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C. ネット社会部会
「ネチズンの登場と新しい 民主主義社会―ネットワーク社会問題解決への世界協調」

1998年2月19日〜2月22日
From: 飯坂 譲二
Subject: [00126] Re:日本人の主体性
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飯坂 譲二
From: 岸上 順一 Subject: [00124] Re:日本人の主体性
岸上と申します。
ことができると思います。問題は,自分で考えることのできない人をどうやってすくい上げていくか,だと思うんです。
■これは何人かの人が強調しているようにやはり情報の公開が一番だと思います。
同感です。
日経新聞社が出している「2020年への警鐘」が一貫して「日本人に「個」に目覚めよ」と主張されています。
まさにこれが原点だと思います。その結果として、ブラックボックスと隣の芝生のみを頼りにしない帰結として、情報公開が必要なのだと思います。
From: 岸上 順一 Subject: [00124] Re:日本人の主体性
■確かに教育は今の体制を作った最大の問題点なのかもしれません。しかし、それを従来の教育体制の中で改革して行くことはもう不可能なのではないでしょうか?もっと、学校以外で学べる時代が来ているのだと思っています。教師だけが悪いのではないということです。
これも同感です。
教育は教師の問題ではなく、人間、親としての「個」として「如何に人を残すか」に懸かっていると思います。
いろいろのところで書いているので、このフォラムで書いたかも知れませんが、北米にいると、いろいろな日本の留学生を見受けます。 最近多いのが、「捨て子」タイプなのです。親の社会的な見栄から、兄弟親類に比べドロップアウトした子女を大金をだして「宅の娘が英語の勉強に北米に留学させておりますの」というケースです。 捨てられことを知っている本人は勉強するでもなく、日本食と日本のVCRをみて、同じ仲間と徒党を組んで周りの人たちの目をひそませています。
From: 岸上 順一 Subject: [00124] Re:日本人の主体性
ここで強引にインターネットに戻しますが:-)
インターネットの教育への貢献というのは、何も教室で生徒がNASAのwebを見られたり、emailごっこをできたりすることだけでは無いのでしょう。もっと大きく学校に来なくても、ちゃんと勉強はできるし、頑張ればMBAまで取ることもできる。さらに、自分で学校を作ることだってできる、なんてことを実現するものだと思うのです。
すでにインターネット大学があります。
From: 岸上 順一 Subject: [00124] Re:日本人の主体性
自分が何をやりたいのか分からないし、やりたい物も特に無いというのは、多分必然性もないからなのでしょう。今の日本がおかれている状況からして、近い内にもっと厳しい状況になり、そんなことも言ってられなくなるとしたら、少しは良くなると思うのですが。
「個」に目覚めよですね。
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From: 飯坂 譲二
Subject: [00127] Re:日本人の主体性
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飯坂 譲二
From: 冨澤 美貴 Subject: [00125] Re:日本人の主体性
「順序立てた(AからZまでの)既存の学習手法は、既存のものであり、ネット上のハイパー・テキスト型の学習は一部の北欧でしかとられていない。
また、アメリカでも「ネットに接続した学校は一部であり、コンピュータはCAIのみに使用されている」といった意見もありました。(読み違えていたら、ご指摘お願いします。)教育についても、「既存の枠組み」を壊す新しいモデルが必要と思います。もちろん、学生や家庭ならびに教育関係者にとって「有益である」ことを感じさせる魅力が必要であり、難しい問題であると思います。
アメリカには、「Learning Technology]という学会があります。最近の活動は知りませんが、新しい効率的な学習法がインターネットやマルチ・メディアで可能となるのを期待しています。
日本の問題の一つは、文部省の存在のあるのではないでしょうか。
「創造的な人間育成」などのいう課題は何十年も唱えておりますが、いまだかって成功していません。
それは、文部省の問題ではなく、社会全体が創造性そのものを拒否し、個々の親が、どんな子供を残したいか、創造性などを全然かまっていないからです。大体親自身、創造性がないのですから。
私は日本にいたとき、面白い経験をしています。
それは、仕事の性質から、日本のいろいろな大学、東大、京大、神戸大、北大、千葉大、早稲田、慶応、東海大その他いろいろの大学や大学院の学生の卒業論文、修士、博士論文の指導をしました。専門も、コンピュータ・サイエンス、物理、電子、環境、都市工学、建築、経営、海洋、化学、医学などの理科系に限らず、文学部、水産学部からの学生を預かりました。
そこでいわゆる大学の学校差の有無を体験した訳です。
結論は、学校の問題ではなく、一人一人個人の問題だという事です。
(詳しくは機会があったら書きます)
いろいろの教育関係の審議会などがありますが、委員の皆さんは、極一部の偏った教育経験しか持っておられないかたが大半でしょう。
狭い経験とはいえ、私の教育観を育ててくれました。
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From: 杉井 鏡生
Subject: [00128] Re:日本人の主体性
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杉井鏡生です。
[日本人の主体性]
出遅れましたが、佐倉さん、新しいSubjectを付けていただきましてありがとうございます。既にレスポンスもつながっていますが、大変適切なSubjectだと思います。私も関心を持っているところです。
自立と自己責任を重んじる社会が求められているという点では大方の合意はありそうですが、だからといって、明日から放り出してどんなに事故が起きて社会が混乱したとしても、それは全て自己責任だから知らないよ、とはいかないだろうというのが問題意識のひとつでしょうか。
それと同時に、そうなってしまうと、それ見たことかと、「知らしむべからかず依らしむべし」の世界に引き戻されてしまうのではないかという心配もあるのでしょうね。
そこで、ここでの論点のひとつは、確かに現実的に考えなければいけないという点と、そういう危惧があるからといって、甘やかすから自立できないのだという点との、どちらをとるかということですね。
もうひとつの論点は、既に意見交換が始まっていますが、どうやって自己責任型の人を育てるか、または、自己責任を全うできる社会的な制度やシステムをどうつくっていくかということですね。
自己責任型の人を育てるという点については、佐倉さん、岸上さん、冨澤さん、飯坂さんから教育改革の必要と、そこでのインターネットの役割についての提案がありました。これについても、ご意見とともに、教育利用の事例などご存じの方、ご紹介下さい。
後者の社会的な制度やシステムについては、岸上さんと飯坂さんから、情報公開の必要が提案されました。この他にも、自己責任が全できるために必要な、または役立つ社会的な制度やシステムが考えられましたら、ご提案やご意見を下さい。
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From: 飯坂 譲二
Subject: [00129] Re:日本人の主体性
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飯坂 譲二
From: 杉井 鏡生 Subject: [00129] Re:日本人の主体性
[日本人の主体性]
出遅れましたが、佐倉さん、新しいSubjectを付けていただきましてありがとうございます。既にレスポンスもつながっていますが、大変適切なSubjectだと思います。私も関心を持っているところです。
自立と自己責任を重んじる社会が求められているという点では大方の合意はありそうですが、だからといって、明日から放り出してどんなに事故が起きて社会が混乱したとしても、それは全て自己責任だから知らないよ、とはいかないだろうというのが問題意識のひとつでしょうか。
日本には、「知らなかったのだから、しょうがない」という社会的な規範なり、メンタリティーがあります。また、「知らせてくれなかったから」といって責任を転嫁します。
一方、知らなかったでは済まされないことを平気でする体質があります。
動物の世界では、知らなかったために命を落とします。だから動物の親達は子供が生き長らえるように、必死に餌の取り方や危機管理を教えていると思います。
「知らなかった」で許され、生きていける日本であるかぎり、悲観的に思えます。
From: 杉井 鏡生 Subject: [00129] Re:日本人の主体性
それと同時に、そうなってしまうと、それ見たことかと、「知らしむべからかず依らしむべし」の世界に引き戻されてしまうのではないかという心配もあるのでしょうね。
結局は国民一人一人が賢くなる事でしょう。
冷たいようですが、人間の社会も適者生存が存在しているような気がします。
From: 杉井 鏡生 Subject: [00129] Re:日本人の主体性
