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C. ネット社会部会

   「ネチズンの登場と新しい 民主主義社会―ネットワーク社会問題解決への世界協調」


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1998年2月5日〜2月8日


From: 藤原 宏高
Subject: [00060] Re:ネット紛争解決


弁護士 藤 原 宏 高です。
Tadakazu Fukutomi 様の疑問に、私なりの意見を述べさせていただきます。
From: 福富 忠和
Subject: [00059] Re:ネット紛争解決

1)プロバイダーなどに個人情報管理責任を認めるべきという場合のプロバイダーは電気通信事業者を指しているわけですが、一般企業や学校など、多人数の接続を行っている団体のシステム管理者についても、そう考えられませんでしょうか。
あるべき個人情報保護法の対象者は、もちろんプロバイダーに限定されません。膨大な個人情報を保管しているクレジット会社、通信販売会社等が対象に含まれるべきでしょう。
 私がプロバイダーを指摘したのは、一般的な個人情報保護法の立法に時間がかかるのであれば(理由としては、業者側による政治的な反対運動や政府の怠慢などが考えられますが)、とりあえず電気通信事業法の改正により、インターネットの世界だけでも個人情報の保護を早期に計る必要があるのではないか、と思うからです。個人情報はネットワーク上で流通することにより、極めて容易に拡散する危険を持っているからです。
From: 福富 忠和
Subject: [00059] Re:ネット紛争解決

2)「インターネットのホームページは公開されており、通信の秘密は及ばない」といった場合、「公開されている」ということと「電気通信事業者は通信の秘密を守るべき」ということとは違う気がします。
若干の補足をさせてください。私が指摘した通信の秘密とは、電気通信事業法の通信の秘密のことです。したがって、対象者は、電気通信事業者となります。
 そこで、議論はあるでしょうが、ホームページ上で意見を表明した者の発言内容、発言者のIDなどは、1対1の通信を前提とした通信の秘密は及ばないと考えるわけです。その結果、電気通信事業者であるプロバイダーは、プライバシー侵害の問題を別にすれば、ホームページ上で意見を表明した者のID、住所、氏名を開示しても、通信の秘密の侵害とはならないことになります。もちろん、プロバイダーがかかる情報を開示する場合とは、犯罪者の疑いがあり理由を開示して警察が紹介した場合や、被害者が理由を開示して紹介した場合など、合理的な理由のある場合に限定されるべきでしょう(かかる合理的な理由があれば、プライバシー侵害の違法性は阻却されると考えられます)。従来は、通信の秘密を根拠に、プロバイダー側は裁判所の令状がない場合は、情報の開示を拒否していたと思われます。
 以上は個人情報保護法がない前提ですが、逆にプロバイダーに通信の秘密が及ばない領域が出てくるとなると、個人のプライバシー侵害を構成しない限り、プロバイダー側による個人情報の開示はすべて自由にできることになってしまいます。そこで、プロバイダーに対し、個人情報の保護を義務づける必要が出てくるわけです。少なくとも、通信の秘密という漠然とした概念で、プロバイダー側に個人情報の保護を期待するのは、もはや無理であると考えられます。なお、以上で述べた保護されるべき個人情報とは、インターネット上で公開されたIDなども含み、プライバシーに該当するか議論があるものまで含む趣旨です。
From: 福富 忠和
Subject: [00059] Re:ネット紛争解決

たぶん、放送と通信の融合というテーマの中で放送法から導き出されてきたと思いますが、
私は、「公然性を有する通信」の提唱者ではないので、その由来はわかりませんが、1対1を前提とした通信法制の体系にそぐわない部分に対する別規制の可能性を導くための一つのテクニックではないかと推測しています。ここは堀部先生にお聞きしたいところです。

From: 冨澤 美貴
Subject: [00061] Re:ネット紛争解決


冨澤です。確認と技術的なことについて。
「ホームページの公開」についての確認ですが、藤原さんの「ホームページ上で意見を表明したもの」は、ページのウェブマスターを意味するのでしょうか?掲示板などに匿名で意見が表明される場合もありますが、この場合はどうなるのでしょうか。(実際、このような場合に問題が多いと思います。)この場合、書き込みした人(=アクセスした人)の個人情報が「通信の秘密」として保護されるべきかが問題となると思います。
福冨さんの述べている問題は、JavaやJavaScript等の技術を習得することにより、個人レベルで実現されてしまいます。新技術の初期バグを悪用することによって、更に深刻な問題も発生しかねません。これらの問題は、「プリペイド・カードの仕組みに詳しい技術者が簡単にテレフォン・カード偽造が出来る」ことと構造は同じですが、ネット上の新技術は基本的に公開されて、その難易度が低いために問題が頻発することが特徴だと思います。

From: 藤原 宏高
Subject: [00062] Re:ネット紛争解決


From: 冨澤 美貴
Subject: [00061] Re:ネット紛争解決

「ホームページ上で意見を表明したもの」は、ページのウェブマスターを意味するのでしょうか。
掲示版などに匿名で意見を表明する場合を含んでいます。どちらにしても、私が考えていたことは、不特定多数人の閲覧できる環境下で意見を発表する場合です。
そこで、通信の秘密の適用を考えますと、通常、通信の秘密の対象には、発言内容の他に、発信者の住所、氏名も含まれると解されています。ところがホームページ上の発言は、発言内容を誰でも閲覧できるのですから、秘密性がなく、これを第三者に漏洩しても、通信の秘密の侵害とならないことに疑いありません。したがって、議論に対象は、かかる発言の発信者の匿名性を通信の秘密として保護すべきかどうかにあります。そして、通信の秘密の本来の趣旨から考えて、かかる発言の匿名性は通信の秘密の対象とならないと考えるわけです。
 更に、一定の合理的理由のある場合、例えば、詐欺の被害者側がプロバイダーに対して犯人の個人情報の開示を請求する場合など、一定限度で個人情報の開示を認める必要性がある場合に、通信の秘密がこれを妨害しないようにしなければなりません。この点は、議論していただき、皆さんに納得していただきたいポイントであると考えています。
 ここで重要なのは、通信の秘密の射程距離は、あくまで秘密の事項に限定されるのではないか、という問題であり、他方個人情報の保護は秘密の事項に限定されず、広く個人情報一般を保護して行こうという考え方なのです。 更に付言すれば、盗聴行為などは明確に違法行為として処罰すべきであり、通信の秘密の侵害として処罰するのは、構成要件の明確性の観点からも問題があると考えているわけです。

