放送するチャネル、教育専用のチャネル、料理専用チャネル、果ては医者相手に手術場面を放送したり、新しい医療技術を放送しています。100チャネルぐらい入っています。一日中、連邦議会や州議会からの中継チャネルもあります。それと同時に、Webアドレスが紹介され、詳しくはhttp:・・ ドット.comをみるようにとのこと。見そこなった天気予報は繰り返し放送される前にWebで調べるという習慣になります。

新聞の各記事には、音声やビデオ付きをしめすマークがあるので、ビデオ付きの記事を表示させれば、TVニュースをみているのと同様です。

いまディジタルTVの受信を推進中で、この方式では200チャネルほど入るようになり、バスケットボール専用、野球放送やゴルフ専用チャネルなども追加されるようです。

ラジオも、数十チャネルで、チャネル毎にクラシックもバロック、ローマン派などのジャンルに別チャネルで当然、ジャズ、カントリーなどにもあり、新聞、TV ラジオ放送といった20世紀前半の区分ではなくなると見ています。

日本の各官庁にある記者クラブは、官庁発表を全部Webにのそれば、それだけで、古い形態からだっせられるのではないでしょうか。多分既存のメディアの方からは大反撃をあびるとおもいますが・・

要は、どんなニュースを流さねばならないのか、どうして流さねばいけないのか、またどのように流すのは一番よいのかがはっきりすれば、自ずから、必要な技術とインフラが見えてくると思います。企画と編成のうりょうくでしょうか

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From: 本荘 修二  2001/3/2 18:03
Subj:【261】逆転の発想・クリエーターとリスナーを共通利害者にするアイデア
【248】坪田知己氏
本荘さんの上記の記述ですが、私の意識は「ファンクラブの延長」です。熱烈なファンは1億円のファンドを購入するでしょう。「一曲だけ聞きたい」という小学生は50円のファンドを買うでしょうーーーというイメージです。自分の可処分所得と、どの程度好きか(=コミットしたいか)によって、ファンドの購入額を調整すればいいと思います。
デビッド・ボウイ債を思い出しますが、新人を育成するという見方からも、役に立つアイデアだと思います。著作権保護という面からは、熱烈なファン以外のリスナーを取り込めないので不十分と考えたのですが、広い視野でみればアーチストの株式化のようで面白いし現実味もあります。するとなおさら投資回収を損なう不法コピー/配信対応や著作権制度の世界的整備が求められるでしょう。この戦いはかなり大変なものになるかと思います。
「事業者からの徴収」は「間接課金」だと言えるでしょう。でも「直接課金」が成立していないのに「間接課金」ができるというのは、スジが通らないと思います。やはり直接課金の道は追及すべきで、「PC=POSレジ」構想は、世界のハードメーカー、OS提供者、もしくはストレージメーカーがどうしてもやらなければならないテーマだと思います。
もちろん理想は直接課金です。それが最もわかりやすくシンプルです。先にも松武氏の論に賛成しましたように、基本は坪田さんに同意です。小生の主旨は、このインフラ案に賛成しつつも、運用において注意すべき問題を提起したかったのです。単純な直接課金は現実的には課題があります。価格設定の自由、そして他メディアより魅力的にする、などの点です。例えばレンタルサーバーなど他サービスを売るために、ドメインネームは原価割れの低価格で提供されています。ISPは各ユーザーごとにコストを請求せずに、おおまかなコースごとの会費収入が基本です。デジタルTVのePFネット社は音楽ダウンロードを計画していますが、広告、EC出店フィー、その他の収入を基盤として、楽曲のコストそのままの従量課金は行わない雲いきです(音楽はユーザーをサービス全体に引き込むためのコンテンツ価値もある)。したがって、課金は事業者の創意工夫にある部分はゆだね、課金と著作者への分配は別に考えた方がよいと述べたのです。
加藤さんの「鑑賞権」はその通りで、森亮一先生が提唱した「超流通」はその考え方です。
「鑑賞権」賛成です。が、ユーザーが好きなように楽しめるという利便性が優先されますので、その辺の解決が必要。加藤さんの説明にもあったようにボリューム・ディスカウントなどの、沢山音楽を楽しむインセンティブが大切です。直接課金で気になるのは、好きな曲を聴く回数をお金がもったいないとガマンするとか、10ミュージシャンの曲をききたいのを5で止めてしまうとか、アーチストとリスナーを両方とも育てる仕組みがプライシング(映画も学割がありますが)などに入っていなければ産業の発展が減速する、あるいはネットでなく他メディアばかり使われる恐れがあることです。単純なPCのPOS化だけでは解決しにくい問題が残るでしょう。また、ネットだと相当安い価格が求められます。そして(ごまかしなき直接のコスト提示で)消費者の利用量が伸びにくくなるあるいは抜け道を用意する業者が出てくる等の対策をとることが大切になるでしょう。
ネット上で「地域通貨」が成立するという話を聞いたことがありますが、「支払い」という行為に「投資」という意味を持たせると、「消費」が、創作、製造へのコミットーーという形になるわけですから、そこに次世代の経済社会の可能性の窓を開いてみたいと考えています。
いままでは熱狂的なファンもちょっとしたファンも買うCDアルバムの数は同じでした。投資には差がついてアーチストとファンの一体感が増し、花が咲く前のアーチストへの新たな金銭的バックアップが生まれます。同時に、投資循環を継続するために、市場全体を継続的に発展させることへの大きな力が生まれると期待します。でも株式SECのような監督も欲しいですね。
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From: 加藤 良平  2001/3/2 18:09
Subj:【262】ストレージ機能の今後
【256】江藤学
なお、こうなったときに、セットボックスのストレージ機能が必要かどうかも疑問です。十分に高速な回線と比較した場合、ストレージ機能は、放送の有線に対する弱点を補うものでしかない気がします。
なるほど、従来のメディアでは、時間を越えやすいものは空間を越えにくく、空間を越えやすいものは時間を越えにくかったわけですね。ストレージ機能は前者の代表で、電波は後者の代表です。そう考えると、インターネット的なもの、あるいはビデオ・オン・ディマンド的なものは、空間も時間も越える始めてのメディアといえるのかもしれません。

その中で、ストレージの役割は...うーん、私は一年前まで家電メーカーにいましたが、彼らにとっては(もちろんユーザーにとっても)ものすごく大きな問題提起だと思い ます。

ひょっとすると個々のユーザーの好みに特化したプロセッシング機能とストレージ機能とが一体になって、はじめてストレージは意味をもちうるのかもしれません。

もちろん、その個人向けプロセッシングも全部取りこんだウルトラお化けサーバーが出てくれば、それも要らなくなるわけですが...
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From: 加藤 良平  2001/3/2 18:17
Subj:【263】 ネット・コンテンツ上のウイナー
【257】水野隆一
この論旨にも全面賛成ですが、一つだけ付け加えさせてください。現在の放送局は『コンテンツ制作』と『放送(送信)』のほかに、『編成(タイムテーブル作り)』という機能をもっています。(コンテンツ制作を分けただけですが)この『編成機能』こそが、垂れ流しを可能にしているスキルであり、少なくとも現状のオンデマンドベースのネット系の最も欠けているものです。
この3つに分けた時、制作は実際にはかなりアウトソーシングしているのですから、放送局の本質は編成機能、ということになりますね。CMの営業機能は別として...