そこで、ここでの論点のひとつは、確かに現実的に考えなければいけないという点と、そういう危惧があるからといって、甘やかすから自立できないのだという点との、どちらをとるかということですね。
現実的には、知り努力をした人とそれをしなかって人との間の差が歴然とするようなシステムを導入することです。
もうひとつの論点は、既に意見交換が始まっていますが、どうやって自己責任型の人を育てるか、または、自己責任を全うできる社会的な制度やシステムをどうつくっていくかということですね。
情報を公開し、納入期限やルールに違反した場合のペナルティーを大きくすることが早道でしょう。
たとえば、欧米の電車などでは、改札がありません。回数券を買った人は、日付印をスタンパーで押してから乗ります。
従って、無賃乗車をしようと思えば、簡単に出来ます。しかし、抜打ちに切符を検査します。昨年ドイツに行ったとき、普通の洋服を着た人が切符の有無を検査していました。そのとき、一人無賃乗車をした人がいました。その人は、「知らなかった」と主張しましたが、普段服の車掌は、「駅にのり方について掲示してあるのだから、乗る前に読め」といって次の駅でその乗客は降ろされました。あとで掲示をよく読んだら、無賃乗車は罰金がすごく高かったのを覚えています。
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From: 飯坂 譲二
Subject: [00130] Re:日本人の主体性
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飯坂 譲二
From: 佐倉 統 Subject: [00123] Re:日本人の主体性
がゆえに,「自分で考えられない人」が排除されたり不利益をこうむったりするようなネットワークのあり方に疑問と危惧を感じるんです。自分で考えることのできる人は,極端に言えばどんなインフラ,どんな体制のもとでも,活躍し,生き抜いていくことができると思います。問題は,自分で考えることのできない人をどうやってすくい上げていくか,だと思うんです。仰せの通りです。
仰せの通りです。
自動車が導入されたとき、運転できる人が限られていましたから、運転手を雇う必要がありました。今のマイカー時代にはお抱えの運転手を使えるのは、高級官僚や政治家など極一部の人です。またその必要性があるから、税金でその費用を払ってもおかしくはないのです。
文字が書けない人がいたころ、恋文まで代書してもらった筈です。
私が申し上げたいのは、足が悪い人に普通の人のように走れといっているのではありません。エスかレターをつけたあり、車椅子でもアクセスできるコンサートホールや駅その他の施設をつけたりする配慮があると同様に、インターネット時代の黎明期には、代書屋と同じビジネスが生まれてしかるべきだと考えています。
From: 佐倉 統 Subject: [00123] Re:日本人の主体性
たとえ話になりますが,以前,日本の某信用金庫が倒産する一日前に,「うち> は絶対 大丈夫ですから」と〈説得〉されてなけなしの貯金を預け,翌日,倒産の報に接して呆然自失,泣き崩れるおばあさんの姿を見たことがあります。このおばあさんは,たしかに「あなた任せ」で「自分で調べもせずに」貯金を預けたのがいけないわけですが,だからといっておばあさんを責めることはできないと思います。このようなおばあさんが続出しないような,モラルと規制と制度を作っていくべきなのではないか,と思います。
この話は、おばあさんの問題ではなくその信用金庫自体の問題で、すなわち、虚偽の情報でビジネスを行なったので、おそらく北米では、訴訟になれば信用金庫の負けと思います。 ご専門の方、いかがでしょうか。
From: 佐倉 統 Subject: [00123] Re:日本人の主体性
賛成です。ですが,いったい,どうやったら主体的な態度を養成することができるのでしょうか。大学で教えていて,ときどき暗澹たる気持ちになることがあります。
学生はあまりにも意見を言いません。ですが,少人数のグループを作ったり, 強制すると,彼らも意見を述べます。かなり真剣に日本の将来を考えている学 生も多いんです。決して意見を持っていないわけではない──むしろ,彼らの感覚と意見は,とてもしなやかで健全なものだとぼくは思います。でも,人前でそれを言わない。これは,中学高校と,「人と違う意見をもつ」ことに,きわめてネガティヴな感覚をもつような教育を受けてきているのだとしか思えません。ぼくは大学の授業で,一年間かけてこういった「マインドコントロール」を解くのに精一杯の感じです。
自分の意見を述べること」「人前で発言すること」は,推奨されこそすれ,決して批判されることではないのだ,と。で,一年経つと,また次の学年でマインドコントロールされた集団がやってきます。以下,繰り返し。
こういう状況で,個々人の主体的判断や合理的精神を前提にして議論をするのは,時期尚早だと思うのですが,いかがでしょうか。
冗談半分で言えば,ぼくが育てた学生が社会の中核を担える年代になるまで,もう少しお待ちください。と(^^)
今やらないと、全部駄目になるのでは、ないでしょうか。
今の行政改革の現状などをみると、いま利権をもっている人達が元の木阿弥にしています。このままで、日本が死ぬまでお待ちになるのでしょうか。
私は、問題意識をもった指導者がいることが、第一条件だと思います。期待しております。料理の本をみて、味が分かりますか。料理のおいしい、まずいは、おいしい料理を食べたことのある人が分かります。
美術の鑑定士は、常に本物の美術しか見ず、贋作が持ち込まれたときには直ぐ分かるといいます。
人間もそうです。頭の下がる立派な人に接することが人間を育てます。
ともすると、グレシャムの法則のように、人間もまた、悪貨に駆逐され勝ちですが、上を見る事です。希望をもつ事です。
このフォーラムでも、インターネットのネガティブな面を議論する場合が多いようですが、私はもっとポジティブな面を見たいと思っているのです。
道具には、二面性があります。学校に持ち込んだナイフが今日本で問題になっているようですが、だからといって世の中から刃物をなくす訳にいきません。
これは道具の問題ではなく、人間の問題だからです。
From: 佐倉 統 Subject: [00123] Re:日本人の主体性
誤解されないように繰り返しますが,飯坂さんのおっしゃるような姿勢が大事> だということは,まったく賛成します。ただ,その姿勢ができていない人があまりにも多い状況で,それこそ「情報強者」になりなさい!と言っても,のれんに腕押し,馬耳東風,なのではないか,と思うわけです。
私はこれこそ教育に携わる人の姿勢です。
私は、これまで100人以上の学生の論文指導を日本にいるときにしました。
日本を離れて15年以上にもなりますが、すでに一人前の社会の中核になっている彼らは日本の帰るたびに集まってくれ、それがまた日本に帰るときの楽しみの一つです。
親を含め指導者・教育者の哲学です。
若い人達がすばらしい能力をもって動き始めているのも事実です。
面白い事をかなえれば、人は動きます。
今の教育は、この「面白さ」教えていません。
このメッセージを書いているとき、大学の先生から電話が入り、私が示唆したテーマを学生が面白いといっているので指導して欲しいということでした。
先生のご活躍を期待します。
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From: 末光 美恵
Subject: [00131] Re:日本人の主体性
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末光です。
飯坂様。佐倉様。
From: 佐倉 統 Subject: [00123] Re:日本人の主体性
中学高校と,「人と違う意見をもつ」ことに,きわめてネガティヴな感覚をもつような教育を受けてきているのだとしか思えません。
学校では、自分で考え、自分で判断し、自分で行動するということが教育されていません。自分で考えて判断したことが誤りであると気づくのも学習効果のひとつであるはずですが、どうも誤りを犯さない様に答えを先回りして教えているような教育であると思います。従って、与えられたことを消化する人間は育ちますが、自ら考えるという主体的判断を持つ人間は減少する一方です。
From: 佐倉 統 Subject: [00123] Re:日本人の主体性
#うーむ,悲観的に過ぎるのだろうか……#
私も教育に片足を突っ込んでいますので、同じような感想を持ちました。
確かにここでの議論からずれているかもしれませんが・・・・。
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From: 重清 太郎
Subject: [00132] Re:日本人の主体性
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安田火災 重清です。
私は「日本人が基本的に主体性がない・・・」とは思いません。
弊社の企業内情報ネットワーク推進の例を提示しましたが、標準的な日本人は、「新しいことを、自分から能動的に実践する」ことがやや苦手なのだと思います。
インターネットにしても、ディベートにしても、まず周囲の眼を考えてしまう。「誰かがやったら自分も真似してやってみよう」という姿勢にとどまる。それが教育によるものかどうか?は、私はわかりませんが、横並び意識でもモノマネでも、一度きっかけを掴むと、成果を「実感」すると、そこからは、黙っていても主体的に動く人が少なくない。つまり「とっかかり」が遅いのです。
また、一度、成功体験を持つと、必要以上に他人より「優位性」を保ちたがる傾向もあるのではないでしょうか?