From: 高木 寛
Subject: [00063] Re:ネット紛争解決


[正当な権利間の調整]
基本的人権に限らず、解決が難しい法律問題は、それぞれ合理的な理由をもった法的な利益や権利を相互に主張し、対立している場合です。スタートアップのオフライン会議のときに弁護士の山口さんがおっしゃっていた情報公開と著作権、エイズフォーラムの伊勢さんがおっしゃっていた情報公開とプライバシーなどはその例ですが、そういう正当な利益・権利の対立はほかにもたくさんあります。通信の秘密あるいは匿名性と詐欺や名誉毀損の被害者救済もこういう対立として考えられます。リアルの世界でもこのような対立は常にあるのですが、歴史的所産としてそれを調整する立法や解釈がある程度確立しています。しかし、ネットワークに関しては発展が急激に過ぎたためそのような立法や解釈による調整が追いつかないのが現状です。こういう利益対立を調整していくためには、抽象的な概念から演繹するのではなく、具体的なしかも場合によってはこまかな利益を考量していくことが必要です。こういう作業は、いろいろな利益をぶつけ合いながら考えなくてはならないので、個々の問題ごとに研究者がもっとたくさん必要です。藤原さんがECでの自己紹介で若い学生の意見を大切にしたいとおっしゃっていましたが、「法と技術」の分野は専門家が非常に少ない(最近少し増えてきた?)のです。余分なことですが、マスコミ報道が云うように情報通信の分野に景気浮揚のための予算を付けるのであれば、コンピュータ開発だけではなく、こういう分野にもまわしてほしいと文化系人間は思ってしまいます。
[通信の秘密と匿名性]
私は藤原さんが書いていた通信の秘密と匿名性そして個人情報の関係もこのような利益対立の中で理解しています。通信の秘密と匿名性については、
(1)詐欺や名誉毀損の被害者は情報発信者の実名などの個人情報が通信の秘密によって保 護される結果、法的救済が得にくい。
(2)情報発信者の個人情報が一般的に公開されるのはプライバシー保護の観点から好まし くない。
憲法上の保障である「通信の秘密」は法律をもってしても例外を認めるのは困難なその意味で厳格な保障です。これに対して個人情報の保護は、これからその内容を決めていく生成途上の権利ですから、例外を設けることも程度の問題はありますが、比較的簡単にできます。そこで藤原先生は、厳格な「通信の秘密」の枠からはずしたうえで、個人情報として保護しながらしかも被害者保護のために柔軟な公開を考えていこうというということではないでしょうか(このような理解でよいのでしょうか?→藤原先生)。
これに対して郵政省の報告書や以前私が書いた第三者機関を使う解釈は同じ調整を考えているのですが、憲法の「通信の秘密」には情報発信者を特定する情報も含まれると解釈した上で法律で第三者機関に対してその公開の権限を与えようというものです。
両者の違いですが、まず、情報発信者を特定する情報には通信の秘密は及ばないとし、個人情報保護法で保護していくと解釈すると柔軟な対応が可能になり、具体的に妥当な結果を得やすいし、通信の秘密では保護できない利益も保護できるというメリットがあります。しかし、その反面プロバイダの裁量(判断)で情報が公開されますから、プロバイダが自社に不利益な情報を公開しないといった濫用をどのように解決するかなどを考えることが必要になります。
これに対して情報発信者を特定する情報も通信の秘密に含まれると解釈したうえで、第三者機関を使う解釈では、反対にプロバイダの濫用のおそれは少ないのですが、憲法の例外ですから公開できる場合や情報は個人情報保護の例外と考えるよりは、厳格に絞られるため柔軟性を欠く可能性があります。
ただ、これはそれほど単純な問題ではなく、もう少し細かな利益を考量していくことが必要だし、また、個人情報の保護全体との関係などを考えないといけないと思います。私は、現状では匿名を濫用するケースがあまりに多いので迷うのですが、マイノリティーの情報発信の保護や内部告発みたいなものを考えると通信の秘密の厳格な保護の中に置いたほうが良いのではないかと思っています。但し、そもそも通信の秘密は基本的人権の保障ではないのだから、もっと容易に例外を認めても良いという解釈もあると思います。その場合は、個人情報保護に大きなウエイトがかかることになりますね。
[ネットワークと個人情報・プライバシー]
現在、議論になっている個人情報やプライバシーの問題はやや整理されていない感じがします。プライバシーの権利の概念は、たしかに当初の「私事を公開されない権利」から「情報プライバシー」へと変遷してきました。この情報プライバシーからOECDの8原則や個人情報保護条例及び個人情報保護法(わが国にはない)が考えられているのですが、インターネット上で問題になっているプライバシー侵害は、それと共にもうひとつ別の概念ではないかと思うのです(少なくとも別の考慮が必要では)。従来、情報プライバシーでは、国や企業が組織的に収集する個人情報(多くはデジタル化されている)をどのように保護するかという視点が強かったわけです。もちろん、最近の個人情報の漏洩など問題が多く、わが国でもこの観点からの国・自治体だけでなく企業も含めた個人情報保護が急務だと思います。
しかし、ネットワーク上で起きているプライバシー侵害の中にはこのような組織的に集められた個人情報の漏洩ではなく、個人がたまたま知り得たほかの人のプライバシーを公開してしまうケースがあります。「失楽園指向」だと偽って知り合いの主婦の個人的情報を公開してしまった例などはこれです。これは、名誉毀損として刑事的に処理されていますが、単に住所と電話番号を公開したような名誉毀損にいたらない場合は、プライバシー侵害の不法行為として民事訴訟をしなければなりません。このような個人的なケースは、組織的な個人情報の収集利用に関する個人情報保護という観点で解決できるのかよくわかりません。むしろ私事を公開されない権利で考えたほうが適切なのではないでしょうか。あるいは、世田谷区の小学校で児童の実名をWebに掲載することが個人情報保護条例に違反するとしたケースがありましたが、これも組織的に収集した個人情報と個別的なプライバシーの違いを考えさせられました。
また、富澤さんや福富さんが指摘しているようにインターネットの仕組みでは、Webにアクセスした人のメールアドレスやcookieファイルが自動的に残っていきます。Webにアクセスした人のメールアドレスやドメイン名を自動的に公開するWebもすでに登場しているわけです。富澤さんがおっしゃるようにこれも個人のWebで比較的簡単にできてしまうのですが、こういうものも企業や国が組織的に集める個人情報の保護と同列に考えて良いのか、別の配慮が必要かを検討する必要があるように感じています。
[公開された通信の概念]
郵政省の報告書ではこれは一種の道具概念だと書いてありました。要するに従来の1対1の閉ざされた通信とは違う性質があって、それと異なる配慮が必要であるというだけで、この概念から何かが演繹されるのではないのだと思います。たしかに概念というのは一人歩きしがちで、しかもそれが、人権を侵害することもありますから、要注意ですが、私はこの言葉で従来の通信と区別することには違和感を感じていません。

