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C. ネット社会部会

   「ネチズンの登場と新しい 民主主義社会―ネットワーク社会問題解決への世界協調」


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1998年2月16日〜2月18日


From: 杉井 鏡生
Subject: [00102] 情報洪水への対処


杉井鏡生です。
[情報洪水への対処]
佐倉さんと水野さんの「ネットワークと人権」の議論は、お二人で論点を絞りながらやっていただいているので、司会者としては大助かりです。ありがとうございます。他の方も、遠慮なく議論に割り込んで下さい。
ところで、佐倉さんの問題提起のなかから、「情報洪水への対処」という新しいスレッドを起こしてみました。これは、佐倉さんが論文審査を例に情報の選り分けをネット上でどうするかという話をされていたのを受けてのものです(「ネットワークと人権」の議論のなかだけでは無理な話がありそうなもので、分けてみました)。
これについても、最終的には、水野さんのいわれるような自己責任に任せるしかないとは思いますが、その前に、何らかの工夫は考えられないだろうかとも思っています(規制ではなく)。
そのひとつが、サーチエンジンやディレクトリ・サービスなんでしょうが、情報の質を担保するという意味では、ただ情報を集めるという方法では役不足になりつつあります。
しかし、ただ自己責任に任せておくと「悪貨が良貨を駆逐」してしまう可能性があるなら(佐倉さんは既にその兆候があるといわれてますが)、それを放置していいかどうかは議論のあるところでしょう。
また、市場に任せる方式も、第三者機関の認定に頼る方式も、それぞれにメリットも、デメリットもありそうです。「ジャーナリスムの未来」で私が書いた相互批評の場を作るという方法も考えられますが、これもネット社会のパワーポリティクスのなかで、どの程度の役割を果たせるかは未知数で、それぞれに検討が必要でしょう。
ここらへんは、どれが一番というのではなく、複合的な対策が必要なのでしょうが(対策なんて必要ないという意見もあるでしょうが)、情報洪水はインターネットを利用する上での大きな問題になるのか、適切な対策はあり得るのか等、ご意見がありましたらお聞かせ下さい。(私はこういう事情で情報洪水に悩まされていますという事例紹介も歓迎です)

From: 重清 太郎
Subject: [00103] Re:情報洪水への対処


安田火災の重清です。なかなか発言できるテーマがなく、不本意ながらROMに甘んじていました。これほど長期間のROMは初体験、結構ストレスが溜まるものですね。
やっと問題意識を持つテーマが提示されましたので、私見を述べます。
本題とのズレはご容赦ください。
私は、社長室という総合企画部署で、システム戦略の策定を行っています。
社内の情報ネットワーク構築・活用推進のリーダー役も努めており、昨年10月に、10000人の社員を対象に、全店でスタート。
notesを使って、電子メール、電子掲示板、フォーラム(電子会議)の活用を推進しています。→2/27のOA全国大会で発表予定
さて、情報ネットワークがなかった昨年9月までの、「本社に対する全国の営業店からの不満」は、「本社との情報ギャップ(伝わらない、遅い)」の大合唱でした。弊社だけがかなり遅れているのかもしれませんが、役職順に回覧される社内文書、必要以上の職制による情報セキュリティ等、日本企業の伝統的な傾向だったのだろうと思います。
10月から、一斉に情報ネットワークがスタートし、部署や役職に関わらず、「必要な人が、必要な時に、必要な情報を自分で取りに行く」仕組みに変わりました。
最初の2,3ヶ月は、フロー情報の伝達が急激にスピードアップし、情報の共有化が自然に実現し、目が疲れるなどの物理的な苦情以外は、情報ギャップ解消の効果を実感する意見が大勢を占めました。
ところが、3か月目あたりから、「情報が多すぎて見切れない」「緊急とそれ以外の情報を分けてほしい」「分類の整理をしてほしい」など、情報洪水回避を訴える声が高まり、業務の生産性を危惧する意見が提起されてきました。
主にその手の苦情は、「これまでは黙っていても一番最初に情報が入ってきた管理職」に多いのですが、調べてみると、本社から発信される情報を「すべて読もうとしている」。ペーパーや冊子の時代には、パラパラと適当に取捨選択していたのに、情報が電子化されるとすべて読まないと、取り残されてしまう・・・という意識があるのでしょうか?
その人間にとって必要な情報かどうか?これを見分けるのも一つの「情報感度」だと思うのですが、それができない。サーチエンジンのような仕組みを用意したり、検索機能を追加したり、利便性を高めてみましたが、そうすると、それにしか頼らない。
  結局は、情報感度=その人間の基本的なセンスと言ってしまえば簡単なのですが、そうも行かない。OAスキルだけではない「情報リテラシー」を醸成するには、どうしたら良いのだろうか?慣れで解決するものだろうか?悩みが深まる今日この頃です。
レベルの低い事例で恐縮ですが、ケーススタディの1つとして、扱っていただければ・・・と思います。

From: 水野 隆一
Subject: [00104] Re:情報洪水への対処


From: 重清 太郎
Subject: [00103] Re:情報洪水への対処

10月から、一斉に情報ネットワークがスタートし、部署や役職に関わらず、「必要な人が、必要な時に、必要な情報を自分で取りに行く」仕組みに変わりました。
面白いお話ですね。理屈では、有り得そうな話だと分かりますが、実例としてお伺いすると、臨場感があります。
ところで、情報洪水への対処は、
1.重清さんのご指摘のような企業内洪水
2.インターネット全体の中での洪水
とに分けて考えるべきだと思いました。何故なら企業内では情報は有限であり、最終的にすべての情報を見ることも可能ですし、また必ず見るべき情報というものもあります。これに対して、インターネット全体では事実上すべての情報を見ることはできませんし、別に見る必要もありません。
これを逆に考えると、インターネット全体の場合は、自ら積極的に情報を探しだそうとしている人が、無意味な情報を如何に捨てるか、という作業なのに対して、企業内では必要な情報を如何にして得るか、という行動として現れることとなると思います。場合によっては、企業内では、自分が必要な情報が何かを理解していない人も多く存在することとなると思います。
情報ネットワークを使いながら、自分の欲しい情報が分からないということ自体が問題なのであり、そのために重清さんのご指摘のような事例が発生するのではないかと考えます。したがって、その対処には、最低限必要な情報は半強制的に本人にわたるような仕組みだけを考え、あとはご自由に、というやり方が望ましいのではないかと考えます。
インターネット全体での情報洪水の問題は、
1.情報へのアクセス(発見)
2.情報の品質の見極め(取捨選択)
3.情報の整理
などの段階を経る必要があり、それぞれに難しい問題が存在するような気がします。そのためには、ストック情報(WWW)とフロー情報(ML、NGなど)を上手く組み合わせて利用する能力としくみが必要となると思います。