インターネットは難しいそうだ・・・と後込みする初心者でも、まずYahooにアクセスして(固有名詞を出して失礼!)、探したい言葉を「検索の欄」に書いて、ENTER押してごらん・・
とバカチョンで教えれば、しばらくは聞いたとおりに使ってみて、そこから先は、工夫するようになる。
愚妻を含めて、街のパソコンスクールに通おうと考え始めている主婦が増えているようですが、理由を聞いてみると、誰々にインターネットショッピングで、素敵なバッグを簡単に買えると聞いたから・・。
この論議のきっかけは「情報洪水」でしたが、「きっかけ」さえうまく与えてあげれば、一見主体性がないと見える日本人でも、能動的に動き出すのではないかと考えます。むしろ裾野が広がる可能性を持つ「見込客」だと思います。
企業内の「後込みユーザー」に対しても、成果を実感させる「シンプルな仕掛け」を用意しようと考えています。
まとまりのない、稚拙な意見で恐縮です。
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From: 小池 良次
Subject: [00133] Re:日本人の主体性
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小池です。
要約
1)日本は弱者である方が徳をする社会
2)米国は強者が徳をする社会
3)日米は異質な社会システムで、従来の日本型社会システム下でアメリカ流の主体性を望む必要はない。
蛇足:今は冬の時代だが、日本の製造業やビジネス・プロトコルをけっして切り捨ててはいけない。
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日本人の主体性の問題が教育に関係しているとの話が出ていますが、ボクは教育は副次的な要素と考えています。
■弱者優遇社会の日本
外から日本を見ていると、これほど弱者に住みやすい社会はないのではないかと思うこの頃です。
一部上場企業のトップでも新入社員との所得格差は7〜8倍、大きくてもせいぜい50倍前後、米国の100倍以上に比べると下っ端に厚く、トップに薄い報償システムです。アメリカみたいに30代前半で年収1億円を超える人は日本にはまずいないでしょう。
年功序列で、実力に関係なく給料は上がって行く。これじゃ目立たない方が上手い人生の生き方です。逆に日本のトップ企業が平均的に「御神輿」族なのもその性です。本来、責任が重く、長時間、タフに仕事をすべき日本の企業トップは、その報償(サラリーなりボーナスなり)が軽すぎて励みにならないでしょう。
また、日本企業の優先課題は「雇用の確保(=社内雇用の創造)」であって「業績」は2番目。社内の合理化(人減らし)なんかを進める管理職は恨まれ、ダメな社員が辞めないように終業後、酒を一緒に飲んであげる管理職に人望が集まる。(これじゃ業績はあがらない)
一見、非効率なことをやっている日本ですが、製造業を牽引車とする輸出型産業構造では、もっとも合理的な社会システムです。この方が、失業者はでないし、社会不安も起こらない。良い意味でも悪い意味でも日本国内だけを考えれば、この方が平和で幸せな国が築けるわけです。
残念ながら、情報通信が牽引車となり、経済のグローバル化とともに国内市場を開放することになると、このシステムは上手く働かなくなるわけです。
とはいえ、今のところ弱者である方が日本社会では有利なわけで、(アメリカ流の)主体性なんか持つとかえって弱者社会に乗り遅れて損をするだけです。
■強者優遇の米国社会
一方アメリカの牽引車、情報通信産業は強者優遇の社会です。
基本的に職場でも、学校でも意見を言えない奴、率先して行動できない奴は落伍者となる。アメリカ社会は落伍者に冷たい社会です。落後すると貧乏して教育も職もその他のチャンスもやってこなくなる。それが最も助長されているのが今の情報通信産業でしょう。(デトロイトは日本に近いのに比べると...)
情報通信産業では年齢や経験も重要ですが、チャンスをものにして成功すれば若くして億万長者になれる。
また自分が強者でない人間にとって、この勝ち馬(企業、個人)に乗ることが重要なサバイバル・ゲームです。シリコンバレーを中心とするベンチャー産業やM&Aの底流にあるシステムもすべて同じ。勝ち馬になりそうであれば、どんどん支援して自分も一緒に儲けるのが賢いわけです。
強者でなければ損をするから、だからアメリカ人(特に情報通信にいる人)はみんな強者の理論で話をする。(日本人には主体的と見えますが.....)これが今のアメリカ流「国の築きかた」です。
■つまり異質文化だから
牽引車を中心に見ると、このようにアメリカと日本は異質な文化を持っています。だからちょっと見ると日本人は主体性がなく、アメリカ人は主体性があると見えますが、どちらの国民も自国の社会・経済システム、自分の位置する産業システムに最適化しようとする合理化行動をとっているにすぎないとボクには思えるわけです。
ですから教育的な問題は副次的な要素であって、こうした環境が変わらない限りアメリカ流の主体性(特に情報通信)を日本人(製造業型)に求めるのは無理があります。
蛇足1:
日本も情報通信を産業の柱に据えようとしている今、アメリカ式のイントラネットだの、グループウエアーなどをそのまま日本に持っていくことは無理があることになる。(世界は欧米だけと思っているアメリカ人にはそれが良く分かっていないですが)
日本の判子屋サンが電子判子システムを研究しているそうですが(^^)やはりアメリカのビジネス・プロトコルをベースに書かれたソフト群は製造業型に慣れ親しんだ日本式ビジネスプロトコルにはあわない。どうしても最適化する過程が必要になる。
これをソフト会社(日本には1社しか残って居ませんが......)じゃなく導入する社内の責任者がやらなければならないので、日本では企業内の情報マネージャーが大変だな〜ってことになるわけです。
蛇足2:
特に今の情報通信産業はデジタル革命の初期にあたるのではないでしょうか。余りに未熟なデジタル業界なのでハード中心に進歩して行くよりソフト中心に発達している。ソフトなら短いライフサイクルでどんどん開発できますから。だからマイクロソフトなどが以前にも増して産業の中心プレーヤーになっているわけです。
でも、マルチメディアと称してカメラやらスピーカーやらマイクやらをワイヤーで結びつけている今のパソコンほど製品として不細工なものはありません。ソフト中心だからこんな形にしかまとまらないわけです。
とはいえデジタル産業が今後も現在のソフト優先で続くとは思えません。
たとえばデジタル・カメラはパソコンの力なしで撮影した写真をネットワークで送れるようになる方が便利です。つまりデジタル産業が成熟してくれば、専用機(ハード中心)の復活がある。ですから日本は世界一を誇る製造業やそのビジネス・プロトコル(=日本の主体性)を切り捨ててはいけない。
未来を見たとき、製造業を持つ日本は素晴らしい復活の可能性を持っていると思うからです。
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From: 古川 泰弘
Subject: [00134] Re:日本人の主体性
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古川泰弘です。
日本人の主体性については、辛いところを人に見せないで隠して、都合の良い情報を欲しがるところがあるように感じています。
よって、情報をなかなかオープンにせず主体性に関係するのではないでしょうか。
ネット社会では、問題が発生したときに、ネットに参加者間で問題解決に取り組みます。が、ネット以前なら物理的に参加できないこともあってクローズな形が多い。
うまい例かどうかわかりませんが、2月10日にJISAが個人情報保護ガイドラインをホームページに公開しました。
ところが、承認された日付は、昨年の11月26日です(2ヶ月も差があるわけです、別に責めているわけではないですけど)。
http://www.jisa.or.jp/activity/guideline/individual-j.html
