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C. ネット社会部会

   「ネチズンの登場と新しい 民主主義社会―ネットワーク社会問題解決への世界協調」


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1998年1月19日〜1月27日


From:末光 美恵
Subject: [00001] What can I do for End users


末光と申します。
ネット分化会では、未だにネットワークによるコミュニケーションの素晴らしさ に気づいていないエンドユーザに、ネットワーク社会の到来をどのように告げる かという事を議論したいのですが。
私の回りには情報産業の業界の人間が多く、コンピュータやネットワークに慣れ 親しんだ、というよりも、なくてはならない生活をしている人間が多いです。し かし、昨年7月にパルミラ・ネットワーク・ラボラトリィを設立し、エンドユー ザの方に接する機会を少なからず持ちました。そこには、コンピュータ・ネット ワークを未知数として捕らえている人が多く存在する事を知りました。どうすれ ば、ネットワーク社会による生活の変化に気づいてもらえるのでしょうか。
この世界情報通信サミットに参加している事自体が、ネットワークの価値を認め ていらっしゃる方々の集まりであると感じます。ここで議論される事が空論とな らないためにも、未だネットワーク社会の到来に気づいていない人々に、その価 値を、真価を問うにはどのような方法があるのでしょう。

From: 杉井 鏡生
Subject: [00002] Re:What can I do for End users


杉井です。
[What can I do for End users]
末光さん、興味深い話題提供をありがとうございます。
インターネットの利用者をどうしたら広げられるのだろうかということ ですね。私自身も、中高年者のネットワーク利用を支援する活動などで、 そうした議論をすることがあります(私自身が中高年ですが)。
本格的にスタートしてそれほど歴史がないのに、インターネットはなぜ こんなに急速にユーザーが増えているのだろうという議論がある一方、 既に、なぜ利用者が広がらないのだろうという議論が、同時に出ている のが興味深いですね。
末光さんが、ネットワークの価値ということを言われていますが、そこ がポイントでしょうか。とくに双方向性を持ったコミュニケーション・ メディアの場合、電話もそうでしたが、つながること自体に価値がある、 またはつながらないと価値がないので、つながる相手がある臨界点に達 したときに一気に爆発するのかも知れませんね。
ただし、電話の場合は特定の個人や組織とのつながりですが、電子ネッ トワークの場合は、必ずしも特定の個人や組織とのつながりだけではな く、関心事に基づくグループとのコミュニティ的なつながりでもいいわ けです。それだけに、電子ネットワーク上で価値ある情報が得られるか というだけでなく、ネットワークを通じて造られる新しいタイプのコミュ ニティが利用の広がりに重要な意味を持ってくるように思っています。
強引にCommunity Buildingに結びつけてしまった気もしますが、いかが でしょう。

From: 公文 俊平
Subject: [00003] Re:What can I do for End users


公文です。
「紛争解決」というテーマに直接関係するかどうかは自信がありませんが、 10日ほど前のニューヨークタイムズに載ったダン・アシュリーという人の評論に はこんな主張がありました。
現在、ネットワークの規制を巡って、アメリカには二つの政治的立場がある。  
1. リアルスペースとサイバースペースには同じ規制が必要。でないと既存の法の権威が損なわれる。  
2. サイバースペースではリアルスペースの規制は効果をあげられない。掴まえたり、見たり、さわったりできないもの、相手の確認さえできな いものは、一国の政府には統制しようがない。
とすれば、万国に共通な最低限の規制しか、現実には不可能だろう。 人も企業も、今や世界中どこにでも行けるし、リアルとバーチャルの両空間にわ たって活動している。
地域的なコミュニティ (町、都市、国家) の原理に代わって、グローバルな利 害集団の 原理が優勢になってきたのが、断片化社会の特徴だ。
そこでは、無名性と無場所性(placelessness)が優越する。そこに地域感 (sense of locality) を再構築しようとして もどだい無理な話だ。
昔に戻ることはもはやできないのだ。
現代の最大の嘆きが社会の断片化 (fragmentation)なのだ。
しかし他方では人は、かつてない自由を享受し、株式市場も活性化している。(自由になりすぎたという恐怖はあるが。) 
多国籍企業はグローバルに活動を展開している。
彼らのグローバルな技術標準は、各国の政府には統制しがたいものだ。
今や冷戦時代のイデオロギーは、大きく変質した。今日のダイナミックスは、   
リアル対バーチャル、 地域対地球、 個人対技術標準を巡って動いている。 それは「冷たい戦争(cold war)」ではなく、「涼しい戦争(coolwar)」なのだ。
以上がアシュリーの論評の要旨ですが、上の二つの政治的立場の対立というのは 何か不毛な対立のような気もします。
私は、新しいコミュニティの原理は、リアルなコミュニティとバーチャルなコミ ュニティを結び付けうる形で構築が可能だと考えて「CAN」(コミュニティ・エリア・ネ ットワーク)という理念を推進したいと思っています。
つまり、脅迫と強制(対立)の原理に基づく国家主導型の紛争処理から、 取引と搾取(競争)の原理に基づく企業主導型の社会関係の拡大に加えて、 現在では、説得と誘導(協働)の原理に基づく智業(NGO−NPO)主導型の 紛争の対処・処理型の行動が広がりつつあるとみることができないかと 思っているのですが、いかがでしょうか。