制作プロダクション側は、素材としての番組を、垂れ流し型の発信者にもオンディマンド型の発信者にも提供していくでしょう。そこで垂れ流し型における最大の付加価値が編成力であるのと同じように、オンディマンド型における最大の付加価値は、その番組にいきつくためのタグでしょ う。

ホームページ・コンテンツのhtml内の一番上に記述するメタ・タグみたいなものです。

ネット・コンテンツ上のウイナーは、そのタグづけセンスが圧倒的に優れているプレイヤーかもしれませんね。
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From: 広瀬 正   2001/3/2 23:19
Subj:【264】「知の共有」についてビジョンとして大切な提案
何年サイクルかは判然としませんが、知の共有が「Knowledge Management」という呼び名で再度、注目されています。この分野への新規参入ベンチャ企業も多く、先日シリコンバレーで開催された同名のカンファレンスはたいへんな盛況でした。

一つの考え方は、インターネットの効果の一つが知の共有で、これは多くの方が同意するところだと思います。情報洪水の弊害、著作権の侵害という悲観的あるいは警告的な観点での議論もありますが、わたしは、積極的発展を目指すべきと思います。問題は、それをどのように実現するかです。

Yahooを代表とする検索エンジンサイトは、社会的に重要な価値を提供しています。ご存知かもしれませんが、米国では、政府・公共情報のインデックス (Goverment Portal)を作ろうという動きがあります。企業の中にも同種のポータル機能が大切だというのは多くの専門家(コンサルタント)の指摘するところと なっています。たくさんの情報をリンク付けて、少なくともどこに何があるかぐら いは、一箇所でわかるようにしよう、そうすれば便利だ、ということで、大いに社 会に受け入れられています。

今後、これらの活動は極端に言えば中央集権的なサーバを持たないPeer to Peerと呼ぶ新しい分散アーキテクチャ上でさらに発展すると思います。(Peer to Peerというと音楽コンテンツ流通のNapStar問題が有名になり、なにかうさんくささが連想されますが、それは間違ったイメージです。)この種の技術の発 展は、みんなの考え方に少しずつ変化を与えるのではないでしょうか。つまり情報 は「分散」所有され、管理は所有者が「直接」にかつ「自律」的に行うことが常識 というか合意となるのではないでしょうか。情報の価値も市場というかコミニティ イが自然に決めるようなメカニズムが育成されることを期待します。技術発展が未熟だった時代の放送法のような規制や保護はあまり作らないほうがいいと思いま す。peer to peerのたぐいの技術はまだ未熟ですが、規制や保護が難しいからと いって敬遠すべきではありません。

「知の共有」が現在以上進むことは、社会全体の効率向上につながりますし、個人の満足も向上するとおもいます。楽しい社会を作るためのいいビジョンの一つだと思います。
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From: 江藤 学  2001/3/3 3:42
Subj:【265】放送の未来について
【要旨】編成機能の重要性を強く認識しました。
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水野さんの指摘された、番組の「編成機能」は、私は見落としていました。確かに、「垂れ流し」を事業化している最大の力は「編成機能」ですね。で、この能力はネット社会(オンデマンド社会?)でもすごく価値のある機能なのではないでしょうか。加藤さんが書かれたように、オンデマンド番組での最大の付加価値は、私も「タグ付け」だと思いますが、放送局の持つ番組編成能力は、このタグ付けのノウハウとしても高い価値を有する気がします。現在のインターネットコンテンツプロバイダーに対するテレビ局の強みがまた一つ増えた気がするのは私だけでしょうか。

なお、加藤さんの書かれた、「制作部分のアウトソーシング」については、私も認識しておりましたが、現在の制作プロダクションに対する放送局の支配状況が頭にあり、つい放送局を制作者と整理してしまいました。放送事業の未来について、期待を込めた観測を書いた以上、コンテンツ制作者に対しても期待を込め、制作者が放送事業者から独立して、様々なメディアにコンテンツを提供できるようになるという絵を書くべきだったと後悔しています。

正直言えば、私も水野さんが仰ったように、「現放送局は垂れ流し放送で、ネット系放送局はオンデマンドで生き残る」ということかなと思ってはいますが、両者にもっと危機感を持って事業展開を考えれば、これまで無かったような新しいコンテンツが生まれるのではないかと期待しています。

私は日本はこれから、「知」力で生きていくしかないと思っています。ですから、「コンテンツ」の制作力(これには編成力も含まれますね)を如何に伸ばしていくかが、今後も最も重要な課題だと認識しています。コストの問題は高度成長時代には重要な課題ではあったのでしょうが、今後は事業家が採算と照らし合わせて判断すればいいことではないでしょうか。
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From: 池田 信夫   2001/3/3 16:50
Subj:【266】e-Japan
IT戦略本部の「e-Japan」計画が発表されました:
http://www.kantei.go.jp/jp/it/network/dai2/2gijisidai.html

まず、この恥ずかしい名前を何とかしてほしいものですが、それよりもIT戦略会議のときは、民間主導でそれなりに新味があったのに、「本部」になってすっかり「審議会答申」的になったのが特徴的です。目についた問題点は:

●「IT基本戦略」では、ITとは「超高速インターネット」であるという明確な割り切りがあったのに、今回はいつの間にか「デジタル地上放送」がまぎれこんでいる。インターネットを見ることもできない、ただの横長テレビがどう「高度情報通信ネットワーク」なのか。それとも総務省は「通信ネットワーク」の定義を放送を含むように拡大したのか。

●「公正競争条件の整備」と称して「非対称規制」が入っている。NTTドコモを狙い撃ちにした規制強化策のどこが「公正競争」なのか。非支配的事業者については「大幅な規制緩和を行う」そうだが、そこから世界進出するドコモを除外して、どうやって「世界最先端のIT国家」になるのか。

●そしてまた「NTTの経営形態の見直し」だ。いつまで同じ話を繰り返しているのか。インターネット時代に「市内」と「長距離」をわける「完全資本分離」にどういう意味があるのか。

せっかく民間のイニシアティヴでおもしろい「基本戦略」ができたのに、役所に換骨奪胎されてわけのわからないものになってしまいました。「政治主導」や「官邸中心」といっても派手な方針を打ち上げるときだけで、実行段階で世の中の関心がなくなったら、こっそり都合のいいように書き直すのが霞ヶ関の常套手段です。
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From: 今川 拓郎  2001/3/3 22:13
Subj:【267】放送の未来
【要旨】放送の編成機能は必ずしも安泰ではない。
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民放のビジネスモデルはCMに基づく無料放送であり、営業及び編成がその源泉となっているように思います。

しかし、高速大容量のストレージとEPGを備えた端末が普及すると、就寝・外出中に視聴者の嗜好に応じたあらゆる番組を録画しておき、帰宅時に検索して好きな番組を見ることができるようになります。「マスの視聴者に対する同時性・即時性」はどんどん薄れていくでしょう。「垂れ流しかオンデマンドか」という点も同様です。

そうなると「ゴールデンタイム」の意味がなくなり、夜中の3時も午後7時も余り差がなくなって、番組編成の重要性が相対的に低下します。即時性に基づく視聴率も形骸化するでしょう(CMをスキップすることも技術的に可能です)。端末側のEPGやエージェントが事実上の編成機能を果たすようになり、その機能を提供するのは放送局でなくても可能です。

以上を前提にすると、放送の未来を考える上で重要な点は次の3つではないでしょうか?