ネットのような情報速度がものをいうときには、受け手に届く時間差でビジネスには大きな影響を与えます。ということで、
ネット社会に慣れる一つのテクニック:
「結果を見せるだけより、経過も見せる」
ことが主体性に結びつけるだと思います。
古川泰弘@情報洪水にならないように水はけをしながら
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From: 林 芳正
Subject: [00135] Re:日本人の主体性
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参議院議員 林芳正です
自己責任の議論大変興味深く拝見しております。
たとえば預金保険によるペイオフを、すぐにやらずに2001年3月までは、公的資金を使ってでも、全額預金を保護するなどはこの例でしょうか。
今日も財政部会で保険や証券についても同様の措置を取る法案の審議をしましたが私個人としては、今後の制度設計をする立場としては ”そういう危惧がありからといって甘やかすから自立できないのだ”[00128]の立場でやっていかなければと思っています。
また規制緩和をすすめ、事前調整、需給調整型行政から事後規制型へ転換していくと共に、司法制度の改革ー使いやすくスピーディーな司法機能の充実と行った問題が重要になってきます。宣伝になりますが自民党では司法制度改革に関する特別委員会を政調の法務部会の中に昨年暮から設置しけんとうをはじめております。
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From: 杉井 鏡生
Subject: [00136] Re:日本人の主体性
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杉井鏡生です。
[日本人の主体性]
「情報洪水への対応」に続いて、「日本人の主体性」のテーマが大ヒットですね。これはどちらも、佐倉さんをはじめ参加者のみなさんの問題意識のなかから出てきたテーマですね。
やはり、司会者が考える「お仕着せ」型のテーマよりは、参加者が自らの問題意識をもって主体的に関わるほうが活性化するということなのでしょうね。ここにも、ネットワークの有効活用における主体性の大切さが再確認できそうです。
それから、飯坂さんから、「このフォーラムでも、インターネットのネガティブな面を議論する場合が多いようですが、私はもっとポジティブな面を見たいと思っているのです」というご意見がありました。
インターネットもこれだけ使い方が広がってくると、ネガティブな面もきちんと抑えておく必要はあるので、ネガティブな面に関する問題も引続き必要とは思います(ただし、ネガティブに議論するのではなく、解決するにはどうしたらいいかというポジティブな議論でありたいですが)。
しかし同時に、飯坂さんのいわれるような、ポジティブな面での意見交換もぜひやりたいですね。そのなかにネガティブと思われる面についての解決策も見つけられるかもしれません。田澤さんが「電子ネットワークと市民生活」で紹介して下さった女性の新しい就労の機会拡大という話もひとつでしょう。また、ここで話題になった教育や学習などに関してもあるのではないでしょう。有効な活用や可能性に関するポジティブな事例やご意見も、ぜひ、みなさんからご紹介いただけるとありがたいです。
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From: 飯坂 譲二
Subject: [00137] Re:日本人の主体性
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飯坂 譲二
From: 林 芳正 Subject: [00135] Re:日本人の主体性
たとえば預金保険によるペイオフを、すぐにやらずに2001年3月までは、公的資金を使ってでも、全額預金を保護するなどはこの例でしょうか。
今日も財政部会で保険や証券についても同様の措置を取る法案の審議をしましたが私個人としては、今後の制度設計をする立場としては ”そういう危惧がありからといって甘やかすから自立できないのだ”(gisj-net 247)の立場でやっていかなければと思っています。
まったく同感です。
古い記憶ですが、豊田商事の金売買などねずみ講に近いいろいろな商法、昨年あたりだとダイヤの市価買い戻し、一億踊ったバブルもそうですが、バスに乗り遅れて損をした人たちが、いろいろな理由をつけて公的補償を求めます。
儲けた人たちは口を閉じます。
簡単な算術(昔はねずみ算として小学校の課題だったと思います)さえ知っていれば自分で判断できる筈です。
カナダでは、銀行がつぶれたとき、一口座あたり、6万ドル(記憶している限り)までが補償されますがそれ以上はありません。
ただ、世の中は100%定量化できるわけでなく、善と悪と2値的に振り分けられるものともかぎりません。社会全体ととしてある程度のネガティブな要素をコントロール仕切れるわけでもありません。
たとえば、全員が交通規則を守るようになっても、交通事故は0に出来ないし、どちらが加害者で他方が被害者と簡単に振りわけられない場合もあります。
鉄道会社は、100%キセルを摘発するのに要するコストと、キセルの被害額とのバランスで、改札機能や駅員の数を決めていると思います。
このようなノイズレベルの損害については、社会システムの許容度として取り入れておく必要はありますが、損害を受ける可能性が予想されにも拘わらず敢えて個人が選択した物については、個人がその責任を負うべきものでしょう。
From: 林 芳正 Subject: [00135] Re:日本人の主体性
また規制緩和をすすめ、事前調整、需給調整型行政から事後規制型へ転換していくと共に、司法制度の改革ー使いやすくスピーディーな司法機能の充実と行った問題が重要になってきます。宣伝になりますが自民党では司法制度改革に関する特別委員会を政調の法務部会の中に昨年暮から設置しけんとうをはじめております。
期待しております。
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From: 飯坂 譲二
Subject: [00138] Re:日本人の主体性
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飯坂 譲二
From: 杉井 鏡生 Subject: [00136] Re:日本人の主体性
(ただし、ネガティブに議論するのではなく、解決するにはどうしたらいいかというポジティブな議論でありたいですが)。
同意見です。
From: 杉井 鏡生 Subject: [00136] Re:日本人の主体性
つでしょう。また、ここで話題になった教育や学習などに関してもあるのではないでしょう。有効な活用や可能性に関するポジティブな事例やご意見も、ぜひ、みなさんからご紹介いただけるとありがたいです。
今私は、熱帯雨林について国際的な共同研究を、日本、タイ、ブラジルとやっています。全部インターネットです。
私が、技術的な指導、示唆をだす。日本で必要なソフトをつくる、実際のデータ解析はタイの学生が行なう。現地の情報はタイ・ブラジルで集めて結果は全員に配る。中間結果の討論をe−mailで行ない次の課題をきめるやり方で、大学院の学生の指導をしているわけです。
顔を知っている人もいますが、半分は顔を知りません。
今のところ、旨くいっています。
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From: 飯坂 譲二
Subject: [00139] Re:日本人の主体性
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飯坂 譲二
From: 小池 良次 Subject: [00133] Re:日本人の主体性
要約
1)日本は弱者である方が徳をする社会