From: 杉井 鏡生
Subject: [00105] Re:情報洪水への対処


杉井鏡生です。
水野さん,コメントありがとうございました。
[情報洪水への対処]
重清さん、社内電子メールの洪水に悩む管理職という具体的な事例の紹介をありがとうございます。
電子メールの導入段階では、いかに沢山使ってもらうかが課題でしたが、どの企業でも、利用が進んでくると同じ様な問題に直面しているようですね。
対策は、整理のための技術を応用するとともに、重清さんのいわれたように、読む側のリテラシーとしての情報処理能力を高めることとともに、発信者側も、やたらと添付ファイルをつけないとか、やたらとCC(カーボンコピー)をしないとかの工夫は必要なのでしょうね。
同時に、これも電子メディアのコミュニケーション文化をどう形成していくかという問題でもあるのかも知れませんね。
PS.
これを投稿しようとしたら、水野さんの上手に整理されたコメントがすでにありました(毎度、助かります)。さらに議論が発展しそうですね。水野さんが整理して下さったものについて、技術である程度カバーできるもの、人間系が頑張らなければいけないものという区分けもありそうですね。技術系にしろ、人間系にしろ、情報仲介業的なエージェントの必要と可能性はどの程度あるのでしょうかね、16日の日経産業新聞に関口さんのインタビューで、ネットの仲介業に関する記事がありましたけど、ちょっと興味を持ちました(EC的なテーマでもありますが)。

From: 古川 泰弘
Subject: [00106] Re:情報洪水への対処


古川泰弘です。個人的な回答っぽいですが。
アブスト:
情報洪水への対処ステップ
1、自分にやってくる情報より、見つける情報の方が価値が高い
2、様々な社内ネット情報収集手法を習慣化させる
3、情報をうまく取捨選択する人(部署)を活用する
From: 重清 太郎
Subject: [00103] Re:情報洪水への対処

OAスキルだけではない「情報リテラシー」を醸成するには、どうしたら良いのだろうか?慣れで解決するものだろうか?悩みが深まる今日この頃です。
どうも、3(本社?)を主に活用されていらっしゃるようにみえます。最初は3から始めるケースが多いです。徐々に普及するので安心していいと思います。洪水に対応するには、生活スタイルをかえるのが一番です。例えば、情報洪水に対応できる人の一日を例で示せば、目が覚めるのではないでしょうか。その最後に自分の席にやってくる情報より、自分が見つけた情報の方が価値があると思わせる。
最後に行き着くのは3ではないでしょうか。その時には自分で選択した価値ある情報をネタに交換できるくらいになっていると思います。
大学の情報リテラシー教本と、ビジネス向けの情報リテラシーは別と考えた方がいいと思います。

From: 福冨 忠和
Subject: [00107] Re:情報洪水への対処


福冨です。
まとまらないのですが、
From: 古川 泰弘
Subject: [00106] Re:情報洪水への対処

アブスト:
情報洪水への対処ステップ
1、自分にやってくる情報より、見つける情報の方が価値が高い
という点は、非常に重要に感じられます。
かつて、CD-ROMの利点、特にインタラクティビティを説明するのに、「人間は聞いたものより、見たもののほうが印象が強く、見たものより体験したもののほうが、印象が強い」という言い方をしていました。
自分で集めるという体験は、重要です。主体的に集めた情報は、利用価値としてレベルが違いますね。
私は、基本的に取材して原稿を書く仕事をしていまですが、原稿のうまい下手とか、面白さとか、思想面とかの要素を抜いた場合、プロフェッショナルなジャーナリストとそうでない人の差は、情報を自分で集めるスキルの差でしかないですね。これはスキルなので、訓練すればある程度スキルアップできると思います。極端に言えば、優れたジャーナリストとそうでない人の差は、スキル以外に負うところが大きいと考えられます。
たぶん、主体的にデータを集め、それを有効な情報に組み上げるためにはるためには、それを最終的にドキュメンテーションなり、プレゼンテーションなりでアウトプットしなければならない、という目的が必要だと思いますが、そこがはっきりしていないケースや、ドキュメンテーションやプレゼンテーションのスキルがない、という前段での課題があるケースが大きいのではないでしょうか。会話とか討論となどの能力併せて、コミュニケーションスキルといってもいいと思いますが。
つまり杉山さんのいう、「読む側のリテラシー」は、「発信側のリテラシー」に負うところが大きいのではないかと思います。

From: 重清 太郎
Subject: [00108] Re:情報洪水への対処


杉井さん、水野さん、古川さん、福富さん、稚拙な具体例にも拘わらず、ご意見ありがとうございます。
「情報洪水に対応できる人の一日を例で示せば目が覚める・・」
→古川さんご指摘のとおり、生活スタイル=仕事のやり方が変わっていないのですね。ヒントを生かして早速やってみます。
「発信者側もやたらと添付ファイルをつけないとか・・・、工夫は必要なのでしょうね。」
→杉井さんご指摘のとおり、「俺の発信情報は完璧だ・・」という「発信ナルシスト」が少なくないことも一因です。本当は有意義な情報が多いのに、つまらない、わからない、失礼な・・の三拍子揃った「悪貨情報」が存在するから、全般的な印象として、情報洪水という言葉になるのでしょう。
「主体的にデータを集め、それを有効な情報に組み上げるためには、最終的にドキュメンテーションなりプレゼンテーションなりでアウトプットしなければならないという目的が必要・・」
→福富さんご指摘のとおり、何のために使うか?という目的意識が明確でない人間が、すべての情報を見る手間を訴えます。
弊社はまだ、単に「紙が電子化されただけ」で、待っていれば情報が入ってきた管理職層の意識は、まだ昔のままなのでしょう。
標準的な日本人をその気にさせる「もっとも手っ取り早い方法」は、「横並び意識」と「モノマネ願望」をくすぐってやることなのかもしれませんね。
人よりも早く情報を掴んで、組み合わせ、仮説を検証し、相手のレベルに合わせて、自分のセンスでプレゼンする・・、こんな楽しい仕事はない!と私は思うのですが、これも「実感」したことのない社員にはわかりません。
日経産業読みました。情報の仲介者=企業の中間管理職というくだりには目眩を覚えました。余談ですが、当然のようにガンガン使いこなす若手の層は「この程度のイントラネットを使いこなせない人種は、早晩、淘汰されますよ。ほっときゃいいでしょう?」と突き放します。
そうも行かないので、「自分で見つける情報の方が価値が高い」ことに気づかせる仕組みを、いろいろと考えてみます。
水野さんのわかりやすい整理のとおり、企業内洪水とインターネット全体の中での洪水は性格を異にします。必要な情報に辿り着くまでの「時間の無駄」という焦燥感は、共通なのでしょうが・・。 