From: 杉井 鏡生
Subject: [00064] Re:ネット紛争:プライバシー保護


杉井です。
[ネット紛争:プライバシー保護]
みなさん、活発なご意見をありがとうございます。
ひとつ論点となっているのは、ホームページなどの公開の場での発言者に関する情報は「通信の秘密」という範囲に当らないので、「個人情報保護法」という枠組みで対応したほうが望ましいというのが藤原さんの意見で、それに対して、ほんとうに「通信の秘密」に当たらないのだろうかという疑問が、福冨さんや冨澤さんから出されているわけですね(こういう理解でよろしいでしょうか)。
ここらへんは、個人情報保護法がない現在、「通信の秘密」(と思われていること)が、プライバシー保護の役割を一定程度果たしている(ようにみえる)のに、あえて「通信の秘密」の対象外だといってしまうのいいのかという心配はあります。ただし一方で、「自己情報のコントロール権」という考え方を取り入れないと、現在の個人情報保護問題の解決が難しいとすれば、「通信の秘密」を適用させていくだけでは不十分だという心配もあります。
「個人情報保護」が「自己情報のコントロール権」という考え方に基づいて民間機関に対しても制定されるのだとしたら、OECDの8原則にあるような、収集の目的を明確にする「目的明確化の原則」、利用を目的の範囲とする「利用制限の原則」、個人データの存在や目的や管理者についての「公開の原則」、適切な方法での自己データの開示や異義申立てと、異義が認められた場合に消去や修正ができる「個人参加の原則」などが実現 するということですね。
インターネットのなかでも、またインターネット以外でも、個人情報の収集が盛んになっているだけに、こうした原則の検討は重要な課題になっているように思います。
また、公文さんが、「自己情報コントロール権」の重要性を指摘されるとともに、個人情報を秘匿するばかりでなく、自己責任で公開し、その情報を共有する人は、相手を傷つけない形でそれをなるべく自由に利用する慣行を確立することが必要と述べられた点は、どう規制するかという視点とは別の検討の視点が求められますね。こうした点でのご意見もありましたら、どうぞお寄せ下さい。

From: 杉井 鏡生
Subject: [00065] Re:ネット紛争:プライバシー保護


杉井です。
[ネット紛争解決:プライバシー問題]
藤原さん、再度のご主旨の説明をありがとうございます([00062])。
主旨の第1点は、個人情報の保護をしようとしたとき、「通信の秘密」をよりどころにすると、公開の掲示板やウェブ上の発言について、「秘密性」はないという見方ができるので、別途、個人情報保護を狙いとした法の改定が必要だということですね。
上記の点については、公開の掲示板やウェブ上の発言についても、IDや氏名などの個人情報は「通信の秘密」として保護されるのではないかというのが論点のひとつです。これは法律の技術的な専門知識がないと判断が難しそうではありますね。同時に、これは、個人情報をいかに保護するかがポイントですから、どちらのほうが個人情報の保護により適切かという問題でもありますね(適切というなかには、新たな法律改正をしないでも対応が可能かどうかという判断も入るかもしれませんが)。
主旨の第2点は、保護とは反対になりますが、ネット上での名誉毀損など、他者への人権侵害が発生したときに加害者の個人情報の開示を求めざるを得ない場合に、「通信の秘密」がこれを妨害しないようにしなければならないということですね。
第2点については、公開上の発言の発言者の個人情報が「通信の秘密」として扱われたときは、「個人情報保護」で対応するより、一般的に、手続がやっかいになる、または、禁止的になっていると解釈すればよろしいのでしょうか、それも、一般的にそうなっているかどうかは別に、「通信の秘密」と「個人情報保護」をそうした概念で切り分けて運用したほうが社会的に合理的である(または無理がない)ということでしょうか。
また、第2点については、無制限に開示されては個人情報の保護にはならないわけで、それなりの条件が必要になると思われます。この点については、藤原さんから、合理的な理由を明示した被害者か警察からの照会に限定されるという案を出されていますが、その理由の合理性をプロバイダの判断に任せるのでいいのかどうかは、以前、古川さんや高木さんから出されていた第三者機関の必要性の問題も含めて、議論の余地が大きいようです。
これらについての議論、および、他にも論点が洩れているようでしたら、みなさまからの積極的な発言をお願いいたします