2)米国は強者が徳をする社会
3)日米は異質な社会システムで、従来の日本型社会システム下でアメリカ流の主体性を望む必要はない。
蛇足:今は冬の時代だが、日本の製造業やビジネス・プロトコルをけっして切り捨ててはいけない。
何故怪獣が死滅したのか、また、何故高等生物には有性生殖をする生物しかいないかを考えるてみる必要があるように思えます。
インターネット社会はある意味で情報の「交配」の機会を増やしてくれています。
生物は交配の結果、新しい環境の変化に適応する基準に従って淘汰されてきました。 遺伝子を全部赤い髪をし、青い眼をもつ遺伝子に変えようという議論とは、別だと思います。
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From: 杉井 鏡生
Subject: [00140] Re:日本人の主体性
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杉井鏡生です。
[日本人の主体性]
新たに、小池さんから「日米は異質な社会システムなので、従来の日本型社会システム下でアメリカ流の主体性を望む必要はない」という大胆かつ興味深い問題提起をいただきました。
小池さんのご意見は、これまでの論点であった、(小池さんの言われる米国型を想定しているかどうかはともかく、少なくとも従来の日本型ではない)自立的な主体性を高める必要を前提としたうえで、そのために何らかのサポートが必要かどうか、という議論とは違った論点ですね。興味深い論点ですので、賛成・反対を含めて、みなさまのご意見を伺えればと思います。
半分冗談の余談ですが、よく言われるように日本人に横並び型の社会意識が高いとすると、ネット社会では小池さんの言われるようなアメリカン・タイプの強烈な主体性が横並びの基準だとなった場合、そのなかで敢えて従来型の調和的な集団主義を維持するほどの強烈な主体性を保持するのは難しくなることはないのでしょうか。その場合、かえってウルトラ非協調的な強者の論理に基づいた個人主義的な主体性の表出へ集団的に突っ走って仕舞う恐れはないのでしょうか(個人主義に集団的に突っ走るという表現は一見不合理ですが、無意識的な社会現象としてはあり得そうですよね)。
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From: 田中 辰雄
Subject: [00141] Re:日本人の主体性
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田中辰雄です。
小池さんの発言にフォローがつかなければ引っ込んでいたのですが、進化論型のフォローが出ましたので一言発言させていただきます。
私には小池さんの趣旨は理解できます。
で、飯坂さんは次のようにおっしゃいます。
From: 飯坂 譲二 Subject: [00129] Re:日本人の主体性
冷たいようですが、人間の社会も適者生存が存在しているような気がします。
From: 飯坂 譲二 Subject: [00139] Re:日本人の主体性
インターネット社会はある意味で情報の「交配」の機会を増やしてくれています。
生物は交配の結果、新しい環境の変化に適応する基準に従って淘汰されてきました。
アメリカ型の「主体性」あるいは自己責任原則を取り入れなければ淘汰されるだろうという趣旨のように読めます。それゆえに社会が持っている遺伝子のようなもの(ある人は文化子と言う)を変えなければならないと。したがって
From: 飯坂 譲二 Subject: [00139] Re:日本人の主体性
遺伝子を全部赤い髪をし、青い眼をもつ遺伝子に変えようという議論とは、別だと思います。
とありますが、飯坂さんの主張ではやはり、社会の遺伝子のようなもの(文化)を変えましょうという話になっているのではありませんか。もっとも「交配」ですから、中間型になることもあって、赤い髪と黒い髪の中間ということになるのかもしれませんが、いずれにせよ社会の遺伝子のようなもの(文化)を変えましょうという話になっているのは同じ事のように思えます。自己責任原則を持たせようというのは、言ってみれば人々の価値観や行動規範の変更ですので、当然と言えば当然です。
回りくどい話になりましたが、問題なのは、
「なぜ自己責任原則を持たせる必要があるのか」、
です。杉井さんの言うとおり、これはなかば前提として議論されていたようですが、答えは必要と思われます。飯坂さんのお答えは、そうしないと社会が(あるいは個人が)淘汰されるというお答えと推測しました。他の方はどうお考えでしょうか。象徴的な例で言えば、信用金庫に預けて泣き崩れたというおばあさんにもリスク計算をさせようと考える理由は何でしょうか。
以下蛇足です
#ネット社会に限っても同様の議論が可能です。ジャンクメールも個人情報保護も明瞭な犯罪行為以外はかなり自己の技術と努力で防げます。ですから自己責任原則を最上位の原理にすると、政府の規制は最低でよいことになります。これは歴史的に言うと夜警国家観への回帰に他なりませんが、夜警国家への批判もマルクス主義から福祉国家論までたくさんの蓄積があります。したがって、いま、自己責任原則を主張するなら、その理由までつめておく必要があります。そうしないと、「泣き崩れるおばあさん」の報道に簡単に足をすくわれることになるでしょう。
もう少し具体的に言えば、
From: 飯坂 譲二 Subject: [00129] Re:日本人の主体性
冷たいようですが、人間の社会も適者生存が存在しているような気がします。
と言えば、おそらく「そのような冷たさを克服するのが人間だ」と言う反論が来るでしょう。小池さんの言を使えば、「ダメな社員が辞めないように終業後、酒を一緒に飲んであげる管理職に人望が集まる」社会の方がよい社会ではないかという反論です。自己責任原則を主張するならこのような反論をねじ伏せるだけの論理を用意する必要があります。そうでなければ、自己責任原則の合唱は、強者の論理と言われてもしかたがないでしょう。(ちなみにこのリストの参加者の大半は知識・能力の点で強者に近いと私は思います。) |
From: 末光 美恵
Subject: [00142] Re:日本人の主体性
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末光です。
今日はメールにゆっくり目を通す暇ができました。目を通すとついつい一言述べたくなってしまいます。
From: 田中 辰雄 Subject: [00141] Re:日本人の主体性
とありますが、飯坂さんの主張ではやはり、社会の遺伝子のようなもの(文化)を変えましょうという話になっているのではありませんか。もっとも「交配」ですから、中間型になることもあって、赤い髪と黒い髪の中間ということになるのかもしれませんが、いずれにせよ社会の遺伝子のようなもの(文化)を変えましょうという話になっているのは同じ事のように思えます。自己責任原則を持たせようというのは、言ってみれば人々の価値観や行動規範の変更ですので、当然と言えば当然です。
飯坂様のご意見に賛同します。欧米の文化の良い所を交配させて、日本人の価値観や行動規範を変化させていこうということだと解釈します。今TV番組の影響か日本は幕末ブームです。あの時代に似たようなところがあります。インターネットは黒船かもしれません。
From: 田中 辰雄 Subject: [00141] Re:日本人の主体性
例で言えば、信用金庫に預けて泣き崩れたというおばあさんにもリスク計算をさせようと考える理由は何でしょうか。
おばあさんが生きて来た時代背景が影響しているということです。子供の頃から他人の言うことには必ず根拠や裏付けを求める、自分で見て判断するという生活習慣があれば、年を取ってから騙されることもないだろうということです。日本もそういう社会の文化にしようということです。
海外旅行を経験することによって自分のかばんをしっかり持つようになりました。これも日本との安全性の違い。日本は安全で良い国ですが、おばあさんがリスクを負う国であります。