From: 水野 隆一
Subject: [00109] Re:情報洪水への対処


水野です
From: 重清 太郎
Subject: [00108] Re:情報洪水への対処

水野さんのわかりやすい整理のとおり、企業内洪水とインターネット全体の中での洪水は性格を異にします。必要な情報に辿り着くまでの「時間の無駄」という焦燥感は、共通なのでしょうが・・。 
昨年末に某雑誌の記事を書くためにインターネットにおける検索エンジンの利用方法についてインタビューを行ったことがあります。その時に解ったのですが、検索エンジンなどを利用する場合には、人によって2種類の使い方があるようです。
【網羅性重視タイプ】
 とにかく情報を落とすことを恐れ、ひたすら多くの情報を探し出そうとするタイプ。検索エンジンの使い方でいえば、あいまいな言葉やカテゴリなどで検索をかけ、ヒットしたサイトを片端から見ていくタイプ
【情報選別タイプ】
 情報洪水を恐れ、最初から質の高い情報をピンポイントに探しあてようとするタイプ。検索エンジンの使い方で言えば、検索式を駆使し、できるだけ絞り込んだ形でサイトを探すタイプ
この両者は、多分個人的な性格や探し出そうとしている情報の種類によって変わりますので、どちらが良いというものではないと思います。ただ、どちらのタイプかによって、使うべき検索エンジンも違いますし、要求されるテクニックや能力も変わってきます。ちなみに、どちらかといえば、私は前者です。たぶん、佐倉さんは後者のような気がします。
ただ、面白いのはどちらのタイプの場合でも、頼りになるのは、その世界のオーソリティが作ったサイトです。つまり、インターネット世界では、それぞれに道を究めた人がいます。その人のサイトには非情に役に立つ情報が満載されているだけでなく、その世界での良質のリンク集を作ってくれています。
従って、このようなサイトを一つ見つければあとは次々と関連情報を、質を維持しながら検索することができます。
これが、結果としては佐倉さんのおっしゃる第三者機関の役割を果たしているような気がします。もちろん、公式にオーソライズされたものではありませんし、個人の主観を介していますから、常に上手く行くという保証はありませんが。
また、このようなサイトを見つけ出すにもそれなりのテクニックが必要というところが、悩ましいところです。

From: 飯坂 譲二
Subject: [00110] Re:情報洪水への対処


海辺や山中の宿で聞く水音は、いつのまにか耳がなれしたんで、雑音の域を脱してしまいます。
私は、流れ込んでくる多くの情報を聞いて(?)いるうちに、いつのまにか、どのメールは読むべきかというスレッシュホールドができました。
発信者・テーマは勿論ですが、入ってきたメールを直ぐに分類します。
ごみ箱直行メール、すぐに返事をしなければならないものは、すぐに返事をし、考えたり、資料を揃えた上で返事をしなければならないものは要返事のフォルダーへ、ひょっとして将来読んだり、参考になるかも知れないのは、単に棚上げ保存ホルダーに、後はテーマごと、今回は日経情報通信サミットのフォルダーに入れて今います。
大体、発信人をみて、簡単ですが「あの人は、いつも聞くに値しない」という先入観で大体没にしていしましますが、他の人が参照した場合には、棚上げフォルダーから、引っ張り出します。
だいたいこんなことでもしなければ、24時間のうち、本職以外の話題に精々1時間も付き合えません。
人間の記憶は、時間軸と人の上で検索しやすいのでコンピュータの検索を補助手段にすると結構すぐに情報が取れるので、十分なような気がします。
いろいろ、Webに流れる悪徳情報が問題になっていますが、Webの機能に、指定したURLにアクセスできないような機能があります。
皆様、活用なさっておられるのでしょうか
少なくとも、家庭内で、好ましくないWebを未成年の子供達がアクセスできないようには、出来るのです。両親がシステム管理者であるかぎり、PCにこのような規制ができます。法的規制の前に、家庭、社会を問わず既存の機能でインターネットのかなりのマイナス面をカバーできるのではないでしょうか。
要は、みんながもっと知識をもち賢くなることです。

From: 小林 博昭
Subject: [00111] Re:情報洪水への対処


水野さん
小林博昭です。
情報の洪水について
すべてのやり取りを詳しく見ずに途中から突然で恐縮です。
インターネットの情報を取るという能動的な場合は別にしてメールを送る側の意識改革と基本的なルールについて何らかの取り決めが必要と考えます。(私はAT&T Paradyneというアメリカの企業で長くおりましたが、特に社内ルールがなく大量のメールが毎日飛び交っていました。)
ご指摘のいくつかのカテゴリー分類に加えて物理的な情報量をどのようにさばくか重要なポイントです。この問題はメールを発信する側の問題も大きいと思います。やたらに長い修飾の多い文章でメールを送る人、コピーをやたらに多くの人に送る人でメールの世界は本当に洪水になってしまいます。
この問題は情報を取りに行くシステムになっても同じではないでしょうか?
電子メールは使用期間では誰にも引けを取らないくらい長いのですが効率利用ができたかどうか常に疑問でした。次第にメールのシステムが肥大し、午前中はメールの対処に追われるというような具合になってしまいました。
現在私はこのGISJも含めて6つのメーリングリストに入っていますが1週間も旅行する、出張するとメールが500から1000通溜まるというのは自分自身も明らかに異常と思います。取捨選択できるジャンクメールなら兎に角、仕事に関係していたり、何らかの利害が発生するようなメールは時間がかかってもみなければなりません。
しかし、これだけの通信を行っていてメールのなかった時代と根本的にどこが異なるのかを考えるとただ単に知識が増えただけではないでしょうか?
例えば簡単に質問を発しますが、それに回答を準備するのは大変な時間と労力がかかります。メールがこのような余分な仕事を多く作り出しているのは事実です。もちろん意志の疎通が改善されてきていることは間違いのないところです。
前置きが長くなりましたが、受信する側はいかに取捨選択する方法を考えるか、そして発信する側は簡潔に要領よく内容を伝えるための5W1Hを意識してメールを発信するルールとすることが重要ではないでしょうか?
全員が加害者であり、被害者であるのが情報洪水だと思います。
特に企業内の通信などでは送る側の意識改革が重要だと思います。