From: 福富 忠和
Subject: [00066] Re:ネット紛争:プライバシー保護


福冨です。
この問題は複雑なので、ここで十分な議論が出来ると思えませんが、一カ所だけコメント。
From: 杉井 鏡生
Subject: [00065] Re:ネット紛争:プライバシー保護

主旨の第2点は、保護とは反対になりますが、ネット上での名誉毀損など、他者への人権侵害が発生したときに加害者の個人情報の開示を求めざるを得ない場合に、「通信の秘密」がこれを妨害しないようにしなければならないということですね。
この問題については、私は開示の要件が拡張されてしまうことを恐れます。
刑事事件の捜査の場合も、民事事件による押収だの開示請求だのの場合も、裁判所が限定した条件で、すばやく令状を発行していいれば済むことだと思うのですが、それができていないからといってより簡易な開示条件を法制化してしまうのはちょっと疑問です。
もちろん、実状としては、警察や検察はプロバイダーなどの捜査時に、サーバーごと押収してしまうため、無関係な人の個人情報もそこから捜査側に流出していると考えられます。これは本来電気通信事業者が警察なり検察なりを一回提訴してみて、電気通信事業法の限界を確認してみるべきものと思いますし、折りあらばユーザーが事業者を訴えてみることも必要であるように思います。
また、民事訴訟のために弁護士や当事者が請求すれば、事業者が簡単に個人情報を開示できる、といった方向もかなり危険です。オウム事件の時も、弁護士が共犯でした。やはり裁判所の令状手続きをもっと合理的にしてもらうのが、いいように思います。
詳細な議論は、また別の場でしたいとは考えていますが、今回はこれくらいにします。

From: 山崎 一樹
Subject: [00067] Re:ネット紛争:プライバシー保護


From: 杉井 鏡生
Subject: [00064] Re:ネット紛争:プライバシー保護

ここらへんは、個人情報保護法がない現在、「通信の秘密」(と思われていること)が、プライバシー保護の役割を一定程度果たしている(ようにみえる)のに、あえて「通信の秘密」の対象外だといってしまうのいいのかという心配はあります。
「通信の秘密」とは何かということについて以前から疑問を持っていたので、皆さんのご意見を伺ってみたいと思います。
一般的には、「日本国憲法においては「通信の秘密」が保障されている」、「憲法の保証により、電気通信事業法などの業法においても「通信の秘密」が保障されている」ということがアプリオリな前提とされ、そこから「インターネット盗聴法案は憲法違反である」とか「プロバイダーが治安当局に情報提供することは憲法に違反している」という趣旨に意見が派生するのではないかと思うのですが、そもそも「日本国憲法に保障する「通信の秘密」」とは一体何なのだろうか、というのが私の疑問です。
このような疑問を持ったきっかけは、以前、伊藤穣一氏が「日本は「通信に秘密」という、世界に冠たる優れた規定を持つ日本国憲法を持っており、これは誇るべきことである」という趣旨の発言をされているのを目にしたことです。ナルホドと思う反面、「そうすると、アメリカの憲法には「通信の秘密」規定はないということなのか?」という疑問を持ちました。
確かにアメリカの憲法には「通信の秘密」を直接規定する条項はないようです。アメリカの通信法事情は詳しくないので、詳しい方に是非お伺いしたいのですが、想像するに、アメリカの場合は、日本でいうところの業法毎にプライバシーの保護が措置されているのではないでしょうか?
逆にアメリカの場合は、犯罪取り締まり目的のためであれば裁判所の礼状があれば盗聴ができる、つまり合法的な盗聴が認められていますね。これはおそらくインターネット上でも同じであるというのが妥当な解釈でしょう。つまり、アメリカの場合は「法律に定めのある場合以外には「通信の秘密」が保障される」ということになるのではないでしょうか。また、アメリカ以外の欧米諸国もほぼ同じ状況にあるのではないでしょうか。
してみると、額面上は無制限に保障されているかに見える日本国憲法の「通信の秘密」は、欧米諸国よりも優れたモノであるという解釈も可能なのかもしれません。
しかし「通信の秘密」というのは「目的」ではなくて、何らかの「目的」を達成するための単なる「手段」であると理解すべきではないでしょうか。「手段」を保障する場合には少なくともその目的を明確にしておいた方が読者にとって親切であると思いますが、どうも日本国憲法の場合はそこら辺が明らかではない。逆に、「憲法に「通信の秘密」って書いてあるんだからそれは神聖にして侵すべからざるものなのでアール」という教条主義に陥っているのではないかという疑念を、日本におけるネット社会のあり方やネットとプライバシー保護のあり方を巡る議論を見ていると感じざるをえません。
「憲法に書いてあるから当たり前なのである」というイデオロギーに、「そもそもインターネットは自主管理が原則なのである」というイデオロギーが加わると、そこから先への思考が殆ど停止してしまいます。とどのつまりは教条主義です。
とりあえずは「何で日本国憲法には余所の国の憲法には書いていない「通信の秘密」が書いてあるのだろうか」ということを考えてみた方が生産的というものではないでしょうか。
日本国憲法の原作はアメリカ語ですので、ちょっとそれを振り返ってみますと、
the secrecy of any means of communication shall not be violated
という感じでしょうか。日本語の「通信」という語感よりは広い意味を有する「コミュニケーション」は如何なる手段による場合であっても秘密は妨げられてはならない、というのがそもそもの含意のようです。
ここで言う「コミュニケーション」はどういう形態を想定していたのでしょうか。憲法制定当時の感覚では、おそらくここで言う「コミュニケーション」とは「1対1」を想定していたのであって、「1対多」とか「多対多」までをも想定していたかどうかは議論の分かれるところではないかと思います。むしろ、「1対多」とか「多対多」の場合には「集会の自由」という基本的人権の方に含まれていたと解する方が自然ではないでしょうか。
いろいろな考え方があるでしょうが、私は少なくとも「憲法に「通信の秘密」が保障されているから」という視点から新しいネット社会の秩序を考えるのではなく、現在の憲法が想定していない事態を如何に現在の憲法に適合させていくかという視点から新しい秩序を模索する方が現実的であろうと考えます。
From: 杉井 鏡生
Subject: [00064] Re:ネット紛争:プライバシー保護