私は教育にも片足をつっこんでいますが、教育方針は「自分で考え、自分で判断し、自分で行動する」です。情報にしろ、環境にしろ誰かが与えてくれるものではないということと、人から聞いた情報と、自分の目で見て経験して得た情報とは区別することです。 強者の論理といわれればそうなんでしょうか。
From: 田中 辰雄 Subject: [00141] Re:日本人の主体性
以下蛇足です
小池さんの言を使えば、「ダメな社員が辞めないように終業後、酒を一緒に飲んであげる管理職に人望が集まる」社会の方がよい社会ではないかという反論です。自己責任原則を主張するならこのような反論をねじ伏せるだけの論理を用意する必要があります。そうでなければ、自己責任原則の合唱は、強者の論理と言われてもしかたがないでしょう。
蛇足に口を挟んで申し訳ないでが、立場の違いであると考えます。
社員の立場では、組織や上司に環境を求めるだけではいけません。与えられた環境の中で最大限の自己の能力を発揮して仕事の成果を出すべきです。組織や上司は社員の能力に関係なく仕事の成果を最大限にするような環境をつくるべきです。
阪神大震災から3年。分断された高速道路などは驚く程早期に復旧しましたが、仮設住宅に暮らす人々には個人の力で復旧せよと日本政府も言っているではありませんか。(関西に住んでるとこれはひどいと思いますよ。信用金庫に騙されたおばあさんは自己の責任ですが、震災は自己の責任ではありませんから。)
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From: 高木 寛
Subject: [00143] Re:日本人の主体性
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高木です。
少し忙しくしていました。
From: 田中 辰雄 Subject: [00141] Re:日本人の主体性
回りくどい話になりましたが、問題なのは、なぜ自己責任原則を持たせる必要があるのか」
さらに
From: 田中 辰雄 Subject: [00141] Re:日本人の主体性
ですから自己責任原則を最上位の原理にすると、政府の規制は最低でよいことになります。これは歴史的に言うと夜警国家観への回帰に他なりませんが、夜警国家への批判もマルクス主義から福祉国家論までたくさんの蓄積があります。したがって、いま、自己責任原則を主張するなら、その理由までつめておく必要があります。そうしないと、「泣き崩れるおばあさん」の報道に簡単に足をすくわれることになるでしょう。
には、同感です。
やや古くさい言葉ですが資本主義の国では、自分の財産及びそれに基づく生活は自分で守るのが当然であって「自己責任」は当たり前のはずです。むしろ、自由に経済活動ができるからこそ自分の幸福を追求できるわけです。それが福祉国家観からさらに経済の調和的発展という名のもとに自由競争を制限する規制が増えていって、その規制の反面として本来当たり前であった自己責任が遺伝子(文化子)の中から消えてしまったわけです。
3セクのコンサルをしていたときにも税金を使っているんだからこの程度のサービスは当然だというユーザーの声に辟易とした経験がありますが、公的機関にたいして本来自分で負担すべきものまで要求する習癖ができてしまったんですね。何か損失が生じたときも公的補填が当然という考え方になってしまった。
しかし、ここには異質なものが入っています。
福祉国家観 ナマの自由競争では人間に値する生存が維持できない人が生ずるのを防ぐ。(例えば、労働基本権、生活保護)
経済の調和的発展 国の経済が全体として調和的に発展すればその元で生活している人も幸福になれるというアバウトな考え方(企業に対する規制)。
ところが、後者が規制による利権とも関係してか不必要に増加しすぎて、もともと自由競争でよい部分がまるで社会主義の国みたいに拡大し、さらに規制によって企業が負担するコストが国際競争力という点で無視できなくなってきて、規制緩和・自由競争・自己責任・情報公開という流れになっているわけです。
そうだとすれば、規制緩和や自由競争といっても後者だけで良くて、全面廃止・全面自由ではなく、前者の部分を残さなければならないはずです(そうすると利権を守るためにこ
れを利用する人が出てきそうでややこしいのですが)。規制緩和と福祉切り捨てがよく言
われるのですが、このあたりの区別ができていないんだと思うのです。
「信用金庫の倒産で泣き崩れたおばあさん」は、明日の生活費がなくなって泣き崩れたのか、生活には困らないけど貯金がふいになって泣き崩れたのかわかりません。冷たい見方をすれば、その違いをきちんと見なくちゃいけないわけです。
情報公開をせずに自立というのは酷だし社会の仕組みとして不当です。また、正常な判断能力さえあれば判断できるような情報公開のしかたでなければは駄目だということもあります。その上で情報を公開しても自立的に行動できない人をどうするかは、教育や社会の仕組みもありますが、そもそも情報公開がこういう経済政策の流れの中にあるのだとすれば、突き詰めれば自立的に行動できないから救済するのではなく、自由競争の中に放置すると人間として生存できなくなるという視点で良いんじゃないかと思います。ただ「人間としての生存」がわが国では非常に低く考えられていて今後一層低くなるという問題はあります。
しかし、こういってしまうと身も蓋もないという感じがしますし、遺伝子といわれるぐらい浸透してしまっているわけです。杉井さんが言うように「明日から放り出してどんなに事故が起きて社会が混乱したとしても、それは全て自己責任だから知らないよ、とはいかないだろう」という配慮は急激な変化を好まない日本の社会としては必要だし、林さんがおっしゃっている「たとえば預金保険によるペイオフを、すぐにやらずに2001年3月までは、公的資金を使ってでも、全額預金を保護するなど」もそのひとつとして必要だと思います。
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From: 水野 隆一
Subject: [00144] Re:ネットワークと人権
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藤原様
水野です。私の素朴な質問に対して丁寧に答えて頂きありがとうございます。
From: 藤原 宏高 Subject: [00090] Re:ネットワークと人権
1.論点1
アメリカでCDA法案が違憲である旨議論になった際、ホームページ上でアメリカ基準で猥褻でない下品な情報を掲載することが表現の自由の範疇に入る、との前提であったと思います。すなわち、有料アダルトサイトであれ、無料のサイトであれ、ホームページ上で下品な写真を掲載することは、本来憲法で保障された表現の自由で守られるべきである、との理解があったと思うのです。
有料、無料に関わらず、下品な写真を掲載することは表現の自由で守られているというの理解します。しかし、表現の自由を守るために営業を違法とすることができない、というのは変ではないでしょうか?有料アダルトサイトにおける下品な写真は、看板であり、商品の陳列ですね。例えば、麻薬販売店を開業して、その看板に麻薬の絵を描いている。この時、この看板の表現の自由を元に麻薬販売店は違法ではないとは、言えないでしょう。
(ちょっと、屁理屈ですが)
つまり、風営法で規制しようとしているのは、あくまでアダルトサイトの営業であり、その表現手段を規制しているわけではないと思いますが。
From: 藤原 宏高 Subject: [00090] Re:ネットワークと人権
なお、この問題は、有害画像を掲載した図書を販売する業者を、届け出制にした場合と同じと思います。
これは、納得します。つまり、法としての均衡を逸するということですね。私もそう思います。コンビニでの有害図書販売も同様の規制をかけるべきと考えます。表現の自由と販売の自由は別と考えますから。(それとも表現の自由の中には、頒布の自由も含まれていましたっけ?)