From: 古川 泰弘
Subject: [00004] Re:[ネット紛争解決] Re:What can I do for End users


古川泰弘です。Subjectを替えさせていただきました。
アブスト:紛争解決として実現させるためには、組織(企業)に対して中立的な立場で意見ができる場が必要と感じます。
From: 公文 俊平
Subject: [00003] Re:What can I do for End users

私は、新しいコミュニティの原理は、リアルなコミュニティとバーチャルなコミ ュニティを結び付けうる形で構築が可能だと考えて「CAN」(コミュニティ・エ リア・ネットワーク)という理念を推進したいと思っています。
紛争解決として望ましい解決法の一つだと思います。私の経験したケースでの 解決方法は次の通りです。 これは、「個人対企業の争い」の例です。 1、A社のセキュリティの欠陥を発見   (会社資料請求に関する学生のプライバシー情報が丸見え) 2、A社に問題を指摘 3、A社から口止めを依頼、会社に乗り込む(脅迫的な対応)。   理由:A社の社運をかけているインターネットビジネスであり、     マイナスになることは避けたい。 4、A社以外にもインターネットでずさんなケースがあることを配慮、   学生が被害者なのに、A社は自分だけが被害者だといいはる。   他にも同じことがおきそうなので、学生に伝わればと思い、   リアルな世界で企業名を伏せ公開。 5、マスコミに流れたので、A社の態度一転。事実を認める。 6、顧客である企業には、謝罪文が半年後(!)に、配られる。 現在:  A社は、現在でもインターネットビジネスを展開中。 以上は概略です。 インターネットが商用化されていない時代は、セキュリティの問題に ついては、「説得」や「指摘」で問題に皆でとりくむ解決方法が有効。 しかし、商用化により、企業の利益を守るために現実世界との連携が さらに必要になってきているように感じてます。ハッカーは主にネット で活躍しますが、サイバー犯罪者はネットとリアル世界の良い点を利用 します。紛争解決するならは犯罪者以上、ネットと現実を使いこなす必 要が求められます。 以上の経験から、公文様のCANを紛争解決として実現させるためには、 組織(企業)に対して中立的な立場で意見ができる場が必要と感じました。 個人の場合、どのような紛争解決が用意されているのか? どこにあるのか?色々プライバシー情報が漏れる度に、寒い状況だと 思います。

From: 福富 忠和
Subject: [00005] Re:[ネット紛争解決]


福冨忠和です。 性格的に長いポストになりがちなので、できるだけラフに書きます(^^;)。
From: 古川 泰弘
Subject: [00004] Re:[ネット紛争解決]