@制作・蓄積
ディズニーやハリウッドに象徴されるように、良質なコンテンツを制作・蓄積することはこれまで以上に重要になっていくでしょう。コンテンツプロバイダー等と比較して、放送局・プロダクションのこの分野でのノウハウは非常に高度なものがありますので、放送(と呼ぶべきかわかりませんが)の優位性が持続する可能性があります。

A著作権
以前の著作権の議論にも関係してきますが、民放のビジネスモデルの場合(有料放送でも基本的に同じですが)コンテンツがどの程度見られたか(使われたか、コピーされたかを含む)を把握することは決定的に重要であり、これが無いとクリエーターに正当な利益配分が出来ません。P2Pが普及しても著作物の利用度を把握する(全数調査である必要はありませんが)ための著作権保護技術は、絶対に必要だと思います。(そういう意味で、坪田さんの「POSレジ」に賛成です。)この仕組みが確立できなければ、@における優位性も意味が無くなるかと思います。

B信用・ブランド
以前のmajorなdistributorの議論にも関係してきますが、報道や世論形成の面で放送局が行使する影響力は計り知れないものがあります。報道される側に立つと、ニュース番組等で流れる内容が事実誤認だったり、キャスターやタレント化した学者が加えるコメントが勉強不足に基づくものだったりする事もありますが(米国のニュース番組ではキャスターが主観的なコメントを加えるのは禁じ手のはず)、視聴者は各局の報道内容には圧倒的な信用を抱いていると思います。松本さんが以前ご指摘した目利きの役割もあります。放送のこれまでの信用・ブランドは先行者利益として働き、「マス」を相手にした媒体として不動の役割を担っていく可能性があります。

インターネット関連、家電業界、通信業界等、放送の競争相手が激増し、現状の高利益を維持していくことが不可能になることは間違いないと思いますが、放送が競争を優位に進めていくことは努力次第で可能だと思います。有線を使うか無線を使うかは、長期的にはコストの問題だと思いますが、その前に系列局の扱いという大きな問題に対処しなければなりません。

いずれにしろ、事業としての側面と第四権力としての側面を兼ね備えた放送が今後どう変容していくのか、多数の皆様のお考えを拝聴したいところです。
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From: 池田 信夫   2001/3/4 12:02
Subj:【268】放送の未来について
放送の現状は、「ビジネス・モデル」とか「文化論」を云々している場合ではないでしょう。

BSデジタルは、放送事故や製品回収が続出して、「実験放送」と揶揄される始末。このままデジタル化を決行したら、「集団自殺」になることは目に見えている。そもそも「放送の未来」があるのかどうかが問題なのです。

それなのに、総務省のやっているのは既得権益の調整ばかり。「e-Japan」計画によれば、周波数オークションを「2005年までに検討」するそうですが、なぜ「検討」に4年もかかるのか。これは地上波の割り当てが終わるまでの時間稼ぎでしょう。

だれもが無理だとわかっているのに、やめることができない理由は、「ここまで来たら引き返せない」というだけ。それを批判できない新聞が、諫早湾の干拓をあげつらう資格はありません。マスメディアこそ、実は「変われない日本」の最後進部門なのです。批判する者がいない分、農業やゼネコンより始末が悪い。

今回のシンポジウムで来日したFCCのペッパー局長に「アメリカの放送デジタル化は予定どおり2006年に完了するのか?」と聞いたら、「ノー」。「どうするのか」と聞くと、「わからない」。日本へのアドバイスは?と問うと、「HDTVにこだわらないことだ。いろいろな方式を実験したほうがよい」。われわれがオークションを提案しているというと、「いいアイディアだ」といっていました。
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From: 松本 功   2001/3/4 12:02
Subj:【269】『ユービック』
【要旨】フィリップ・K・ディックの『ユービック』の紹介
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余裕があったら、読み返して、きちんと紹介しようと思っていたのですが、なんだ か、バタバタしてその時間がありませんでした。

意味の無い発言は、情報のエントロピーを上げるだけですが、SFなどに興味がある人 であれば、意味が無いとも言えないかもしれない、と思います。SFは未来への懐疑に よって、なりたっている20世紀の小説ジャンルです。

私は、1961年生まれですが、ユービキタスということばを聞いて、一番最初に思い出 したのは、フィリップ・K・ディックの『ユービック』というSF小説です。

簡単に要約できる内容ではないのですが、(うろ覚えなので間違いがあると思いま す、お許し下さい)予言をして、情報を混乱させる「活性者」とその予言能力を中和 する「不活性者」の戦い・・・という出だしではじまり、

この部分は、コピーをして、情報の質を劣化させていく「悪者」とそれを退治する「超能力者」という点では、著作権を守る「善なるもの」という対比でいまなら、読めるのかも知れません。(あるいはその逆で、情報を自由に発信したい活性者とその情報は、システムに許容されるかたちでなければ、許さない立場の者が不活性者であるというふうによめば、不活性者は、情報の発信自体を圧迫する専制者です)

ところが、活性者たちの反撃で、不活性者たちは、一気に壊滅状態に陥ります。半数が死んでしまいます。この時代は、お金持ちの死者はみな、本当に死ぬ前に霊安室に入れられ、死ぬ直前の状態で、棺にいれられ、その棺はネットワーク化されており、

親族と通信によって会話を交わすことが出来るという設定です。死の直前で、最終的な死に至るまでの時間を、技術によって、徹底的に遅らせることができるというわけです。この人々は「半死者」と呼ばれています。

残りの不活性者たちが、事態を収拾しようとしていると壁に突然、メッセージが現れたり、不可解なことが起こります。事態を冷静に判断してみると自分たちは、生き残ったのではなく、すでに半死者になっていて、ネットワーク化された脳に情報が送り込まれてきているに過ぎないのではないかと主人公は疑います。

脳自体が電子機器によってネットワーク化されていますから(映画のマトリックスのような世界ですね)、いたるところに、「情報」が現れたり、収集されたり、ということは当然のことです。このような世界が、ある種の不気味さを持つということは、ユービック社会(ユービキタスが行き渡った社会)というのものを考えるときに、必要なのではないか、ということを申し上げたかったのです。

半死状態が、死にいたりそうになるときに、緊急にエネルギーを注入する特効薬の商品の名前がユービックというものなのです。

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From: 松本 功   2001/3/4 14:32
Subj:【270】伝達意欲、伝達技法
【要旨】未解決の問題を取り扱うには、さらに何かが必要ではないか
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太田さんのおっしゃられていること、本当にその通りだと思います。

ただ、伝達ということをいう同時に、何を考えるか、問題を発見すること自体についても強調したいと思います。

問題を発見して、その課題を自分自身のことであると感じ、その解決策を考えようとすること、考えて未解決のまま、相手に伝えること。一人では、解決策が見え出せない場合には、誰かと問題意識と問題点を共有し、さらに議論していく必要があります。

難しいのは、分かっていることを伝えるのではなく、分からないことをコミュニケーションするということです。ここでは、伝える側と伝えられる側が、一方通行ではなく、相互的な関係になります。

先生は、教授者ではなく、生徒は享受者ではなく、生徒も先生も参加者になります。先生はファシリテーターにならなければ、なりません。参加型ジャーナリズムというのがあれば、いいのですが、たぶん、そこから、開発して行くしかないでしょう。

私は、日本語の研究書を出す出版社を経営していますが、そういう対等な議論の日本語というものがないのではないか、とそもそも思います。決まったことを上から下へ、「伝達」する日本語はあるんです。(ここでの、伝達ということばは狭い意味で使っています。)

英語ならyouといえば、若い女性でも、高齢な男性でも、対等に話すことができます。ところが、日本語の敬語は、距離が遠い方が敬意をはらっていることになるという仕組みになっているために、尊敬しながら、親しく話すと言うことは非常に困難なのです。

敬意を表すのに、距離感を込めないといけないと言うのは問題があります。

たとえば、60歳の男性の取締役と29歳の女性の取締役がいて、新しい若者向けの商品を開発するにあたり、議論をしようとしたら、この29歳の女性が、年輩の取締役失礼がないように発言しようとすると非常に手間が掛かります。ざっくばらんが、失礼になるような日本語は、対等な議論が難しいんです。このようなバイアスを避けるために、取締役会は英語でやるという会社もあると聞いています。