「個人情報保護」が「自己情報のコントロール権」という考え方に基づいて民間機関に対しても制定されるのだとしたら、OECDの8原則にあるような、収集の目的を明確にする「目的明確化の原則」、利用を目的の範囲とする「利用制限の原則」、個人データの存在や目的や管理者についての「公開の原則」、適切な方法での自己データの開示や異義申立てと、異義が認められた場合に消去や修正ができる「個人参加の原則」などが実現するということですね。
ネットワーク社会のプライバシー問題を考える際にOECD原則を持ち出すということは、議論の前提としてこの問題の解決手法は従来同様、国家が法律を制定することによって対応するのが原則であって、国境を「超える」インターネットのような場合には、緩やかな一般原則で各国の法律に縛りをかけていきましょう、という手法を前提とするという理解で宜しいのでしょうか?
この前提ですと、「ネットワーク社会の秩序は自主管理により決定する」という考え方とは相反することになると思いますが、そういう前提で議論するということでしょうか?

From: 山崎 一樹
Subject: [00068] Re:ネット紛争:プライバシー保護


From: 杉井 鏡生
Subject: [00065] Re:ネット紛争:プライバシー保護

また、民事訴訟のために弁護士や当事者が請求すれば、事業者が簡単に個人情報を開示できる、といった方向もかなり危険です。オウム事件の時も、弁護士が共犯でした。やはり裁判所の令状手続きをもっと合理的にしてもらうのが、いいように思います。
この点に関して「透明性の高い手続き」を明確化しようと思ったら、日本国憲法第2 1条第2項は改正しなければ論理的な矛盾を生ずることになるのではないでしょうか。
つまり、
「日本国民は法律の定めがある場合を除いては通信の秘密を侵害されることはない」としなければいけないんじゃないかと思うんですが、福富さんはどうお考えでしょうか?
ちなみに上記案文は大日本帝国憲法第26条とほぼ同じ規定です。
旧憲法の方がグローバル・スタンダードに合っていたんじゃないかなあ :-)

From: 杉井 鏡生
Subject: [00069] Re:ネット紛争:プライバシー保護


杉井鏡生です。
[ネット紛争解決:プライバシー問題]
高木さん、[00063] での丁寧な整理をされながらのご意見をありがとうございました。「法と技術」に関する人材育成の必要という新しい提案もいただきましたね。
ネットワーク上で起きているプライバシー問題は、組織的に集めた個人情報の扱いの問題だけではなく、他人が個人の私事を公開してしまうことで起きる問題もある、ということは、私もそう思います。
それから、高木さんは、「むしろ私事を公開されない権利で考えたほうが適切なのではないでしょうか」と書かれていますが、これはプライバシーの考え方が「自己情報のコントロール権」へと拡大したからといって、失われてしまうものではないと思っていたのですが、そうではないのですか。
プライバシー問題については、私は個人情報保護法がつくられるべきと思っていますが(そのことによって、私事を勝手に公開されない権利も無くならないで)、法律をつくるだけではだめで、プライバシーにする我々自身の意識を高める必要もあるだろうと思っています。
それから、山崎さんには、もしかしたら、誤解を与えているかも知れませんので、再度、説明させて下さい。
山崎さんが[00068]で、私が[00064]でOECDの8原則に触れて書いたところを引用されて、
From: 山崎 一樹
Subject: [00067] Re:ネット紛争:プライバシー保護

ネットワーク社会のプライバシー問題を考える際にOECD原則を持ち出すということは、議論の前提としてこの問題の解決手法は従来同様、国家が法律を制定することによって対応するのが原則であって、国境を「超える」インターネットのような場合には、緩やかな一般原則で各国の法律に縛りをかけていきましょう、という手法を前提とするという理解で宜しいのでしょうか?
この前提ですと、「ネットワーク社会の秩序は自主管理により決定する」という考え>方とは相反することになると思いますが、そういう前提で議論するということでしょうか?
と書かれていますが、決してそういう意味ではありません。
私自身の個人的な意見としては、プライバシー問題について、OECDの8原則をベースにした法制定が有効だと考えていますが、ここの議論では、それを前提にしようというのではなく、もし、個人情報保護法が必要で、しかもそれが「自己情報のコントロール権」という考えに基づいて制定されるという立場なら、OECDの8原則にあるようなものが実現することなのですねと確認をしようと思ったものです。
むしろ多様な立場からのご意見をいだきたいと思っていますので、ここでの議論に、国の法律の縛りによる紛争解決方式を前提するとか、ネットワーク社会の秩序は自主管理により決定することを前提にするとか、特定の前提は考えておりません。
この点につきまして、もし誤解を与えたようでしたら、私の書き方が悪かったのだと思います。申し訳ございません。
また、国を越えた越境部分については、今回のなかでは、どの方法をとるにしろ、まだ議論そのものが十分ではないように思います。
山崎さんの書かれた「緩やかな一般原則で各国の法律に縛りをかけていきましょう」というのもひとつの考え方と思いますが、世界情報通信サミットということを考えれば、この点についても、もう少しいろいろなご意見をうかがえればと思っています。