以上の経験から、公文様のCANを紛争解決として実現させるためには、 組織(企業)に対して中立的な立場で意見ができる場が必要と感じました。
私は、先の3つのセクター論(政治セクター、産業セクター、社会セクター)で考え ています。
「中立的な立場」は、かつてはジャーナリズムに求められていたと思うんですが、現在ではその産業的な立場に批判もあります。で、こうした事柄の調整に社会セクター というレベルが重視されるべきだと思っています
単純には、昔、民間の紛争解決は最終的には施政者のレベルで政治的に解決されていたのが、産業のグローバル化などによって、産業間による調整も行われるようになっ てきたと思います。現在は国家や国家間(政治)レベルでも、産業レベルでも解決で きない課題について、NGOやNPOなどの社会セクターの活動が要請されているという状 況だと考えます。国連のような国家間の組織も公認NGOなどの概念を作っています。 ここのところのノーベル平和賞をNGOや市民運動の活動家が次々受賞しているのもそ ういう方向でしょうか。
で、現在のインターネットは、92年以来ISOCがいわばNGOとして運営されていること 含め、さしあたり社会セクターの活動であることに、意義や特徴があると思っていま す。もちろんISOC周辺はアメリカ覇権的という批判があることも知っていますし、ア ジア圏の枠組みは日本のIAJのような業界団体的な枠組みのほうがよい、という意見 があることも知っています。また、APECやEUなどでは、国家間調整でインターネット の問題を解決するという考え方もあります。アジア圏で人権問題を抱えた国ほどメデ ィアやネットワーク規制に積極的なことが示唆しているように、インターネットの社 会セクター的な側面が、現在の国家や産業と対立することもあります。これをどう調 整していくかは中長期的課題でしょう。
しかし、現実世界とサイバースペースの調整に当たって、ある種閉鎖的な土着性を持ったままの旧来の地域共同体(これは目的的に集散する英語の「コミュニティ」の概 念とは違うと思うのですが)と、それを統轄する政治セクターの自治体、それに産業 が関与する形、というのは、長年行われてきて、閉塞している手法ではないかと思い ます。地域や企業活動から自立した個人のとしての関与の可能性や、従来ジャーナリ ズムが担ってきた中立的な視点を提供する機能が、どう入れられるか、というのが、 課題であるように思います。

From: 高木 寛
Subject: [00006] Re:[ネット紛争解決]


高木です。
少し分類して考えることが必要ではないでしょうか。
国内的には紛争解決の機関として裁判所が汎用的にあるわけです。これでは、足りないとした場合にはじめて別の紛争解決手段が必要になります。司法的解決は時間・費用がかかる。法律問題以外は解決できない。判断者としての裁判官がネットワークという専門的に領域について十分訓練されていないなどの問題はあります。しかし、他方で米国の裁判所のCDA判決では、かなり有効に機能したといえます。また、司法機関は、公開されている(傍聴はたいへんですが)、手続的正義が守られる、人権保障という観点では優れた機関であるなどの長所もあります。
これは、裁判所があるからそれで良いということではなく、紛争解決機関を考えるうえで、司法的解決では不都合だという点やその長所も合わせて考えていくことが必要だと思います。
グローバルな紛争や法律問題以外では、国内的な司法機関では難しいし、国際的司法機関を使うのは困難かもしれません。その場合、公文さんや福富さんがおっしゃるNGO的解決機関は、有効だと思います。それは福富さんがいっている政治セクター・産業セクターにない視点が入るからで、オーストラリアの放送法の改正指針では、この産業セクター(業界団体)を使った解決を考えているのですが、そこで感じたのは、ユーザーの視点がないことです。組織しにくいなどの問題はありますが、ユーザー代表という考え方は日本でも出ていますね。
それと、私人間の問題については、紛争にいたる前の段階での処理があまりうまくいっていない感じがしています。よく言われることですが「どうしてこんなことが裁判になってしまうの?」ということです。NIFTYやPC-VANの裁判で感じたことですが、どうして裁判になる前に解決できなかったのかという疑問があります。これは、たぶんにネット運営会社の中にこういう問題を解決する専門的知識やノウハウを持った人間がいないからでしょう。やはり、通信をビジネスとするのであれば、企業の規模にもよりますが、適切な判断ができる専門家が企業内に必要ではないかと思います。現在いなければ、育てていくことになりますね。

From: 福富 忠和
Subject: [00007] Re:[ネット紛争解決]


From: 高木 寛
Subject: [00006] Re:[ネット紛争解決]