From: 水野 隆一
Subject: [00112] Re:情報洪水への対処


小林さん、こんにちは
水野です。
From: 小林 博昭
Subject: [00111] Re:情報洪水への対処

すべてのやり取りを詳しく見ずに途中から突然で恐縮です。
インターネットの情報を取るという能動的な場合は別にしてメールを送る側の意識改革と基本的なルールについて何らかの取り決めが必要と考えます。(私はAT&T Paradyneというアメリカの企業で長くおりましたが、特に社内ルールがなく大量のメールが毎日飛び交っていました。)
<中略>
前置きが長くなりましたが、受信する側はいかに取捨選択する方法を考えるか、そして発信する側は簡潔に要領よく内容を伝えるための5W1Hを意識して> メールを発信するルールとすることが重要ではないでしょうか?
全員が加害者であり、被害者であるのが情報洪水だと思います。
特に企業内の通信などでは送る側の意識改革が重要だと思います。
ご指摘の通り、情報洪水の議論は、媒体を考えないといけませんね。
1.WEBの情報
2.メールの情報
3.FTPの情報
4.ニュースグループの情報
5.その他(?)
これまでは、WEBの情報(または、企業内の電子掲示板)を中心に議論してきたつもりでしたが、電子メールについては小林さんのご指摘は確かに大事な問題だと思います。
ただ、電子メールの洪水についても、いくつか考えるポイントがあると思います。
例えば、私の所へは1日平均150通から200通位のメールがきますが、その内訳は以下の通りです。
1.個人宛ての私信(仕事の物も、私用のものもある)  5〜10通
2.他人宛てのメールを私にCCしたもの         1〜2通
3.私にとって重要な位置づけのメーリングリスト   50〜100通
4.趣味など、重要性の低いメーリングリスト     50〜100通
5.ダイレクト・メールなどのジャンクメール      2〜3通
このように、完全に私宛てにきたものはほとんどありません。従って、メーリングリストを無視すれば、情報洪水というとすれば、それはメーリングリストによるものといっても過言ではありません。よって、情報洪水の議論をする場合には、まずもってメーリングリストの使い方(情報発信のマナー、ルール、情報受信時のテクニック等)を議論すれば よいのでは無いか、と考えます。
この前提で、小林さんがおっしゃる5W1Hのお話は、当を得ていると思います。その他に、付け加えるとすれば、メーリングリストでは複数のテーマが飛び交いますので、サブジェクトの付け方に対するルールや派生テーマの取扱い方に対する取り決めを行っておくことが望ましいと言えるでしょう。
ただ、メーリングリストは原則としてディスカッション・オーナーが存在し、比較的管理しやすい世界だと思います。その意味では、ディスカッション・オーナーに成りうる管理者を育成すれば、サイバースペース全体のリテラシーは、向上していくのではないかと考えています。ですから、これからはパソコン通信の世界で、SYSOPとかSIGOPと呼ばれていた人たちは、貴重なスキルの持ち主として評価されるべきではないかと考えています。

From: 末光 美恵
Subject: [00113] Re:情報洪水への対処


末光です。
こんにちは、飯坂様。
サミットメンバの皆様。
飯坂様の以下のメールを読み、頭の中ではわかっていたつもりの事が、改めて目から鱗が落ちた思いです。
情報は自ら求めていくものであって、与えられるものではないですね。与えられていると感じるから洪水を起こすわけです。
毎日の新聞を隅々まで一字一句全て読む人はいないでしょう。自分に必要な記事を選択しています。
ただ、新聞紙と Web の大きな違いは、パッと見て見出しから全体を把握する事ができるかどうかです。そう意味では、Web 側には努力すべき点があります。情報を求めている人に新聞紙のような全体像を把握しその中から各自が必要とする情報を選択しやすい環境にする工夫が必要かと思われます。
しかし、結局は新聞は与えられた情報の範囲からの選択であり、いつでもアクセスが可能で世界に広がる Web の情報量には勝てません。
現在はそれぞれのメディアの特性を生かして情報を選択していかなければならないでしょう。
情報を自ら求めるという姿勢で挑めば、洪水を起こすことはありません。

From: 杉井 鏡生
Subject: [00114] Re:ネットワークと人権


杉井鏡生です。
[ネットワークと人権]
福冨さん、高木さん [00092][00094]の話、興味深く拝見しました。
お二人の意見を拝見して、ひと口に、インターネットといってしまうには、インターネットがそのなかに、あまりにも多様な社会的な要素を同時に抱えているところに難しさがあるように思いました。
これまでのメディアは、電話なら1対1のパーソナル・メディアで、テレビなら1対多のマスメディアであるというように、そこに結ばれる社会関係が比較的単一的で、しかも特定の文化圏の範囲で使われる場合が多かったので、インターネットについても、その感覚で捉えてしまうのかも知れませんね。