また、直接的な敬語の語尾をきちんといってしまうと、親しみを表したいのに、よそ行きになってしまい、杓子定規になってしまうので、語尾をわざと聞き取りにくく話す傾向があるという言語研究者の報告もあります。

私は、年長者を尊敬しつつ、フランクな議論をすることのできる、あるいは若い人間が、フランクに話しても失礼だと思われない日本語、あるいは日本語を使う技術を「開発」しないといけないと思っています。

日本語の研究書をだしている編集者であるから、このように思うのかも知れませんが。(平田オリザさんとせんだい・みやぎNPOセンターの加藤哲夫さんとの議論を参考にしています。)
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From: 池田 信夫  2001/3/4 15:42
Subj:【271】e-Japan
NTTの宮津社長が出した「規制強化はIT革命の障害になる」という資料に、村井さんやIIJの鈴木さんが同調して「非対称規制は電話とインターネットを混同した時代錯誤だ」と批判し、出井さんも「IT戦略会議の目的は電話ではなく、インターネットだったはずだ」、iモードの松永さんまで「移動体が自由競争だったから、iモードができた。規制強化はユーザーの利益にならない」と批判し、総務省も返事に困ってパブリック・コメントにかけることになったそうです。

記者レクでは、この内容が十分伝わらなかったようですが、間もなくウェブに議事録が出ます。これを機会に規制のありかたを徹底的に議論すれば、日本のITにも夜明けがくるかもしれません。
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From: 加藤 良平  2001/3/5 7:18
Subj:【272】編成機能が崩れるとすれば
【267】今川拓郎
【要旨】放送の編成機能は必ずしも安泰ではない。
民放のビジネスモデルはCMに基づく無料放送であり、営業及び編成がその源泉となっているように思います。
しかし、高速大容量のストレージとEPGを備えた端末が普及すると、就寝・外出中に視聴者の嗜好に応じたあらゆる番組を録画しておき、帰宅時に検索して好きな番組を見ることができるようになります。「マスの視聴者に対する同時性・即時性」はどんどん薄れていくでしょう。「垂れ流しかオンデマンドか」という点も同様です。
【要旨】CMビジネスモデルに基づく全ての垂れ流しコンテンツが端末側にストレージされ、非リアルタイムで見られると、確かに編成価値は激減しそう。
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おっしゃる通り、リアルタイム視聴形態が崩れると、CM価値は当然下がります。現状でも、確かビデオに録られた分は視聴率に入れられないんでしたよね。

制作プロダクションが、ネットやCATVやCSを使ってサーバー・ストレージ型のコンテンツ直販を行なう可能性はあると思いますが、その場合はCMに頼れないので、当然有料になり、結果的に「不便だけど無料の垂れ流し」とは棲み分けると思います。有料で来たものを端末側でストレージする場合も、同じことです。

この場合、編成という概念は、垂れ流しの無料視聴のためのものになるでしょう。

問題は、CMビジネスモデルに基づく全ての垂れ流しコンテンツが、端末側にストレージされ、非リアルタイム(当然CM飛ばしも可能)で見られてしまう場合ですね。

そんなストレージ機能が安価に実現できて多くの人に受け入れられるのがいつなのかは別として(ただしソニーの故・井深氏の最初のVTRの発想はそれだったそうです)

確かにこの場合、局のブランド性はともかく、編成は事実上なくなるんだと思います。CMの形も変わり、時間分けでなく、画面の一部が常時CMになるのかもしれません。

局の方でも、リアルタイムで見ないとつまらなくなるような工夫はしてくるでしょうし、現実にはそこにどういう政治力が働くのかわかりませんが...
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From: 水野 隆一  2001/3/5 9:00
Subj:【273】 編成機能が崩れるとすれば
【272】加藤良平
【要旨】CMビジネスモデルに基づく全ての垂れ流しコンテンツが端末側にストレージされ、非リアルタイムで見られると、確かに編成価値は激減しそう。
端末側のストレージ機能は、オンデマンド放送が確立すれば、あまり意味を持たないと思います。今のビデオでも、本当に録画機能を使って、狙った番組を録画して見ている人は、どの程度いるのでしょうか?1週間に1〜2番組の録画がせいぜいでしょう。

極端な言い方をすれば、『今のテレビ番組を、目的を持っている人はいない。だからわざわざストレージまでして見る人はいない』ということです。それは、まさに『垂れ流し』そのものです。

この『垂れ流し』を消極的選択をしながら見ている人が多くいる、という現実を前提に、少しでも多くの視聴者を捕まえようとする行為が『編成』です。オンデマンドやストレージが普及しても、『垂れ流し』を希望する人は多く存在しているはずだと思います。むしろ、デジタル社会において、あらゆる局面で能動的意思決定を求められる近未来人にとって、『垂れ流し』放送による『癒し』は必要不可欠だとすら思います。

従って、ストレージなどにより、侵食される『編成機能』は少ないと考えます。

もちろん、この論旨は、現在の放送局すべてが安泰であるということではありません。近未来の『垂れ流し』ニーズに対応するには、現放送局数は多すぎると思います。
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From: 小林 偉昭  2001/3/5 10:12
Subj:【274】オンデマンド的な帯域からストレージまで
【要旨】オンデマンド的なものは帯域からストレージまで広がってきている。
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ネットワークの高速化、モーバイルの普及、グローバル化に会わせ、ストレージもこのネットワーク環境でスケーラビリティ、個人向けへの対応を可能とするストレージサービスが普及してきている。ネットワーク上のストレージに個人の情報が安全に保管され、必要なときに利用できると言うストレージユーティリティ化が進展。個人のお好みのミュージックや映像が蓄えられ、必要なときに呼び出し、利用されるようになる。このときIPv6のアドレスがうまく利用でき、情報家電やゲーム機等とストレージのファイルが対応付けられるというのも面白いのではないか。このとき、個人毎に処理が必要になると言うご意見には賛成します。
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From: 小林 一  2001/3/5 10:16
Subj:【275】デジタルニューディール投資減税
【趣旨】IT革命のための社会インフラとして整備されるべき全てのものが包含された知のダムづくり=デジタルニューディールと、そのための政策手段として投資減税
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石黒さんの「デジタルニューディール」という名での「知のダム」の提言いいですね。単に大学と企業との連携による情報交換にとどまらず、ブロードバンドネットワークやIT産学協同大学院大学など今回のオンライン会議で議論されたなかで、社会インフラとして整備されることがふさわしい全てのものが包含された大きなダムづくりとして展開されることが適当だと思います。

問題は資金調達・財源ということですが、政府は赤字、一方で民間には資金が余っている状況にあります。とすれば、この投資は基本的に税金ではなく民間資金によってしかできないのではと思います。そこで、それを推進するための政策手段として、知のダム関連事業への投資(出えん)についての損金算入を中心とする特別税制(減税)を提言します。対象事業の範囲や特別措置の期間は別に詰めるとして、社会インフラの整備によって推進されるIT革命のご利益をえることを期待する人・企業が喜んで払えるような仕組みがよいのだと思います。民間事業のため競争原理も働くのでより速く、より良いものができるのではないでしょうか。

設備投資=お金の循環と雇用創出という意味で、現下の緊急課題である不況脱出の短期的な手段として有効であるのみならず、(主としてIT産業、IT利用産業への)構造転換という日本経済の中期的課題へも明快な答えをだすこととなりニューディールというにふさわしいと思います。いささか単純すぎる提言ですがいかがでしょうか。
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From: 榎並 和雅  2001/3/5 11:09
Subj:【276】放送の役割
NHKの榎並です。