国内的には紛争解決の機関として裁判所が汎用的にあるわけです。これでは、足りない と>した場合にはじめて別の紛争解決手段が必要になります。司法的解決は時間・費用がかかる。法律問題以外は解決できない。判断者としての裁判官がネットワークという専門的に領域について十分訓練されていないなどの問題はあります。しかし、他方で米国の裁判所のCDA判決では、かなり有効に機能したといえます。また、司法機関は、公開されている(傍聴はたいへんですが)、手続的正義が守られる、人権保障という観点では優れた機関であるなどの長所もあります。
敢えて極論すれば(^^)、「グローバルな紛争や法律問題以外では、国内的な司法機関 では難しいし、国際的司法機関を使うのは困難かもしれません」という点を踏まえて も、順序としては逆な気がします。
手続的正義を保証している司法機関が存在していたり、まがりなりにも公正な法律の執行が行われているような国家には、そもそも生存権に関わる人権問題や紛争は少な いので、裁判所がある程度広範なよりどころになりうる、という話であって、日本や 欧米の一部の国家の特殊性でしょう。日常生活に不便はなくても、司法が公正に機能 しているといえない国家の方が、世の中には多いんじゃないでしょうか。日本だって 外部からはそう思われているかも知れません。だから国内問題は司法機関、国家問題 は国際機関、それでもダメならNGOみたいな手続きの順序、ヒエラルキー、問題の分 割の視点といったものに、普遍性があるとは限らないんじゃないですか。これは「ど うして裁判になる前に解決できなかったのか」という疑問にもつながると思いますが 、司法的解決は国内問題でも常に有効性を持つとは限らない。むしろ「人権保障とい う観点では」緊急性があったり、生存に関わるような課題のほとんどに司法は有効で はないのではないですか。
アジア圏での人権問題などを見ていると、こういうローカリティに対しても、外在的な機能として、地球規模で広がるインターネットが有効な場合があり得ます。だから こそ、そこがローカルなルールや国家や国=際間の法、行政のプロセスで単純に調整 され切ってしまうことは、慎重であるべきだと思います。基本的な生存権はともあれ 、技術面含め、選択可能なできるだけ多様なアプローチがネットワークに併存するこ とが重要だと思います。

From: 杉井 鏡生
Subject: [00008] Re:[ネット紛争解決]


杉井です。
[ネット紛争解決]
福冨さん、高木さん、高橋さんと、続々とこのテーマにつきましての コメントをありがとうございます。
第3の道といっても、ご提案いただいたものは、それぞれに組織構成 も調整の枠組みも違いがありそうですね。また、第3の道ばかりでな く、高木さんからは裁判制度を有効に生かしたらという提案もありま した。
第3の道に関しては、ご提案いただいたものについて、どういう人の 参加を想定するのか(組織構成)、既成の政府や市場からの自立性な いしは独立性をどう保持するのか(または対抗し得る社会的な影響力 を担保するのか)、そこにおける決定・調整の原理はどういう形が想 定されるのか(組織の政治の仕組み)、そこで決定・調整されるテー マの対象範囲はどんなものが想定されるのか(国際間の調整から私人 間の調整までが対象になりえるのか)、といった点につきまして興味 を持ちました。無理のない範囲でご紹介いただけるところがありまし たら、お考えをお聞かせいただけるとありがたいです。
また、高橋さん、すみませんが、ACPについて、ネットの問題解決 のあり方という視点で、少し内容や事例を紹介いただけるとありがた いです。
この他にも、第3の道としての別の提案や、むしろ既存の政府や市場 などの枠組みを補強ないし変更することで対応した方がいいという意 見もあろうかと思いますので、どしどしご意見、ご提案をお出し下さ い。また、お互いに無理のない範囲で(といいながら、私自身が沢山 出してしまいましたが)ご質問などもどうぞ。