From: 福富 忠和
Subject: [00070] Re:ネット紛争:プライバシー保護


From: 山崎 一樹
Subject: [00066] Re:ネット紛争:プライバシー保護

また、民事訴訟のために弁護士や当事者が請求すれば、事業者が簡単に個人情報を開示できる、といった方向もかなり危険です。オウム事件の時も、弁護士が共犯でした。やはり裁判所の令状手続きをもっと合理的にしてもらうのが、いいように思います。
この点に関して「透明性の高い手続き」を明確化しようと思ったら、日本国憲法第21条第2項は改正しなければ論理的な矛盾を生ずることになるのではないでしょうか。
つまり、
「日本国民は法律の定めがある場合を除いては通信の秘密を侵害されることはない」としなければいけないんじゃないかと思うんですが、福富さんはどうお考えでしょうか?
ちなみに上記案文は大日本帝国憲法第26条とほぼ同じ規定です。
旧憲法の方がグローバル・スタンダードに合っていたんじゃないかなあ :-)
うーん、どうしてこういう文脈になるのか、ちょっと理解できていないのですが、山崎さんは「通信の秘密」がよほどお嫌いのようですね。
裁判所の現状の令状発行の手続きを厳密かつ迅速にすれば、変な法改正はいらないはずだし、むしろ余計なプライバシー流出も防げるはずだ、というのが私の先のポストの内容です。
また通信の秘密に関する例外規定など、通信傍受などについても、明文化しているのは米国など一部の先進国だけで(私が確認できたのは約10カ国)、グローバルスタンダードとは言えないんじゃないですか。それ以前に言論の自由や通信の秘密が一般的に守られていない国のほうが多いことが問題でしょう。

From: 福富 忠和
Subject: [00071] Re:ネット紛争:プライバシー保護


福冨です。
ちゃんと書いている時間がないので簡単で申し訳ないのですが、
From: 山崎 一樹
Subject: [00067] Re:ネット紛争:プライバシー保護

とりあえずは「何で日本国憲法には余所の国の憲法には書いていない「通信の秘密」が書いてあるのだろうか」ということを考えてみた方が生産的というものではないでしょうか。
日本国憲法の原作はアメリカ語ですので、ちょっとそれを振り返ってみますと、
the secrecy of any means of communication shall not be violated
という感じでしょうか。日本語の「通信」という語感よりは広い意味を有する「コミュニケーション」は如何なる手段による場合であっても秘密は妨げられてはならない、というのがそもそもの含意のようです。
もちろんこの規定は、戦前において、言論や表現の自由が侵されたり、通信の秘密が侵されたことへの反省にたった文面でしょう。
私の手元にある日本政府訳で21条は
Freedom of assembly and association as well as speech, press and all other
forms of expression are guaranteed.
2) No censorship shall be maintained, nor shall the secrecy of any means of
communication be violated.
となっていて、前項の「言論、出版の自由」の項目から続けて、「検閲はこれをしてはならないし、通信の秘密だって侵しちゃいけないよ」といった連続した文面になってます。ですので、言論・表現・出版の自由を保証する、だから検閲を禁止し、通信の秘密を守る、という流れからくるものだと考えるのが妥当なんじゃないかと思いますが。出版物など「all other forms of expression」という規定から考えれば、どういうタイプのコミュニケーションかは、あまり関係ないように思います。
この規定は確か最高裁判例かなにかで、国や公共団体などには及ぶけど、民間には及ばない、ということになってますよね。電気通信事業法では、それを民間事業者にも規定しているわけですね。しかし、個人や民間会社などには、一般的にはこの規定が適用されないことが、問題になっている、というのが現状でしょうか。

From: 杉井 鏡生
Subject: [00072] 電子ネットワークと市民生活


杉井です。
[電子ネットワークと市民生活]
新しいスレッドです。ご意見をうかがいたい点は、インターネットなどの電子ネットワークの普及によって、市民生活はどのように変わるのか(または変わらないのか)ということです。
市民生活というと、教育や学習活動、日常の買物などの生活行動(EC分科会のテーマと重なりますが)、職業活動(働き方)、メディア活動(「ジャーナリズムの未来」のテーマと重なりますが)、コミュニティ活動、社会参加活動、余暇活動、芸術・文化活動、宗教活動etc.と、幅広いですが、これらのなかから関心のある特定の領域を取り上げていただいて発言いただければ結構です。
また、市民生活が変化する可能性やそれにともなう課題についての分析的なご意見や、あるべき論をいただくのも結構ですし、それだけではなく、いま実際に身の回りで起きていることのご紹介や、見聞きしたことについての素朴な疑問や感想も大いに歓迎です。どうぞ気軽にお寄せ下さい。