From: 古川 泰弘
Subject: [00115] Re:ネットワークと人権


From: 小池 良次
Subject: [00093] Re:ネットワークと人権

小池です。
米国はほとんど議員立法なので、議員に直接、文句の手紙を書けます。
またFCCなど行政も一応、意見公募の機会があってから法案が作られます。
日本で効果的な事例は聞きませんが、議員宛てに電子メールを送っている人は今後増えるのではないでしょうか。少なくとも、政党のホームページで意見を募集しています。ある政党はしっかり電子マネーで献金もやってましたし。企業のイントラネットでは、取り引き会社からこの春の選挙で新人の参議院議員候補の後援会のメンバー加盟案内も流れてますし、こういったところは、結構活発です。
クリントン大統領みたいに、本人(代理?)から電子メールが届けば、意見公募から法案ができるようになりそうです。
警察庁が風俗営業法の改定案については、ネットワークに追いついてないという印象があります。しかし、後手に回りながら、よく頑張っていると思います。
技術的に抜け道つくって簡単に回避できそうですけど。もっと、ネットワークのもつ特質を活かした、捜査手法を提案して合法化するとかやらないと国際ルールを待つまで、人権が脅かされるのではないでしょうか。

From: 小池 良次
Subject: [00116] Re:ネットワークと人権


From: 古川 泰弘
Subject: [00115] Re:ネットワークと人権

日本で効果的な事例は聞きませんが、議員宛てに電子メールを送っている人は今後増えるのではないでしょうか。少なくとも、政党のホームページで意見を募集しています。ある政党はしっかり電子マネーで献金もやってましたし。企業のイントラネットでは、取り引き会社からこの春の選挙で新人の参議院議員候補の後援会のメンバー加盟案内も流れてますし、こういったところは、結構活発です。
有り難うございます。なるほど、少し安心しました。
蛇足かもしれませんが、こうした政党や議員の皆さんの動きを記事にするとき、あわせてメール・アドレスやURLなどを付けていただくと良いのではないかと常々思っています。
(これはアメリカの雑誌や新聞にも望みたいことですが)

From: 佐倉 統
Subject: [00117] Re:ネットワークと人権


水野さん,みなさま
佐倉です。大変明快に整理してくださり,どうもありがとうございました水野さん。おかげさまでぼく自身の見通しがずいぶん良くなりました。
From: 水野 隆一
Subject: [00090] Re:ネットワークと人権

このように考えると、
1.事実の伝達に関して、虚偽の事実の公表をどのように防ぐか?
 (必要性も含め)
2.違法性の高いものをどのように規制するか?
という論点は有り得ますが、その他の情報について「質」を云々することは難しいのではないか、と思います。特に政治的な意見表明や芸術的な作品の発表に関しては、規制そのものに問題がはらむと思います(自主規制も含め)。
1,2に関しても,何を「正しい情報」とするか,「違法」とするか,という問題が残ります。福富さん[00092]が指摘されたように,この辺はかなり文化圏によってデコボコのある部分ですから。そうすると,本質的には「その他」の政治思想や芸術作品などに対処するのと同じような問題に直面することになるような気がします。
ただ,福富さんのおっしゃった:
From: 福富 忠和
Subject: [00092] Re:ネットワークと人権

インターネットの普及というのは、個別・特殊的な問題の差違や本質を理解するいい機会だと思うのですが、そうならないのが気になります。
という点に関しては,逆に感じています。インターネットが普及することで,「個別・特殊的な問題の差違や本質を理解する機会」がどんどん失われていっているような気がするんです。まったくの印象でしかないのですが,情報が大量・高速・広範囲に流通することで,価値観がかなりのっぺりと均一化されてしまうことがあるのではないか,と。むしろ,そういった事態を未然に防ぐために「規制」の必要性を感じているのですが,どうも規制というのはそぐわないようですね。
高木さんの発想に近いのかもしれませんが,たとえば現実社会の芸術では,コンクールという形で「質」の選別がなされていますよね。それがうまく機能していない部分は多々あるとは思いますが,情報なんでも垂れ流しよりは,こうやって選別されている方が「弱者」にとってはありがたいわけです。「ほー,あの人は○○コンクールで優勝したんか,そりゃ聞いてみよう」という具合ですね。こういった感じの「権威づけ」ができるといいなと思います。
似たような試みはもうすでに始まっているのかもしれません。「××に選ばれた」という「勲章」をときどき見かけます。実際,とても良くできた,楽しい内容だったりすることも多いです。この「選別」とその「表示」を,できるだけきめ細かく,しかも検閲にならないような方向でおこなうのが理想である,ということでしょうか。具体的な方途はなかなか思い浮かびませんが……。
From: 水野 隆一
Subject: [00090] Re:ネットワークと人権

一般の成人に関しては、「情報強者」の論理もやむを得ないかなという気もします。これまでは、マスコミなど一部の人間だけが「情報エリート」だったのが、今はすべての人間にチャンスがあるのだから。
この,「すべての人間にチャンスがある」というのが望ましい事態なのかどうか,イマイチ判断がしかねるんです。上手な歌手の歌は聴きたいですが,へたくそなカラオケは聞きたくありません。カラオケの場合はまだカラオケ・ボックスに足を運ばなければすむことですが,WWWだと事前に選別できないですよね。変な情報が流通することでトラフィックが増えて回線にかかる負担も増加するでしょうし(この点は素人なので判断不可。どなたか情報ありますか?)。下手なら歌うな!と言いたいところなのですが,ぐっとこらえて(^^),どうにかして事前に情報の「質」の選別ができないかな,と思うわけです。
杉井さんが新しく提起された情報の選別という問題に合流した方がいいのかな。
では,また。

From: 藤原 宏高
Subject: [00118] Re:ネットワークと人権


弁護士 藤原宏高です。
小池様
 貴殿の発言を取り違え、失礼いたしました。
 警察庁から、風営法改正案に関する報道資料を取り寄せ、現在検討中です。
しかし、「かなり問題がある」というのが率直な印象です。日本版CDAとも言うべき部分を含んでいます。これが刑法や電気通信事業法の改正ではなく、風営法の改正で行おうとしているところに、「問題点を隠しているのでは?」、と疑いたくなる部分があります。
水野様
From: 水野 隆一
Subject: [00090] Re:ネットワークと人権