放送の役割は、ジャンルによって変わりますが、たとえば、ニュース、情報番組では、国内外で起きていることを、その放送局の立場、視点で取材し、編集し、編成して送り出すことだとおもいます。従って、どういった角度からカメラアングルを向けるか、どういう切り口でコメントするか、どういう順番で放送するかなど全てが重要になります。そのことが、放送局の主張となります。また、ドラマなどのエンタテイメント番組でも、PDの取り上げ方によって、社会的なインパクトを与え、ひいては放送によって文化を形成すると言う面を持っています。コンテンツそのものが重要です。

こうした、放送局の主張を送り届ける伝達手段は、その次の課題といえると思います。ただし、伝送手段を選択するにあたって次のことが考慮されることが必要です。

(1)視聴者から見ればできるだけ低コストで効率的に受け取れることが重要。その意味で行くと衛星放送は極めて効率的な媒体です。ブロードバンドが整備された段階で、これを低コストに利用できるのであれば、活用したい媒体です。

(2)いつでも、どこでも受けられること:災害時を始め、どんなときにもリアルタイムに情報が伝達できる媒体である必要があります。その意味で無線媒体は有効な手段といえます。

(3)情報デバイドのないこと:これまで、放送局は、地上波を使って全国どこでも受信できるように採算性を度外視して、中継局を整備してきました。これも全国あまねく受信できるようにし、情報デバイドを生じさせないようにしてきました。今後も必要だと思います。ブロードバンドがあまねく整備されるかどうか議論されていますが、基幹放送として、ブロードバンドを利用するかどうかはここにかかっていると思います。

(4)信頼性が確保できること:上記のように、放送局の主張を含んだコンテンツが改竄されたりすれば、信用問題になります。著作権が守られないようであれば、出演者などに納得を得られないでしょう。

また、できるだけ、誰でも、分かりやすく、利用されやすい形でお送りする努力も必要だと思います。データ放送、ホームサーバー向け放送、インターネットによる番組補完、視聴覚障害者への字幕サービスなどです。
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From: 石黒 憲彦  2001/3/5 12:09
Subj:【277】デジタルニューディール投資減税
【要旨】政策減税が効くかどうかは、知識情報の性格による
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小林さんから私がご紹介した構想に関連して政策減税のご提案がありましたので、コメントさせて頂きます。

今回すすめてようとしている産学官の技術情報の蓄積は、「知識のちらし広告」のようなもので、いわばデジタル時代の図書館のようなものですが、先にメールで送ったとおり、知識情報そのものの検索よりは、知識を持った個人と個人が出逢うことができる「場」を提供するものです。その意味で知識のフリーマーケットであり、図書館と言うよりは公園といった方がいいかも知れません。本人にとってある程度メリットが期待されるから参加してもらえるわけですが、便益がもれなくあるかは不確実で、これがため参加者が身銭を切ってまで参加するかというと難しく、民間投資になじむようなビジネスモデルが成立しにくいところがあります。

私は本来はこの手の知識情報の蓄積は、文字通り知識資本主義社会のダムであり、公園であり、本物の無駄な公共投資を何兆円とするくらいなら、知的公共財として国の社会資本として整備すべきと考えています。ちなみにデジタル・ニューディールのプロジェクトは本年度14.5億円、来年度4.5億円確保しましたが、国の予算としては相対的にみて大きなものではありません。システム的には大した投資をするわけではなく、大半が情報のスクリーニング、フォーマットの修正、編集などデジタル入力のコストと謝金、フォーラムの運営者に対する補助金、謝金などです。財務省からは、なんらかの収入を上げ3年後からは独り立ちせよと言われ、一部論文の有料化や広告収入なども検討していますが、情報の蓄積そのものに課題があり、難しさがあります。

ご存知の方も多いと思うのですが、特許情報の有料検索サービスを提供している会社が複数あります。これは特許広報そのものは、特許庁でも公開データベースとして提供しているのですが、特許公報が読みにくいこと、膨大な量を効率よく検索できるところに付加価値があって成立しています。しかし、源データのデジタル化だけは、特許庁のデータベースから事実上フリー(無料)で入手してしているところに、このビジネスモデルが成立する所以があります。また、研究論文の検索サイトを運営されている会社もあります。これは論文そのもに付加価値があって有料サービスが成り立っています。こうしたものには、何らかの政策減税が効くかも知れません。

一方、ゲノム解析で有名なセレーラ社のようなビジネスモデルについては、「自然」を解明した結果としての「科学情報」は本来無償で公開ですべきではないかという議論があるのはご存知のとおりです。これについては、個々の知識そのものに創造性はなくてもデータベース作成のために汗をかいたことを知的財産権としてどう保護するかというデータベース権の問題にもつながり評価が難しいところです。政策的に減税措置を云々する前にまずは知的所有権政策としてどう評価するかがたいへん難しい課題かと思います。

以上、集める知識情報の性格によって、政策減税が効くもの、効かないものがあり、私は民間の投資促進も重要ですが、それを云々するよりは国の予算配分として無駄な公共事業を一部削って、知的公共財の整備にシフトすべきではないかに努力する方が優先順位が高いと考えています。
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From: 中野 潔  2001/3/5 15:10
Subj:【278】デジタルニューディール投資減税
【要旨】石黒発言【277】、小林発言【275】に「目標」では賛成。実現手段としては、公共の情報センターを多数設置して、そこからの(情報価値の付加組織への)支払いで、報価値の付加組織を成り立たせたい。
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【277】石黒憲彦
私は本来はこの手の知識情報の蓄積は、知的公共財として国の社会資本として整備すべきと考えています。国の予算としては相対的にみて大きなものではありません。財務省からは、なんらかの収入を上げ3年後からは独り立ちせよと言われ、一部論文の有料化や広告収入なども検討していますが、情報の蓄積そのものに課題があり、難しさがあります。
上記、日本の学術出版社が置かれている環境と似ています。

欧米では、オランダのエルゼビアなどの巨大学術出版社が、規模の論理で学術出版の著作権を、どんどん押さえているようです。ただ、規制や保護の話を持ち出すと、(1)対象となるか否かの「切り分け」論議になることと、(2)本来の趣旨を忘れて、既得権益になり、志を持って制度の改善に取り組むよりは、既得権益に寄りかかり、政治力でそれを維持する人の方が得することになります。

減税については、不勉強でよくわかりませんが、公共図書館の発展形の公共情報センターのようなものを自治体に多数作り、そこが独自の判断で情報の購入先を選択し、お金を払う−−。それにより、良心的で、役に立つ情報の発信者が(公共情報センターという、無条件に買ってくれるわけではないが、よい情報でさえあれば買ってくれる)ユーザーベースの数を確保して、成り立つようにする−−というのは、どうかと考えています。欧米の多数の図書館の果たしている役割ですね。
一方、ゲノム解析で有名なセレーラ社のようなビジネスモデルについては、「自然」を解明した結果としての「科学情報」は本来無償で公開ですべきではないかという議論があるのはご存知のとおりです。これについては、個々の知識そのものに創造性はなくてもデータベース作成のために汗をかいたことを知的財産権としてどう保護するかというデータベース権の問題にもつながり評価が難しいところです。
石黒さんは、もちろん、御存知の上で、多くの読者にわかりやすいようにはしょられたのだと思いますが、老婆心ながら。「自然」を解明した結果としての「科学情報」を特許にできるのは、

建前上は、額の汗 ではなくて、古来の薬草から有効成分を取り出し、薬効の仕組みを解明して・・・という図式でわかるように、「科学技術上の、(同業者の誰もが持つわけではない)オリジナリティー」があるからです。

実際には、石黒発言にあるとおり、「そこそこ賢い人達が、金を掛けて汗をかいたんだから、努力を認めてよ」というEUの主張するデータベースの権利に近いですが。

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From: 飯坂 譲二   2001/3/5 15:08
Subj:【279】政府の役割
1985年から16年間カナダ連邦政府で働き、その間、IT推進を垣間見たという立場でコメントをしたいと思います。恐らく大衆、老若男女を問わず、また、ビジネスを問わず、カナダはITの普及という点で先進国だとおもいます。(それなりに別の問題もありますが)