From: 杉井 鏡生
Subject: [00073] 電子ネットワークと市民生活:働き方の変化


杉井です。
早速、叩き台の見本として、あまり出来はよくありませんが、ひとつ議論を提出しておきます。
[電子ネットワークと市民生活:働き方の変化]
働き方の変化としては、EC分科会でも話題になっているSOHOがあります。なかでも、在宅ワークは、スキルを持ちながら通勤が難しいために就業の機会に恵まれなかった主婦や障害者や高齢者にとっては関心が高いテーマです。
これはプラス面での作用だと思います。実際に、私の身の回りでも、実際に仕事をやっている方もありますし、在宅の主婦の方たちを組織化して仕事を提供することを事業化されている例もあります。実は私自身も在宅ワーカーです。
しかしその一方で、下請け的な内職仕事として低賃金労働力の供給源として使われているに過ぎない例もありますし、また、契約関係が不明確であったり、力関係でごり押しされるなかで、トラブルに巻き込まれたり、泣き寝入りするケースもあるようです。
従来なら、労働組合という形態が圧力団体としての機能を果たし得たわけですが、在宅ワーカーは、基本的には個人がバラバラに存在し、それぞれが独立企業のように対等であるとみなされて契約を結ぶ形になっているため、組合的な組織づくりはなかなか難しい面もありそうに思います(ここらへんでうまくいている事例などご存じの方、いらっしゃいますか)。
こうしたプラスの面を生かすためには、どんな環境整備が必要なのか(インフ整備、学習の場づくり、社会的な意識や本人の意識の改革など)。一方、マイナス面に対処するためには、どんな環境整備が必要なのか(新しい就労形態に合わせた法律整備が必要なのか、最終的には法律によるとしても、政府があまり細かいところまで介入しないために、労働組合に代わる自助解決手法の開発が必要なのか、など)。
こういった問題についての、ご意見を伺えればと思います。

From: 田澤 由利
Subject: [00074] 電子ネットワークと市民生活:女性の在宅ワーク


こんにちは。ライターの田澤由利です。
SOHOのテーマを出していただいたので、日ごろ考えていることを少しお話させてください。
私自身、SOHOという形態で仕事をしています。
転勤族の夫について5回の引越し(今は北海道の北見在住)、3人の娘の出産と育児を経つつ、こうやって仕事ができるのは、ネットワークの恩恵以外、何ものでもありません。
また一方、有能な主婦(子育て、介護などで退職せざる得なかった人たち)とネットワークを組み、小さいながらも、ネットワーク上でさまざまな仕事を協力しあいながらこなしております。
ネッワークの利用によって、女性の生活が変化し、社会進出がより活発になることを体感しつつ、今後の発展を心から願っております。
しかし、ここ1、2年、女性の在宅ワークが注目される中、不安があります。社会の体制が整わないまま、女性の在宅ワークが注目をあびることにより、女性の在宅ワークが、本来あるべき方向と違う方向に向かっているのではないか。企業からは、「社員を使うほどではない、急な単純作業を低賃金でこなしてくれる労力」として見られはしないか。また、女性から、「子育てや介護の合間にできる、手軽にアルバイト収入源」という見られはしないか。
実際、最近のブームで登場した「在宅業務の仲介を行っている会社」を見ていると、「自由登録制で会員数ばかりが多いが、仕事がこない」「たまに仕事がきても単純作業で低賃金」という現実が見えてくるのです。
私自身は、「在宅だから」とか「女性だから」という前提があっても、ネットワークの使い方、組織体制、また人材の確保のしかたで、会社で常勤で働いている男性と同等、いえ、それ以上のレベルの仕事もこなすことができると信じています。そして、私が持つ在宅ネットワークでは、今、それに挑戦中です。
女性の在宅ワークについて、皆さんのご意見が伺えると嬉しいです。
よろしくお願いいたします。

From: 田澤 由利
Subject: [00075] Re:電子ネットワークと市民生活:働き方の変化


杉井さん、こんにちは。田澤です。
私自身がかかわっているSOHOは「女性」という枠があるため、女性の在宅ワークについては別発言にさせていただきました。
でも、SOHO全体についても、ぜひ議論に参加させていただきたいと思います。
よろしくお願いいたします。
From: 杉井 鏡生
Subject: [00073] Re:電子ネットワークと市民生活:働き方の変化

それぞれが独立企業のように対等であるとみなされて契約を結ぶ形になっているため、組合的な組織づくりはなかなか難しい面もありそうに思います(ここらへんでうまくいている事例などご存じの方、いらっしゃいますか)。
ご参考程度ですが、私自身が持つネットークでは、現在、次のような流れで仕事を行っています。
(1)私が仕事をとってくる
私は企業ではなく個人ですが、幸い、以前からお付き合いのある企業や出版社さんから信用をいただいており、その関係で仕事が入ってきます。
ただし、責任を持って仕事をする以上、女性の在宅だからといって、特に安い見積りは出しません。
(2)プロジェクトごとにチームを編成する
仕事の内容、時期に応じて、個々のメンバーと調整しながら、受注した仕事のチームを編成します。
だいたい2〜5名程度で、その中からプロジェクトリーダーをひとり任命します。この時点で、個人ごとに、期間、賃金を明確にします。
(3)プロジェクト単位で、NIFTYのPATIOを開く
仕事の指示はもたろん、打ち合わせから、結果報告、納品データまで、すべてPATIO上で行います。これにより、私自身が実作業に参加しなくてもログを読むだけですべての流れを把握するできるので助かります。
また、メンバーも、「孤独感や不安感を感じることなく、仕事をすすめることができます。
もちろん、複数の目が入ることにより、ミスが減り、仕事の品質もアップします。ちなみに、1プロジェクトでPATIOの発言が1ヶ月1000を超えることも珍しくありません。
(4)プロジェクトが終了したらPATIOを閉鎖して支払う
予定よりもプロジェクトが長引く、作業が増えた場合などは、(日ごろからリスク用に若干プールしている分から)上乗せして、支払います。
もちろん、私自身も管理マージンは受け取っています。
というような流れで、2年ほどやってきています。
今のところうまくいっているのは、
・メンバーをむやみに増やしていない
・個人対個人でちゃんと話ながら賃金を決めている
・できるだけ単純作業的に仕事は受けない
・プロ意識を持ってもらえるよう、納期、内容には厳しく指示している
などの理由があると思います。
しかし、現在、メンバーに入りたいという主婦の方も多くいて、そろそろ次のステップを考えなくてはいけません。私としては、この基本体制を崩したくなく、とりあえず、今私がやっている作業を、3名程度のスタッフに委託することにより、作業メンバーを今の3倍にできないかと考えています。
今の「在宅業務斡旋」業が、企業の側から発生したものに対し、在宅ワーク者のネットワークから自然に大きくなる形で新しい在宅業務形態が提案できないかと思っています。
このあたり、皆様からいろいろアドバイスいただければ嬉しいです。