営業を届け出制とすることが、何故表現の自由と抵触するのか、良く理解できません。
 警察庁の報道資料によれば、「インターネット利用の有害画像通信営業」として「専ら、性的好奇心をそそるため衣服を脱いだ人の姿態の映像を電気通信設備を用いて客に伝達することにより見せる営業」と定義しています。
 従来は風営法は、経済的自由としての営業の自由の規制として、合理的制限であると考えられてきたと思います。
 ところが、有料アダルトサイトの経営は、営業の自由の側面のみならず、精神的自由の側面もあると思うのです。これは、日本ではこれまで議論されてこなかった問題と思います。もし、知っている人があれば、議論に参加してください。
1.論点1
 アメリカでCDA法案が違憲である旨議論になった際、ホームページ上でアメリカ基準で猥褻でない下品な情報を掲載することが表現の自由の範疇に入る、との前提であったと思います。すなわち、有料アダルトサイトであれ、無料のサイトであれ、ホームページ上で下品な写真を掲載することは、本来憲法で保障された表現の自由で守られるべきである、との理解があったと思うのです。すなわち、有料アダルトサイトの経営者においても表現の自由があると考える訳です。その結果、今回の風営法の改正案は、精神的自由の制限という側面から、合憲性が厳しく審査される必要があることになります。
 この前提が間違っていると思う人は、まずこの点の議論をお願いします。
 なお、この問題は、有害画像を掲載した図書を販売する業者を、届け出制にした場合と同じと思います。
2.論点2
 論点1を前提とすると、有料アダルトサイトの経営の届け出制は、営業の自由の制限としては理解できるとしても、表現の自由に対する萎縮効果を持つのではないか、と思うのです。
 すなわち、今回の改正案の「有害画像」の定義が、いまいち曖昧で漠然としてるのではないか。その結果、届け出制を取ることにより、有料アダルトサイトを経営する者は、掲載する画像につき、「有害画像に該当しないか」、より慎重に判断する事にならないか、もし掲載を躊躇したことにより特定の画像の掲載を止めた場合、結果的には問題が無かったとしても、表現の自由が萎縮されたといえるのではないか、と考えるのです。
 アメリカでCDA法案が違憲となった理由の一つに、表現の自由に対する萎縮効果がありました。
 規制手段の相当性の観点からは、結果としての未成年者保護手段(18歳未満の者を客としてはならず、18歳未満の者を客に接する業務に従事させてはならない)だけを遵守させれば足り、届け出制までは、過度の規制であると考えられないでしょうか。
3.論点3、
 現行法は、有害画像を掲載した図書を販売する業者を届け出制にしていないこととバランスを欠かないか。そもそのすべての有害画像を掲載した図書類につき売場規制等を導入すべきではないか。それをしないで(立法の怠慢)、インターネットだけを差別的にして、より強く規制するものではないか。
4.論点4、
 プロバイダーに対する規制として、検討中とはいえ、「プロバイダーは営業者がわいせつな映像を見せないように努めなければならない」とすることは、「わいせつ」概念が曖昧なので、プロバイダーに過酷ではないか。過度の自主規制をもたらさないか。この点、ドイツのマルティメディア法を参考としていると思われるが、プロバイダー規制には世界的なコンセンサスが必要ではないか。
 もっと他にも論点はあると思いますが、とりあえず列挙してみました。みなさんの議論をお願いいたします。

From: 杉井 鏡生
Subject: [00119] Re:ネットワークと人権


杉井鏡生です。
[ネットワークと人権]
藤原さん、今回の風営法に関しての論点のまとめをありがとうございました。くどくなりますが、再度、私なりに論点をまとめてみました。
私の理解が間違っていたらご指摘下さい。
<表現の自由の規制につながる営業の自由の規制の問題>
論点の1は、風営法による営業の自由に関する規制が合理的であるとしても、今回は、それが表現の自由という精神的自由の制限にもつながることが、合憲性の観点から問題点があるということですね。
<表現の自由の委縮効果の問題>
論点の2は、営業の自由の制限としての役割を理解した場合も、そのことが表現の自由の委縮効果をもたらす危険に問題点があるのではないかということですね。
この場合、規制手段としての観点からは、届出制にしなくとも、結果としての未成年者保護手段を遵守させれば足りるのではないかという代替案も提案いただきました。
<他のメディアとのバランスの問題>
論点の3は、既存の図書などでの扱いに比べてインターネットだけを特別に強く規制をする必要があるのか、それではバランスに欠けるという問題点があるということですね(これはバランスがとれていれば、今回の方式による規制もOKというのではなく、もし1や2に問題点がなかった場合という条件によるのでしょうね)。
<プロバイダ規制の問題>
論点の4は、プロバイダの規制に関して、「わいせつ」という概念が曖昧なものについて、プロバイダに規制を求めるのは過酷であり、そのため論点2と同様の過度の自主規制を招く恐れがあることに問題点があるということですね。あわせて、プロバイダの規制には世界的なコンセンサスが必要ではないかというご提案もいただきました。
<決定プロセスの問題>
これらに加えて、私は、「電子ネットワークと新しい民主主義」のテーマにも絡みますが、藤原さんが最初に指摘されいていた法案のつくり方の問題も考える必要がありそうだと思いました。
これは政府による法案だけでなく、事業者が決める自主規制方式による場合も、それが事業者間で統一的に決まるような場合は、一般個人利用者は事業者との力関係からそれに従うか利用を諦めるしかないこともあり得るので、どのような合意形成のプロセスをとるかは大事な問題だろうと思います(これは、出来上がった法律やルールを人々が実効的に守るようになるかどうかという意味でも大切なプロセスと思います)。
<追加資料情報>
テレコムサービス協会が2月16日に、「インターネット接続サービス等に係わる事業者の対応に関するガイドライン」を発表しました。
これは会員事業者への義務強制はないそうですが、自主規制方式のひとつですね。下記のURLにガイドラインが掲載されています。
http://www.telesa.or.jp/guide.html