【要旨】
1. カナダのIT技術推進にあって、歴史的・技術的な背景の上、地理的条件により情報通信の素地が育ったのであり、IT技術の普及のための政府の役割は、あまりなかったと思います。

2. どちらかというと、必要性がITの推進を引っ張ってきたようです。

3. しかも、中央指導型というより、各自の仕事場、コミュニティーの中での必要性がはっきりしていたと思います。

4. 日本の政府(あるいは官庁が推進した)育成で、成功した例は明治時代は兎も角、この3−40年の日本政府指導での成功例はすくなく、時代の変化に応じきれていないようにみえますが、私の誤解でしょうか?多くのIT革命や教育革命などの政府指導も、この意味で首を傾げます。

5. もっとも大切だと思われる事、つまり、今日本でITや情報ハイウエーを構築して、それで何をしようとしているのか、そのゴールと、なぜそれを実現しなければいけないのかが、見えていないことです。

6. 短期的にも、長期的にも、IT技術で何をしなければならないか。それは、単に光ファイバーやPCの台数を増やし、それを操作できる人口を増やすことではなく、これからの時代に、望ましいITのあり方を設定し、それにふさわしい人材を養成することでしょう。
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カナダはマルコニー以来、地理的要件から通信技術は、歴史的にレベルが高く、衛星通信や交換機器、光ファイバーの生産はともかく、光ファイバーの接続に必要な機器などの生産には力が注がれています。また、情報ハイウエーなどのインフラに関するプロジェクトも整ってはいますが、それがITの普及に連なったとは思えません。ただ、政府のいろいろな活動が、次ぎから次ぎへとIT化され、ITを駆使しないと、仕事にならない環境が自然につくられたのだと思います。例えば、官庁の購入計画などはWebで一般に公開、落札結果も公開され、不服な企業や、人は、それに対して不満をアピールできます。省によって異なりますが、私の属していた省では、各人のプロファイルがWebに載せられており、一般に人がそれを見て、質問して来たり、コンタクトが可能になっていました。人材採用募集も同様です。これだけを見ても、ITが使えないと仕事になりません。

カナダは一般に連邦政府の力が強くなりすぎるのを嫌っています。連邦政府は過去10年間ほど、政府組織のリストラをおこない、約30%の公務員が職を失いました。たとえば、タイピストとか秘書といった職です。そのかわり、タイピストにはワープロの訓練を、また私たちのような専門職には、ワープロに限らず、コンピュータの操作の教育を受けさせました。お陰で、昔は、論文をタイプしたり、図を描いてくれたサポートがなくなり、自分で学会に渡す原稿を書かなければならなくなりました。省内の連絡もe-mailやWebです。日常的な物品の購入は公用クレジット・カードで買うことになり、購買関係の人も減らされました。

もっと大事なことは、カナダが天然資源依存の社会から、知識社会に移行するという大きなミッションを設定し、政府の諸活動がその実現をめざして変革していることです。このとき、勿論、必要なインフラなどの検討は、専門的グループが検討実施しますが・・・。ひとことでいうと、カナダ政府が、IT社会へ移行するための空気づくりをしたことが一番の功績ではないかと思います。基本的には情報公開の姿勢が日本と異なるということでしょうか。

いろいろ書き始めると長くなりますが、提言として、特に、政府の委員会の構成の見直し、ハイテクが十分わかる官僚の採用が必要だということでしょう。 

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From: 中野 潔  2001/3/5 15:30
Subj:【280】編成機能が崩れるとすれば
【要旨】編成機能は、商業的には、有料の報道と有料のパッケージングと、無料の「癒し、面白」に3分され、あと、アマチュアの目利きによるリコメンデーションの機能が出現してくる。
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【272】加藤良平
【要旨】CMビジネスモデルに基づく全ての垂れ流しコンテンツが端末側にストレージされ、非リアルタイムで見られると、確かに編成価値は激減しそう。
【273】水野隆一
端末側のストレージ機能は、オンデマンド放送が確立すれば、あまり意味を持たないと思います。今のビデオでも、本当に録画機能を使って、狙った番組を録画して見ている人は、どの程度いるのでしょうか?1週間に1〜2番組の録画がせいぜいでしょう。
加藤発言、水野発言に対して。

基本的に賛成。
報道は、CATVのように、何チャンネルまとめて月何千円といった有料の仕組みに組み込まれて、成り立ちそうに思います。

それから、新聞が世の中の無数のニュースを、30分程度で読める形に編集して付加価値を出しているごとく、世の中の無数の番組を、毎日24時間におさめる パッケージング機能を提供する企業は、富裕層中心かもしれませんが、お金をとって成り立つのではないですかね。

「癒し、面白」は、無料でしか視聴されず、かといって、CMはスキップして飛ばされますから、コンテンツ自体が、最初からスポンサー付きの、映画で言えば You've Got a Mailが短くなったような良質のドラマ仕立てロングCM の集合編成 のようになるのでは。ナップスター論議のときから、小生が言っている(そのときは、放送を念頭に置いたものではありませんでしたが)ことの延長ですが。
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From: 飯坂 譲二  2001/3/5 15:31
Subj:【281】 IT教育の遅れ
IT教育をふくめ、教育改革がいろいろ、議論されていますが、1960年代から、情報科学教育の推進に携わる機会がありましたので、一言。

【要旨】
1:IT技術先進国からの技術者輸入が提案されていますが、ローマが知的活動をすべて奴隷に依存して滅びたことを思うと、安易な移入に危機感を持ちます。

2:まず、どうして日本がIT教育に遅れをとったか、その原因を認識する必要があります。

3:ITに限らず、教育は、単にその時代の国家に都合のよい人材の育成ではなく、個人が来たるべき社会で自立できるように、既存の知恵をいかに、次世代に引き継ぐかにあるのではないかとおもいます。

4:そして、既存の知恵を効率よく引き継ぐため、IT技術はそれを可能にします。1日は24時間、この制限は、時代が変わっても、技術が変わっても変わりません。一方、受け継がねばならない知恵は日進月歩です。学習、教育の生産性向上技術についても、日本は遅れをとっているのではないでしょうか。

5:とくに、ITを教える人材が不足しています。まず、ITの本質を教えられる人の教育、先生の教育はどうなっているのでしょうか。

いまの教育改革、IT技術教育に必要なのは、情報を作ることができる人、情報を整理、フィルターがかけられる人、選んだ情報から、状況が分析でき、的確な判断が出来る人、その判断に基づいて行動できる人、その結果を評価して、学習でき知恵に昇華できる人、それを情報・知恵として蓄積できる人、そして新たな必要に応じてフィードバックが出来るひとが必要で、単に、コンピュータの操作法ではないはずです。