From: 三石 玲子
Subject: [00075] Re:電子ネットワークと市民生活


From: 杉井 鏡生
Subject: [00072] Re:電子ネットワークと市民生活

電子ネットワークと市民生活]
新しいスレッドです。ご意見をうかがいたい点は、インターネットなどの電子ネットワークの普及によって、市民生活はどのように変わるのか(または変わらないのか)ということです。
●今日は。EC部会に顔を出していました三石です。ECの話をしていていつも思うのですが「コマースだけがバーチャルになるわけがない!!」ということです。コマースも社会システムの1つである以上「社会全体のgoing virtual」が相伴わなければ進展しませんよね。このgoing virtualの必然性が日本はアメリカに比べて少し低いのだろうと思います。そのgoing virtualですが生活の諸側面にvirtualの要素が少しずつ入ってくることでランダムですが次のような影響があると思います。
1)生活の規制緩和をもたらす(良いことも悪いこともある→ネットワークの恩恵による新しい働き方の影響。相伴っての家庭の在り方の変化。お父さんの居場所の模索。家庭・会社以外のサードプレイスの模索。離婚の増加?・・・)
2)small is smartへの価値観の転換(小さくても困らない!)
3)顧客主権〔一方での選択肢の増加による負担増)
4)リアルの場の価値の再認識
1)については身をもって実践中。これに伴う新しいビジネス(ペット、ホームファーニッシング、ガーデニング、SOHO支援ビジネス・・)も有望でしょう。一方で通勤定期、ターミナルの百貨店なんてビジネスは長期的には苦しいかも・・
4)については昨日のオリンピックが好例で5大陸のバーチャル合唱もさることながら会場の5万人合唱の方が感動的ですよね。あるいはこのバーチャル時代に何故首脳は集まってランチを食べるのか、何故バーチャル会談でなく顔を突き合わせるのか・・といったことです。理由は簡単。これらの点でバーチャルはリアルにかなわないからでしょう。全てのEC関係者はリアルとバーチャルに関するそれぞれの「哲学」を持つべきだと思うのですが・・。例えば予備校はバーチャルにしても良いが、小学校はダメだ、とかね。

From: 杉井 鏡生
Subject: [00076] Re:電子ネットワークと市民生活


杉井鏡生です。
[電子ネットワークと市民生活]
田澤さん、三石さん、新しい議題についてのご投稿ありがとうございます。
[女性の在宅ワーク]
田澤さんからは「女性の在宅ワーク」に絞って[00073]、ご自身の体験的なご意見をいただきました。インターネットの女性利用者の比率は低いといわれますが、最近、私の周りで実用的な使い方に取りくまれている例としては女性利用者のほうが目立つ気がします。
これは別の面からみれば、全体の普及率は低くても、使い方によって、これまで機会に恵まれなかった人が新たな機会を生み出す可能性があるメディアともいえますね。
ここらへんは、あとで議論することになりそうな「持てるものと持たざるものの格差」とか「公平性」の問題とも多少関わりますが、普及率の高低だけでは評価できない電子ネットワークの社会的な役割というものを考えさせられます。
「女性の在宅ワーク」につきましても、みなさんの率直なご意見をお寄せ下さい。
[働き方の変化]
田澤さん、こちらについても、貴重な実例の紹介をありがとうございました[00074]。
私は労働組合活動を10数年やりましたが、統一と団結をベースにした組織形態は、ネットワーク的な関係をベースにした社会組織の運営には馴染まないと思っていました。その意味で、働く人の自治的な組織としても、別の組織形態が必要だろうと考えていました。
しかし、NPOやバーチャル・カンパニーのようなネットワーク型の組織が注目されていますが、漠然とそうした組織をつくれば問題が解決するわけではなさそうです。どんな組織も、いずれ長所も弱点もあると思いますので、ネットワーク的な関係をベースにした組織運営の手法についての経験の交流と研究はぜひ必要だと思っています。
[価値観の変化]
三石さん、1)生活の規制緩和、2)small is smartへの価値観の転換、3)顧客主権、4)リアルの場の価値の再認識、といった価値観の変化という視点からの問題提起、面白く拝見しました。
これらも、三石さんのいわれるように、生活者にとって、メリットと感じられるところも、デメリットと感じられるところもあるわけで、何処かでバランス点が見つけられるのでしょうが、いまは変化の時代で、そのなかで揺れ動いているのでしょうね。
価値観の変化については、他の方からも、いろいろな視点から感じておられる話を伺えるのではないかと期待しております。

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