From: 杉井 鏡生
Subject: [00120] 電子ネットワークは新しい民主主義を生み出すか


杉井鏡生です。
[電子ネットワークは新しい民主主義を生み出すか]
この電子会議も、あと2週間を切りましたので、積み残しの「電子ネットワークは新しい民主主義を生み出すか」というテーマのスレッドを追加します。
電子ネットワークさえあれば、新しい民主主義が生まれるというわけではないでしょうから、ちょっと大げさなタイトルですが、政治や行政の領域でのネットワークの影響や可能性(または課題)について議論ができないかと思っています。
小池さんが、「インターネットで確かに市民社会や権力構造は変わるのでしょうが、今の所ワシントンでは従来通りのルールでインターネットに取り組んでいます」[00095]と書かれていますが、こういう構造は変わらないのかどうか。
インタネット上での政治活動については、選挙法などの絡みもありますが、実際にどの程度有効なのかどうか(政治かにとっても、市民にとっても)。
また、ネットワークを利用することで、政治過程への市民参加をより高めることが可能になるのかどうか。この場合、市民参加というのも、直接民主主義のようなものから、行政がウェブ上でやっていような政策案に対する意見拝聴(公募?)のようなものまで幅は広いでしょうけどね。
この他にも、いろいろあると思います。すでに、古川さん[00116]と小池さん[00117]によって、スタートを切っていただいてますが、その他のみなさまからのご意見もお聞かせ下さい。

From: 安延 申
Subject: [00121] 電子ネットワークは新しい民主主義を生み出すか


通産省の安延です
杉井さんから新しいテーマのご提示があり、日頃考えていたことでもありますので、所属するアジア部会の話ではないですし、少し長くなりますが、コメントさせていただきます。
1.電子ネットワークによって、政治プロセスは、間違いなく変わると思います。ネットワークの特徴は、同報性と相互(インタラクティブ)性です。しかも、情報家電のようなものが実用化されてくると、例えば、家でテレビを見ながら、政治アンケートに応えるといったことが可能になります。
しかし、考えて見れば、これは恐ろしい世界で、例えば、TV局が「沖縄の海上基地についてどう考えますか?」とか、「○○の原発立地はどうですか?」とか「イラク攻撃に賛成ですか?」といった質問を投げかけ、オン・タイムで結果が出るということも可能になります。
その時に、今の政策の決定システム、議会民主主義はどうなるのでしょう?
どんな政治家だって、世論の80%が「支持」と応えた結論に反対するのは簡単ではありません。
しかし、今の世の中、「情報の与え方」によって、結論を誘導できることは、マスコミ業界におられる方は誰でも知っていること。
 アメリカの大統領選挙の制度は、一つの民主選挙の典型ですが、「人気投票」に終わることがないよう、非常に精緻なシステムができあがっています。また、1900年代に入って、最も民主的なプロセスで選ばれた為政者の一人がヒトラーであることも忘れてはいけないと思います。
役人がこういうことを言うと、すぐ怒られるのですが、なんでもかんでも「直接参加」といった世の中には、やや恐怖をおぼえるのは私だけでしょうか?

From: 飯坂 譲二
Subject: [00122] 日本人の主体性


情報洪水の問題ばかりでなく、皆さんのご意見はすべて情報通信サミットで日本の一番重要な点を指摘されていると思います。
それは、PCの普及や通信網などインフラが整備され、多くの情報が世界中に飛び交うとき、一体、どんな情報を飛びかわし、それによって、これからの世界がどんな利益が受けられるようになるのかをもっと考えるべきだと思います。
それには、自分が一体何をしたいのか、どうしたらそれが手に入りうるのかを考え、調べようとする姿勢を持ち得れば、既存のWeb上の情報を活用できますし、どんな情報が欠如しているのかわかり、その情報を持っているところをアクセスする筈です。
要は、自分で考え、調べ、疑問を投げかけず、全て国に頼るか、横並び感覚でものを判断することしかできない日本人の全体の問題そのものです。
この問題は、ECの部会にも見られます。
技術的に細かい認証問題・決済の問題などがありますが、既存の枠組みだけで論じられています。
「オンラインの証券取引は、過去の例からみて普及は難しい」といったのがその例です。個人投資家も、店先の株価の動きと証券会社のすすめに従うだけ、自分で投資先の会社の内容や将来性を調べるわけでもなく(もっとも、従来の日本の会社は、このような情報公開をおこたり、一般投資家には目もくれず、総会屋と機関投資家ばかりに顔色を伺っていますが)、あなた任せです。ですから、当時の情報レベルではオンライン証券取引きなどは役立たずで当たり前なのです。もし、一般投資家がもっと利口になれば、各会社の内容を知りたくなる筈です。
医療システムも同じです。どの医療機関がどんな病気に詳しいのか、どのような設備や看護体制があるのか、まだまだ、Webにのせてもらいたい情報があります。
O157が問題になったとき、関西の大学が、どのような症状がそれにたいおうするのか、挽肉などへの注意をするWebを出していました。牛肉をよく食べる北米ではすでにO157のWebがありました。そのころの国会答弁など厚生省はまだ本質を捕らえていなかったし、全て後れ手でした。Webでこのような注意が載せられ、地方の医師や保健所がWebをアクセスする習慣があったらもっと被害が少なかったように思えます。
要は、これからの社会をより快適に、経済的にも文化てきにもより豊かに、より安全にしていく上で、どんな情報が必要で、それをどうみんながつかえるようにしていくかが基本であり、そのために発生するネガティブな面は、技術と必要ならば新しい規範をつくれば解決できると思います。(e−mailで他人になりすました人がいました。これは既存の規範でも、他人の名を騙って手紙を書くようなもので許されないことです。これは、法規制以前に、「あの人は、ああいう事をするひと」ということでこれまでも社会から抹 殺されていす)。

From: 佐倉 統
Subject: [00123] Re:日本人の主体性


飯坂さん,みなさん,
佐倉です。
それから,ちょっと議論を発散させるかと危惧していますが,思い切って書くことにしました。御了承ください。
「みんなもっと自分で考えろ! 横並びが日本の問題」という飯坂さんの御指摘はまったくその通りだと思います。ただぼくは逆に,現状が飯坂さんの批判が当てはまるがゆえに,「自分で考えられない人」が排除されたり不利益をこうむったりするようなネットワークのあり方に疑問と危惧を感じるんです。自分で考えることのできる人は,極端に言えばどんなインフラ,どんな体制のもとでも,活躍し,生き抜いていくことができると思います。問題は,自分で考えることのできない人をどうやってすくい上げていくか,だと思うんです。
たとえ話になりますが,以前,日本の某信用金庫が倒産する一日前に,「うちは絶対大丈夫ですから」と〈説得〉されてなけなしの貯金を預け,翌日,倒産の報に接して呆然自失,泣き崩れるおばあさんの姿を見たことがあります。このおばあさんは,たしかに「あなた任せ」で「自分で調べもせずに」貯金を預けたのがいけないわけですが,だからといっておばあさんを責めることはできないと思います。このようなおばあさんが続出しないような,モラルと規制と制度を作っていくべきなのではないか,と思います。
From: 飯坂 譲二
Subject: [00122] Re:日本人の主体性