From: 藤原 宏高 Subject: [00090] Re:ネットワークと人権
2.論点2
規制手段の相当性の観点からは、結果としての未成年者保護手段(18歳未満の者を客としてはならず、18歳未満の者を客に接する業務に従事させてはならない)だけを遵守させれば足り、届け出制までは、過度の規制であると考えられないでしょうか。
この規制手段の相当性の論点は、なるほどと思います。もし、未成年者保護を業者が行っていることを客観的に確認できるのであれば(または、これを遵守していない業者を確認することができるならば)、届出制は過度の規制であると言えると思います。
From: 藤原 宏高 Subject: [00090] Re:ネットワークと人権
3.論点3、
現行法は、有害画像を掲載した図書を販売する業者を届け出制にしていないこととバランスを欠かないか。そもそのすべての有害画像を掲載した図書類につき売場規制等を導入すべきではないか。それをしないで(立法の怠慢)、インターネットだけを差別的にして、より強く規制するものではないか。
これは、前述の通り、バランスを欠くと思います。
From: 藤原 宏高 Subject: [00090] Re:ネットワークと人権
4.論点4、
プロバイダーに対する規制として、検討中とはいえ、「プロバイダーは営業者がわいせつな映像を見せないように努めなければならない」とすることは、「わいせつ」概念が曖昧なので、プロバイダーに過酷ではないか。過度の自主規制をもたらさないか。
プロバイダーに対する規制は、私もやり過ぎだと考えます。要するに、論点2で述べた技術的な確認の難しさをプロバイダーに押し付けた結果であると考えます。法の均衡という視点では、アダルトショップの家主や地主に規制が及ぶか、ということと同じですね。
以上各論点について意見を述べましたが、私の基本スタンスは『今回の風営法改正案は拙速で問題も多いのでもっと良く議論すべきである。しかし、基本的に有料アダルトサイトを規制する方向性に問題はなく、全面的に駄目だ!という議論では、結局この問題ある風営法改正案がこのまま生き残る可能性が高い。だから、基本方針を容認し、方法論の議論にすべきではないか?』というものです。
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From: 藤原 宏高
Subject: [00145] Re:ネットワークと人権/風営法改正案
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弁護士 藤原宏高です。
水野様
From: 水野 隆一 Subject: [00144] Re:ネットワークと人権
風営法で規制しようとしているのは、あくまでアダルトサイトの営業であり、その表現手段を規制しているわけではないと思いますが。
実は、ここに重大な問題が隠されているのです。一見すると単なる営業の自由の制限なのですが、営業の届け出制自体が、表現内容に対する事前抑制に該当すると思うのです。具体的には、以下の理由により、届け出制の結果、有料で提供する画像の表現内容に萎縮効果が発生してしまうのです。
1.適用されるアダルトサイトの営業が極めて広範囲であり、事実上すべての有料サイトは該当してしまうと思われること。
警察庁案では、届けるべき営業とは「専ら、性的好奇心をそそるため衣服を脱いだ人の姿態の映像を電気通信設備を用いて客に伝達することにより見せる営業」と定義されています。
これは、きわめて広範な規制であると思います。
2.猥褻の概念が曖昧なため、届け出制をとると猥褻に該当するかもしれないと危惧される画像は、客への提供を躊躇する結果となる恐れがあること(例えば、警察から常時監視されていると危惧するなど)。提供を躊躇した画像のすべてが猥褻とは限らないこと。
また、そもそも届け出制を嫌う者は、有料アダルトサイトの経営から事実上排除されてしまうでしょう。この点は議論があると思います。そもそも、怪しい奴は有料アダルトサイトの経営から閉め出されて良い、との意見もあるでしょうね。
3.届け出制自体に、規制目的との関連性が感じられないこと。
警察側の捜査上の都合しか考えられません。要は、有料アダルトサイトの経営者が、18歳未満者に画像を提供しなければよいのであって、届け出制を取ったからかかる禁止の効果が上がるとはいえないでしょう。
なお、警察庁から風速営業法の改正案について資料を入手しました。プロバイダーへの規制は、検討中となっています。
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風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律の一部を改正する法律案の概要( 部分は引き続き検討中)
1 風俗営業に関する規制の緩和
(1)規制対象の見直し
設備を設けて客にダンスをさせる営業のうち、一定の要件に該当するダンス教授営業を風俗営業から除外することとする。
(2)認定営業制度の新設
この法律の規定の遵守状況に関する一定の基準に該当する旨の公安委員会の認定を受けた風俗営業者については、営業所の構造・設備の変更の事前承認を事後の届け出で足りること、風俗営業許可証に替えて許可証を掲示させること等とすることとする。
(3)地域規則の緩和
風俗営業の許可の特例として、地震、火災等による営業所の滅失の場合における制限地域内の設置を認めることができることとする。
(4)営業時間の緩和
条例で定める特定の地域においては、午前零時以降一定の時間まで営業することができることとする。
(5)その他
ア 法人の合併の場合における地位の承継を認めることとする。
イ 正当な理由がある場合は、許可を受けてから6月以上営業を開始せず、又は6月以上営業を休止しても、許可の取消しの対象としないこととする。
2 営業に関して行われる売春事犯の防止
(1)許可の欠格事由の追加
公安委員会は、不法就労助長罪を犯して1年未満の懲役等に処せられ5年を経過しない者に風俗営業の許可をしてはならないこととする。
(2)営業者の禁止行為・遵守事項の強化
風俗営業者、性風俗に関連する営業者等又はこれらの者にその従業者を派遣して接客業務に就かせる営業を営む者に関し、従業者に対して売春をすることをそそのかしてはならないことを禁止行為として定め、営業に関して行われる売春事犯を防止するために必要な事項を遵守事項として定めることとする。
3 無店舗型の性風俗に関連する営業に対する規制の新設
(1)規制対象
無店舗型の性風俗に関連する営業とは、次のいずれかに該当する営業をいうものとする。
ア 派遣型の性的サービス提供業務(いわゆる派遣型ファッション・ヘルス営業)人の住居等において、異性の客の性的好奇心に応じてその客に接触する役務を提供する営業で、電話等による申込みを受けて当該役務を行う者を派遣するもの
イ 有害ビデオ等通信販売業者
性的好奇心をそそるビデオテープ等の販売・貸付けを電話等による申込みを受けて行う営業で、当該販売又は貸付を当該物品を配達し、又は配達させることにより行うもの ウ インターネット利用の有害画像通信営業
専ら、性的好奇心をそそるため衣服を脱いだ人の姿態の映像を電気通信設備を用いて客に伝達することにより見せる営業
(2)届出制
(1)の営業を営もうとする者は、その住所地を管轄する公安委員会に所定の事項を記載した届出書を提出しなければならないこととする。
(3)年少者保護のための規制
(1)の営業を営む者は18歳未満の者を客としてはならず、(1)ア及びイの営業を営む者は18歳未満の者を客に接する業務に従事させてはならないこととする。
(4)広告・宣伝の規制
(1)の営業を営む者はその営業につき、特定の地域において、又は所定の方法で、広告又は宣伝をしてはならないこととする。
(5)プロバイダーに対する規制
プロバイダーは、(1)ウの営業者がわいせつな映像を見せることがないように努めなければならない等とすることとする。
4 店舗型の性風俗に関連する営業に対する規制の強化
店舗型の性風俗に関連する営業を営む者の行う広告又は宣伝に関し、無店舗型の営業と同様の規制を課することとする。
5 その他
その他所要の規定を整備する。
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From: 水野 隆一
Subject: [00146] Re:ネットワークと人権/風営法改正案
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藤原様
水野です。
From: 藤原 宏高 Subject: [00145] Re:ネットワークと人権/風営法改正案
す。具体的には、以下の理由により、届け出制の結果、有料で提供する画像の表現内容に萎縮効果が発生してしまうのです。
すいません。どうも噛み合いませんね。私は、有料で提供する画像の表現内容に萎縮効果が発生することが『表現の自由』に抵触するということが理解できていません。無料なら問題ないわけですよね。『表現の自由』とは、表現物を発表する自由であり、販売する自由は別物だと思っているのですが。
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From: 小林 博昭
Subject: [00147] Re:ネットワークと人権/風営法改正案
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藤原さん
通信の秘密ということは法律上いかがなのでしょうか?インターネットには存在しないのでしょうか?
すでに議論がされているかもしれませんが、このプロバイダーに対する罰則のない規制といわれるものですが、プロバイダーは自社の網にアクセスする加入者の全ての通信を傍受できる立場にあるわけです。猥褻画像といってもゼロと1の信号の羅列ですから、ある
人の送信した信号内容(データ)をたまたまその信号を巧く受けられないコンピュータで
受けたら、猥褻画像に化けてしまった、(または意図的に化けてしまうようにデータを送る)などプロバイダーが監視できないものもでてくることが当然想定されます。ここではプロバイダーの義務としての監視が法律の規制として将来法制化されるかもしれないという立場で議論がされますが、これと通信の秘密とは全く相反する立場にあることもかんがえなければならないと思います。
つまり、各人の通信の秘密にプロバイダーがどの程度深くアクセスできるのでしょうか?私はインターネットのサーバーの純技術的なことはよく分かりませんが、インターネットは特定のキーワードを作っておけば防諜用のコンピュータによりある特定の機関が通信の内容に関与できるということは当然考えられます。「あなたがた(一般的な用語)は常に通信の中身を見られている」と言う事実がもっと大きな問題のような気もしますがいかがでしょうか?