日本はIC産業立国として十分、その役割を果たしていますが、なぜIT技術におくれたといわれるようになったのか、それには多くの要因があるでしょう。まず、それを十分分析し、現状を認識する事から始めるべきではないでしょうか。
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From: 岸上 順一   2001/3/5 11:24
Subj:【282】 編成機能が崩れるとすれば
【273】水野隆一
極端な言い方をすれば、『今のテレビ番組を、目的を持っている人はいない。だからわざわざストレージまでして見る人はいない』ということです。それは、まさに『垂れ流し』そのものです。
水野さんのおっしゃることはその通りだと思いますが、蓄積型の放送の本質は単なるvideo機能ではなく、コンテンツあるいはその素材がプロバイダー側からローカルに移るということだと思っています。さらに、それをプロあるいはアマチュアの「編成」で引き出す物がメタデータです。これは分かりにくい話かもしれませんが、今でも無意識のうちに「番組の放送される時刻」と「チャネル」というメタデータを、テレビガイドあるいは新聞の番組表などの「メタデータリポジトリー」を通じて選択しています。垂れ流しでも最低ある時刻にスイッチを入れて、積極的にせよ消極的にせよチャネルを選択していますよね。今でも7,8割の番組は一端局側で蓄積された物をコンピュータ管理された送り出し装置で送信されています。その中身だけをまず、ローカルに移そうというものです。これは磁気ディスクが異常に安くなってきたので実現できることです。ユーザーは今までと同じように見ようと思えば、それも可能ですし、タイムシフトやさらに高度に「編成された」見方も可能になります。今川さんのおっしゃっていたように著作権の問題が一番の問題です。これは今、MPEG, TV Anytime, indecs, DOI, cIDf, SMPTE, MPA, EBUなどで技術的にも話されていますし、大きな所ではGBDeで政策的にも議論されているところです。参考までに。
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From: 市川 明彦  2001/3/5 17:47
Subj:【283】e-Japanについて
日立の市川明彦です。昨日、岸上さんたちも参加した、メキシコでの電子商取引に関する会議GBDeから帰ったところです。今回の、メインテーマ「ユビキタス」にからんで、一言。

もっとITを使いやすくする事に力、資金を政府は注ぐべきという事。その成果は、日本のIT分野における競争力強化に資するであろうという事です。

経団連での会議でも申しましたが、今回のe−Japan戦略は、基本的に、IT,PC、インターネットは(操作などが)難しいもの、だから使いこなせるようにする必要があるとの認識から出発しているような気がしています。いくらネットワークやディジタル機器が行き渡っても(それは必要条件としては認めますが)使いにくいものであっては、猫に小判と言う事になります。

音声入出力、アニメ・動画入出力、多原語翻訳機能を磨き、PC、キーボード、英語の不要な(或いは意識しないで使える)状況を作る事により,米国競争優位条件を無にしてしまうと共に、途上国の人たちにも、使いやすい状況への開発に、政府は投資をするべきではないかと思います。
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From: 関根 千佳  2001/3/5 21:59
Subj:【284】e-Japanについて
【要旨】「政府はITの使いやすさにもっと力を注ぐべき、それは国力に直結する」という意見に賛成します。そのためには、日本のメーカーもISO13407などの国際標準に従い、ものづくりの中心をユニバーサルデザインで統一し、ユーザーの意見を設計の始めから取り入れるべきです。そのために、政府は米国のリハ法508条や通信法255条を検討し、高齢者などに使えない機器は調達対象にしないなどの規制とともに、この分野の研究を行なう企業への支援や関連する人材育成に投資してほしいと思います。
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今日も、e-Japanの案を見ながら、シニアネットの面々、リハエンジニア、そして企業の新進気鋭のUD担当者と、経済省の委員会に臨んでいました。

ITは自動車か、自転車か、というわれわれの間ではもう古典となった議論でまた湧きました。教習所に行って習うべきものなのか、家族や友達が後ろから押してくれたら、なんとか自分で乗れるようになるべきなのか。

本当は自転車であってほしい。でも、実際には、あらゆる講演で「パソコン易しいと思う人?」と聞くと、300人中、1〜2名しか手を挙げてはくれません。学会や医師会でさえ割合は同じです。

キーボードにも、マウスにも、英語にも縁遠い、一般的な日本人のうち2005年には成人人口の半分が50代以上なのに、企業のユーザビリティ担当者は冷遇され、リハセンターのIT担当者は日本に10人もいやしない。高齢になって目が見えにくくなっても指が動きにくくなっても、それをあなたにあわせてくれる仕組みは、残念ながら日本にはありません。

東芝や三洋などの家電系、コクヨ、ワコールなど、この市場の変化に気づいたメーカーは製品ラインをユニバーサルにシフトし始めていますがIT系ではIBMさんのITryくらいでしょうか?MSなどは相当、力を入れてきているのですが。

IT利用の年令層だけを見ないで、日本の人口分布を重ね、まだ使っていない層を膨大な潜在需要と見る視点が、今のIT産業には足りないような気がします。

ISO13407のヒューマンセンターデザイン、ISO Guide71のユニバーサルデザインに基づき、日本から「使いやすいIT」をもっと研究・発信しないと永遠に日本はIT先進国家にはなれないでしょうね。北米市場、欧州市場もすでにそのような製品しか受け入れなくなりつつあるですから。これは、本当は先に高齢国家となる日本にとっては、先行するチャンスのはずなんですけどね。
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From: 櫻井 豊   2001/3/5 22:11
Subj:【285】e-Japanについて
【283】市川明彦
音声入出力、アニメ・動画入出力、多原語翻訳機能を磨き、PC,キーボード、英語の不要な(或いは意識しないで使える)状況を作る事により,米国競争優位条件を無にしてしまうと共に、途上国の人たちにも、使いやすい状況への開発に、政府は投資をするべきではないかと思います。ユニバーサルアクセスの観点から、関根さんはどう感じておられますか。
Cisco櫻井ですが,あえてディベートすると.....

1.これは日本の国民を世界に通用する人材に鍛えることになるのか。それとも,日本の国民を弱体化することにつながるのか。大きな賭けですね。

2.「PC,キーボード,英語」にアレルギーのある世代が,現在の子供達と入れ替わったときも,やはり「PC,キーボード,英語」がネックになっているのだろうか。(PCは「操作が難しいとされる装置」と読み替えてくださって結構です。)

もちろん,クラッチ操作とギヤチェンジの不要なオートマチック車の普及と,それに伴う免許制度の変更は歓迎です。

ただ,「PC(あるいは操作が難しいとされる装置),キーボード,英語」が壁になっているという今日見られる現象を,ついつい将来について語る際も過大評価してしまっていないか,時折不安になります。(我が家の息子達を見ている時。)
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From: 藤元 健太郎  2001/3/6 1:13
Subj:【286】編成機能とコンテクスト価値
【要旨】コンテンツに価値を付加するのはコンテクスト(編成,編集機能)であり,コンテクスト価値を提供する,周辺プレーヤー,新中間事業者の育成が重要
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編成機能の議論と坪田さんのクリエイターとリスナーモデルは同様の考え方の上に成り立つのだと思います。今度のITニュースにも同様のことを書きましたが,利用者とコンテンツ制作者との間に介在し,コンテクスト価値を創造する「ニューミドルマン」のプレーヤーが登場することで市場として機能すると考えています。物品におけるeBay同様に情報流通業のような存在が登場することでニーズの受給バランスが構築されることで,有料モデル,無料モデルなど多様なビジネスモデルの登場が期待できるのだと思います。
例えば以下のような4タイプの中間業者があり得ると思います。

・コンテンツの検索,マッチング
 →ナップスター,図書館モデル,日経テレコン 無料,有料あり得る

・特定個人のニーズに対応してコンテンツを制作する,集める,選択する,加工する
 →中世のパトロンモデル,コンサルタント,秘書,パーソナル新聞,価値が最大化されるので有料モデルが基本

・複数人(コミュニティ)のニーズを集め,コンテンツを集める,制作を働きかける,買い付ける
 →クラブのDJ,CS放送,たのみこむ,ファンクラブ,アーティストファンド。有料が可能であり,様々なファイナンステクニックが駆使できる可能性が高い。

・最大公約数のニーズを集め,制作する,編集されたコンテンツを垂れ流す
 →現在の放送局,新聞社モデル 有料,無料があり得る

コンテンツを制作した人にとってはこの中間業者が機能しないと価値が高まらないために,市場が形成できません。課金技術や著作権整備の議論は強いニーズと価値が存在してこそであり,ニーズを作る議論を忘れてはいけないと思います。コンテンツ制作者はこの中間業者から制作資金なりインセンティブをフィードバックする仕組みが前提でしょう。大事なのはこうした中間業者をいかに育成し,利用者のニーズや欲望を喚起するかだと私は考えています。
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From: 飯坂 譲ニ  2001/3/6 8:56
Subj:【287】編成機能が崩れるとすれば
チャネルが限られている場合には、どの時間になにをながすか、垂れ流にするかが編成に基本課題になりますが、チャネル毎にテーマがある場合、たとえば一日中そのチャネルを開ければ、国会中継がみられあり、天気予報が見られるという点で編成機能はかなりくづれるのでは?