要は、自分で考え、調べ、疑問を投げかけず、全て国に頼るか、横並び感覚でものを判断することしかできない日本人の全体の問題そのものです。
賛成です。ですが,いったい,どうやったら主体的な態度を養成することができるのでしょうか。大学で教えていて,ときどき暗澹たる気持ちになることがあります。学生はあまりにも意見を言いません。ですが,少人数のグループを作ったり,強制すると,彼らも意見を述べます。かなり真剣に日本の将来を考えている学生も多いんです。決して意見を持っていないわけではない──むしろ,彼らの感覚と意見は,とてもしなやかで健全なものだとぼくは思います。でも,人前でそれを言わない。これは,中学高校と,「人と違う意見をもつ」ことに,きわめてネガティヴな感覚をもつような教育を受けてきているのだとしか思えません。ぼくは大学の授業で,一年間かけてこういった「マインドコントロール」を解くのに精一杯の感じです。「自分の意見を述べること」「人前で発言すること」は,推奨されこそすれ,決して批判されることではないのだ,と。で,一年経つと,また次の学年でマインドコントロールされた集団がやってきます。以下,繰り返し。
こういう状況で,個々人の主体的判断や合理的精神を前提にして議論をするのは,時期尚早だと思うのですが,いかがでしょうか。冗談半分で言えば,ぼくが育てた学生が社会の中核を担える年代になるまで,もう少しお待ちください。と(^^)
誤解されないように繰り返しますが,飯坂さんのおっしゃるような姿勢が大事だということは,まったく賛成します。ただ,その姿勢ができていない人があまりにも多い状況で,それこそ「情報強者」になりなさい!と言っても,のれんに腕押し,馬耳東風,なのではないか,と思うわけです。
#うーむ,悲観的に過ぎるのだろうか……#

From: 岸上 順一
Subject: [00124] Re:日本人の主体性


佐倉さん、
岸上と申します。
From: 佐倉 統
Subject: [00123] Re:日本人の主体性

ことができると思います。問題は,自分で考えることのできない人をどうやってすくい上げていくか,だと思うんです。
■これは何人かの人が強調しているようにやはり情報の公開が一番だと思います。
From: 佐倉 統
Subject: [00123] Re:日本人の主体性

たとえ話になりますが,以前,日本の某信用金庫が倒産する一日前に,「うちは絶対大丈夫ですから」と〈説得〉されてなけなしの貯金を預け,翌日,倒産の報に接して呆然自失,泣き崩れるおばあさんの姿を見たことがあります。このおばあさんは,たしかに「あなた任せ」で「自分で調べもせずに」貯金を預けたのがいけないわけですが,だからといっておばあさんを責めることはできないと思います。このようなおばあさんが続出しないような,モラルと規制と制度を作っていくべきなのではないか,と思います。
■こういう例はあまり「好きではありません」。勿論おっしゃっていることは良く理解できますが、大きな事件が起こった時にマスコミが本質的な問題を追求せず、すぐに「弱者」が泣き崩れる絵ばかり流し続ける傾向がありませんか? これも本当は充分な情報公開が行われて、それなりのリスクがある旨を提示されていれば防げたのかも知れません。
From: 佐倉 統
Subject: [00123] Re:日本人の主体性

こういう状況で,個々人の主体的判断や合理的精神を前提にして議論をするのは,時期尚早だと思うのですが,いかがでしょうか。冗談半分で言えば,ぼくが育てた学生が社会の中核を担える年代になるまで,もう少しお待ちください。と(^^)
■確かに教育は今の体制を作った最大の問題点なのかもしれません。しかし、それを従来の教育体制の中で改革して行くことはもう不可能なのではないでしょうか?もっと、学校以外で学べる時代が来ているのだと思っています。教師だけが悪いのではないということです。
ここで強引にインターネットに戻しますが:-)
インターネットの教育への貢献というのは、何も教室で生徒がNASAのwebを見られたり、emailごっこをできたりすることだけでは無いのでしょう。もっと大きく学校に来なくても、ちゃんと勉強はできるし、頑張ればMBAまで取ることもできる。さらに、自分で学校を作ることだってできる、なんてことを実現するものだと思うのです。
自分が何をやりたいのか分からないし、やりたい物も特に無いというのは、多分必然性もないからなのでしょう。今の日本がおかれている状況からして、近い内にもっと厳しい状況になり、そんなことも言ってられなくなるとしたら、少しは良くなると思うのですが。

From: 冨澤 美貴
Subject: [00125] Re:日本人の主体性


冨澤です。
岸上さんの意見:
From: 岸上 順一
Subject: [00124] Re:日本人の主体性

■確かに教育は今の体制を作った最大の問題点なのかもしれません。しかし、それを従来の教育体制の中で改革して行くことはもう不可能なのではないでしょうか?もっと、学校以外で学べる時代が来ているのだと思っています。教師だけが悪いのではないということです。
に関連している教育の話題が、英語会議でも取り上げられています。
「順序立てた(AからZまでの)既存の学習手法は、既存のものであり、ネット上のハイパー・テキスト型の学習は一部の北欧でしかとられていない。
また、アメリカでも「ネットに接続した学校は一部であり、コンピュータはCAIのみに使用されている」といった意見もありました。(読み違えていたら、ご指摘お願いします。)
教育についても、「既存の枠組み」を壊す新しいモデルが必要と思います。もちろん、学生や家庭ならびに教育関係者にとって「有益である」ことを感じさせる魅力が必要であり、難しい問題であると思います。
学生と接する機会(40名程度)があるのですが、現在は「情報強者」の範疇に入るものだけがインターネットを使用しているように感じます。PCの所有者もそのうち10名足らずですが、その大半は、レポート作成とゲームだけにしか使用していないようです。小林さんがあげた通信料金の問題がやはり原因と思われますが、詳しい実情については、教育に携わっている方から情報をお願いしたいと思います。

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