私は15年ほど前にDESの暗号機を日本で輸入販売したことがありますが、米国では音声、データ、FAXのいずれにも使用できる暗号機が日本では音声の暗号化は不可ということで米国の国防省、国務省から許可を取って販売したことがありますが、日本の音声通話は情報機関にすべて盗聴されているのではないかとかんぐったものです。
インターネットでは誰かに見られているかもしれないので生データを流さないなどということが一般化してゆくのではないかと思われます。このように考えると猥褻画像と思しきものはすべて一般の人の目にふれることのないように暗号化して流すことを義務づけるなんていう途轍もない方向に風営法は変わって行くのでしょうか?このスクランブルされたデータ、デコーダを持つものにのみ猥褻画像となるので一般人が受けても有害画像ではない。uuencodeに類するfuzokuencodeなんてスクランブラーとデスクランブラーがでてくるかもしれません。
ところでインターネットのゼロと一の羅列である、わいせつ画像とは何をいうのでしょうか?
一ビット抜けたために服がすべて脱げてしまったとすれば一ビットを落とした送信者が悪いのか、その雑音の多い電話回線を提供した電話会社が悪いのか、一ビットを受けられなかった受信者が悪いのか、大変複雑です。へ理屈をいうようですみませんが、言いたいことは通信の秘密はインターネットには無いのではということです。
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From: 杉井 鏡生
Subject: [00148] Re:ネットワークと人権/風営法改正案
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杉井鏡生です。
[ネットワークと人権/風営法改正案]
小林博昭さん、[00147]での、興味深い視点からの問題提起をありがとうございます。
藤原さんへのご意見でしたが、私自身とこのスレッドの整理を含めて、コメントさせて下さい(理解が違っていたらみなさんご指摘下さい)。
まず、法律的な意味での「通信の秘密」の件は、憲法で保証されている権利でもあり、インターネットの通信事業者にも適用されていると理解しています。
ウェブ上やパソコン通信のフォーラムなどの公開の場で匿名者によって行われた名誉毀損の事件に関して民事訴訟を起こそうとした場合も、現在、通信事業者は「通信の秘密」を理由に会員の名前を公開していません。この会議では、これを「通信の秘密」の対象として見なすかどうかがひとつの議論になりました(ただし、「通信の秘密」とは見なさない立場からも、こうした場合も、会員情報をどのように扱ってもいいということではなく、「個人情報保護」の法律を制定し、その対象にすべきというご意見でした)。
それはともかく、小林さんのお話を元に、今回の風営法を「通信の秘密」との関係で考えると、ウェブ上ではなくて、電子メールを使って無店舗販売をした場合は、「通信の秘密」に関わりそうですね。この場合、プロバイダーが「届出対象の営業者がわいせつな映像を見せることがないように努める」とすると、メールをチェックしなければならなくなりますね。
それから、もうひとつ、新たな興味深い論点をいただいたように思います。小林さんの最後に書かれた「通信の秘密はインターネットには無いのでは」というご指摘は、小林さんが、はじめに書かれて「通信の秘密ということは法律上いかがなのでしょうか?インターネットには存在しないのでしょうか?」と問われた問題とは別に議論したほうが良さそうに思います。
最初の法律問題としての「通信の秘密」は、技術的に通信の秘密が守られるかどうかというよりは、通信の秘密を侵すと、それは違法になるかどうかということですよね。
それに対して、小林さんが後半で指摘された「通信の秘密はインターネットには無い」ということは、法律的に違法かどうかとは別に、インターネットでは、技術的により簡単に通信の秘密は侵され易いという問題ではないでしょうか(もちろん、いくら法律を作ってもそれが完全に尻抜けになるのなら、法律のあり方も問題になるでしょうが)。
そこで、小林さんの紹介された暗号化の問題が出てくるのだと思います。この視点からの「通信の秘密」問題は、暗号規制の問題なども含めて、「通信の秘密と暗号化」などの別枠のスレッドで意見交換をしたほうがよさそうに思いますが、いかがでしょうか。興味深い議論になるのではないかと期待しています。
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From: 小林 博昭
Subject: [00149] Re:ネットワークと人権/風営法改正案
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杉井さん
整理いただき有り難うございました。おっしゃるように通信の秘密とインターネットの通信の秘密は守られているかは別の討議と思います。
インターネットのプロバイダーに有害情報の排除する義務を課すことは通信内容をよく見ておきなさいよと言うことです。Webサイトに大ぴっらに載せるのではなく、メールの添付コピーなどになったときその内容まで立ち入らないとその義務を果たせないと言うことになります。
つまりあらゆる情報をトラップを設け、画像情報が添付されているようなメールを見つけたらその内容もチェックしなさいよ、と言うことと同じではないでしょうか?その場合に通信の内容は常に見られているということです。そのように理解するとインターネットでの通信の秘密はプロバイダーが外に漏らさない義務を負うということだけではないですか?
そのうち名簿データなどの販売がビジネスとして成り立つように他人のメールの内容を極秘で教えます、などというアングラビジネスもインターネットの世界ではでてくるのでないかと危惧します。現在、貴重な情報はFAXでなんてことを私はやっていますが、送ったメールが到着しないなどということは皆無ではないようです。インターネットもそこそこにというのが正しいビジネスのあり方という皮肉な見方も成り立つのではないでしょうか。
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From: 福冨 忠和
Subject: [00150] Re:ネットワークと人権/風営法改正案
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福冨です。
#体調悪いです(^^;)
よこから申し訳ないのですが、
From: 水野 隆一 Subject: [00146] Re:ネットワークと人権/風営法改正案
すいません。どうも噛み合いませんね。私は、有料で提供する画像の表現内容に萎縮効果が発生することが『表現の自由』に抵触するということが理解できていません。無料なら問題ないわけですよね。『表現の自由』とは、表現物を発表する自由であり、販売する自由は別物だと思っているのですが。
表現の自由は、先にもありましたように、「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」という21条から考えると、基本的には販売する自由を含むと思いますけど、どうなのでしょうか。
藤原さんのおっしゃる憲法違反というのは、合理性がある批判だと思ったのですが。
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From: 杉井 鏡生
Subject: [00151] Re:電子ネットワークで通信の秘密をどう守る
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杉井鏡生です。
[電子ネットワークで通信の秘密をどう守る]
小林博昭さん、再度のコメントをありがとうございます。
このテーマは、新しいSubjectでのスレッドにしましょう。
「通信の秘密」を敢えて侵そうとするものに対して、「通信の秘密をどう守るか」は、小林さんが最初のメツセージで紹介された暗号を使うというのがひとつの案でしょうね(暗号も絶対ではないでしょうが)。
ただし、暗号については、米国政府などから、犯罪やサイバーテロ対策に暗号鍵の管理をしようという動きもありました(犯罪者やテロリストが管理されている鍵をわざわざ使うのかという気もしますが)。ここらへんも議論の対象になるかも知れません。
また、小林さんが、後のメッセージで書かれたように、インターネットは過信しないでそこそこに使うという防衛手段もひとつの案でしょうね。
電話などでも、かなりの盗聴が行われているといわれてますし、部屋にだって盗聴マイクが仕掛けられることはあるわけで、他のメディアなら安全というわけにもいかないでしょうから、どの程度の完全性を求めるかにもよりますが、みなさまから、この問題をどう考えるかというご意見と、何が有効な防衛手段かのご意見を伺えればと思います。
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