保存映像にしろ、関連情報を組み合わせて解説などが加味されれば、有料でも、視聴者ははらうのではないでしょうか?編成力よりは、企画力と思いますが

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From: 中川 晋一   2001/3/6 13:15
Subj:【290】放送の未来
【要旨】放送の本質は番組内容である。新しい伝送技術が生まれようとしている。貪欲に新技術を用いた斬新な番組創造への取り組みなくば放送局は、その存在価値を失うだろう。それはインターネットへの放送の話ではなく、良心先進の具現者であるべき放送局の本質が問われることになるだろう。
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先日(2000年12月31日午後23時55分から午前1時にかけて)朝日ニュースター、インターネット博覧会と共同で、実験的取り組みをしました。

インターネット博覧会では研究開発用ギガビットネットワークとブロードバンドネットワークを用いて全国に(約10ポイント)からフルモーションのデジタルビデオを用いて夕日中継、カウントダウン、日の出中継をリアルタイムに集め、それをインターネットに流すという取り組みをされました。これほど大規模にインターネットを用いてテレビ品質(フルモーションのデジタルビデオ)が多地点から集められたことはかつてなかったという点で画期的だったと思います。我々は、このインターネットに流れるビデオストリームを朝日ニュースターと共同で、番組に取り込み、さらにIPを用いたデジタルビデオ伝送による双方向形式での番組進行を試みました。ニュースターの堤社長は、「これで中継車を走らせなくても良くなるし、うちのような組織でも、十分多地点での同時生中継ができるようになるんですね」とおっしゃいました。

アクセス網、バックボーンのコストの問題はまだまだ深刻ですが、いくならどれくらいのサービスが個人レベルで購入できるのかということまで示されてきていると思います。まだまだ擦りあわせは必要だと思いますが、放送本来の即時性中立性などの項目に関しての譲歩を迎合して行なわない限り、インフラがどのように発達したとしても、上に載せる情報(番組内容)に関するモデルは、今の放送局の機能を保存した形で残ってゆくかもしれないと思っています。
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From: 市川 明彦   2001/3/6 10:04
Subj:【288】e-Japanについて
1.確かに自分の子供達を見ていると、KBアレルギーなど無関係という事は判りますし、ケータイの操作の素早さもとてもかないません。ただ、誰も、歳と共に何らかのハンディキャップを背負う事になろうし、それへの対策は、より色々な層の人への可溶性を増すであろうという事であり、メーカー人間としての努力宣言でも有ります。

2.英語に強い人が多い方が良い事に異存は有りません。ただほとんどの国民がシンガポールや香港のように英語がペラペラになる必要が有るか、またその事を国の競争力のベースにすべきか、した方が良いか、それとも、別の事を国家競争力のベースにするのかは国家戦略論として今後も(この場は その場所では無いと思いますが)論議すべき事と思います。
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From: 佐藤 英丸  2001/3/6 11:26
Subj:【289】編成機能とコンテクスト価値
【286】藤元健太郎
コンテンツを制作した人にとってはこの中間業者が機能しないと価値が高まらないために,市場が形成できません。課金技術や著作権整備の議論は強いニーズと価値が存在してこそであり,ニーズを作る議論を忘れてはいけないと思います。コンテンツ制作者はこの中間業者から制作資金なりインセンティブをフィードバックする仕組みが前提でしょう。大事なのはこうした中間業者をいかに育成し,利用者のニーズや欲望を喚起するかだと私は考えています。
藤元さんのご指摘に賛成です。 また、ご指摘の中間業者、あるいはこれらの中間業務をハンドルできる人達を育成するのは大変重要だと考えており、藤元さんのご意見に同意します。さて、どうやって育成していくかですが、たとえば、放送技術を教える専門学校やコンピュータグラフィックスなどを教える専門学校がかなり存在すると思うのですが、そのようなところで、専門コースを作って勉強してもらうというようなことなら、今すぐにでもできそうな気がするのですが、どう思われますか?
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From: 今川 拓郎  2001/3/6 22:37
Subj:【291】編成機能
【273】水野隆一
極端な言い方をすれば、『今のテレビ番組を、目的を持っている人はいない。だからわざわざストレージまでして見る人はいない』ということです。それは、まさに『垂れ流し』そのものです。
私もおそらく岸上さんと同様のイメージを持っていると推察致します。

ローカル(端末)側の機能の拡充によって、視聴者の嗜好に合う番組を大量に自動的にストレージして、それらを視聴者の生活パターンに合うような編集を自動的に行うことにより、受動的な視聴者に対し『垂れ流し』と同じように画面に映し出すということが可能になるのではないかと考えています。

例えば、夜11時に帰宅してテレビをつけて、『パパ』のEPGメニューを選ぶと、「14時の芸能ニュース冒頭10分(奥さんとの会話用)→19時のマンガ次回予告2分(子供との会話用)→21時のトレンディドラマの次回予告2分(OLとの会話用)→22時のニュース冒頭10分(一日の出来事を把握)→23時半のニュース冒頭10分(報道観点のバランス確保)→23時のニュース冒頭10分(ビジネス動向の把握)→23時半のスポーツニュース冒頭10分(試合結果の確認)」というパッケージ番組が視聴できる等(笑)。もちろん冒頭10分で足りなければ、ボタンを押してそのまま見続けることも可能でしょう。

生前の小渕前総理が、お忙しいことを理由に、「60分の番組を5分程度に短縮して見れないか?」ということを漏らしておられましたが、重要な映像をピックアップしてサマリー映像を自動生成する技術も実現しています。

藤元さんご指摘のように、(放送局でない)中間業者がASP的にEPGパッケージを提供することが可能で、同時にマーケティング情報まで集めることができるでしょう。

いずれにしろ、著作権問題を乗り越えないと自由な編集は無理でしょうが。
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From: 今川 拓郎  2001/3/6 23:02
Subj:【292】IT教育の遅れ
【281】飯坂譲二
IT技術先進国からの技術者輸入が提案されていますが、> ローマが知的活動をすべて奴隷に依存して滅びたことを思うと、安易な移入に危機感を持ちます。
昔、利根川博士がノーベル賞を受賞された時のご講演を拝聴したことがあるのですが、その時に利根川先生が仰っていたことは、

1)日本人は、今回日本がノーベル賞をとったと思っているかもしれないが、 アメリカ人はアメリカがノーベル賞をとったと思っている。
2)何故なら、私がMITというアメリカの自由な研究環境で得た成果によって受賞することができたからだ。
3)日本も、「日本人が(海外で)認められる」ということよりも、「日本という環境やインフラが認められる」ということを重視すべきではないか。

というようなことでした。

最近のIT施策においても、日本人・外国人を問わず、頭脳ワーカーの集積を促進し、日本が Brain Magnet となれるような優遇策が必要では無いかと感じています。異文化の触れあいは、摩擦も生じさせますが、知的なスピルオーバーによる外部性の効果の方が大きいと信じています(外国人労働者の問題は簡単ではないとは思いますが)。
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