From: 杉井 鏡生
Subject: [00009] Re:What can I do for End users


杉井です。
[What can I do for End users]
話題が「ネット紛争解決」のほうへ移りかけていますが、末光さんの 提起された、普及のさせ方についてももう少しつづけましょう。
先日、調査会社のアクセス・メディア・インターナショナルから、97 年末の日本のインターネット利用者数が884万人になったという調査 結果が発表されましたね(このうち、家庭からの利用者は342万人)。 98年末にはさらに66%増えて1467万人になるとの見通しだそうです。 これを見るるかぎりは非常に順調な増加を感じさせます。
ただし、女性利用者の比率などは、米国ジョージア工科大学の97/10の 調査で40%を越えたのに比べて、日本では、調査によってかなり差は あるものの(97年の調査で、野村総研/東大社情研橋元研究室と日経 マルチメディアが10%前後、富士通総研、サイバースペースジャパン、 ヤフージャパンが20%強)、まだ低いのが現状で、普及の偏りは大き いのかも知れませんね。
また、インターネットへの加入動機については、野村総研/東大社情 研橋元研究室の調査だと、「これからの時代には必要だと思ったから」 が58%、「テレビや雑誌などでみて興味を持ったから」が48%と、こ の2つの動機がずば抜けて高いです。
しかし、男女を比較すると、「周囲の人が利用していたから」(男13%、 女26%)、「友人・知人に進められたから」(男10%、女23%)、「家 族が利用していたから」(男1%、女5%)という項目の差が目立つと の報告をしています。
前者の動機で加入へ向かう人に対してと、後者の動機で加入に向かう人 に対してでは、普及促進活動のあり方も違うものが求められるような気 がします。前者は在来型のマス広告マーケティング手法が通用しそうで すが、後者は、利用者同士のつながりをベースにした、それ自体がネッ トワーク的な広がり方で、在来型のマーケティングだけでは通用しそう にありません。その意味で、普及のためのマーケティングが転換してい く時期なのかも知れませんね。

From: 山崎 一樹
Subject: [00010] Re:ネット紛争解決


From: 福富 忠生
Subject: [00005] Re:[ネット紛争解決]

しかし、現実世界とサイバースペースの調整に当たって、ある種閉鎖的な土着性を持 ったままの旧来の地域共同体(これは目的的に集散する英語の「コミュニティ」の概 念とは違うと思うのですが)と、それを統轄する政治セクターの自治体、それに産業 が関与する形、というのは、長年行われてきて、閉塞している手法ではないかと思い ます。地域や企業活動から自立した個人のとしての関与の可能性や、従来ジャーナリ ズムが担ってきた中立的な視点を提供する機能が、どう入れられるか、というのが、 課題であるように思います。
福富さんはサイバースペースでの行為の調整においても、NGOやNPOなどの活動に相対 的に主きをおくというスタンスに立たれているようですが、私の考えはこれとは異な り、国家あるいは政府の活動に重きを置くべきであるというものです。
理由については追々ご説明していきたいと思いますが、さしあたってお伺いしたいの は、サイバースペースでのあるルールをNGOが決めたとして、「私はそんなものには 従いたくない」という「自立した個人」がたった一人でもいた場合、このルールは効 力を持ち得ないものになってしまわないでしょうか、ということです。
つまり、紛争解決手段としての正統性をどうやって担保するかという問題です。
ついでですが「ジャーナリズムが中立的視点を提供してきた」という理解はちょっと 私には理解しがたいところがあります。加えて、サイバースペースではジャーナリズ ムは必要悪ですらなくなるだろうとも予想しております。

From: 高橋 徹
Subject: [00011] Re:ネット紛争解決


From: 杉井 鏡生
Subject: [00008] Re:[ネット紛争解決]

また、高橋さん、すみませんが、ACPについて、ネットの問題解決 のあり方という視点で、少し内容や事例を紹介いただけるとありがた いです。
ちょっと長い文章ですが、ドメイン名に関して書いたものがあります。インターネット・ガバナンスを考えるときに欠かせない問題です。ご笑覧下さい。(IAJ Newsに載っていま す)
ところで、来週は、連邦政府の見解がまとめられて、Ira Magazinerから発表されるよう です。
高橋 徹
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インターネットドメイン名の新展開-gTLDについて
高橋 徹
 ドメイン名はインターネットの名前付けの体系であり、トップレベルドメイン名がそ の始まりの部分を規定している。1994年から、インターネットの世界でドメイン名の議論が盛んになった。その理由は、ドメイン名を巡る混乱と紛争が相次ぎ、体系全体の見直しを必要とすると考えられたからである。インターネットの商用化の進展とともに、インターネット上のビジネスがドメイン名の利用の拡大を必要としてきたことが大きなインパクトとして存在してきた。
1.ドメイン名とは何か
インターネットにおけるドメイン名は、識別子に過ぎない、したがって、意味性や価値のあるものではないとされてきた。 RFC1591の、ドメイン名一般についてIANA(Internet Assigned Number Authority)のJon Postelによって書かれた“Domain Name System Structure and Delegation"(1994年3月)は、 トップレベルドメイン名の解説文書である。インターネット・コミュニティでは、ドメイン名は階層構造を取っている。最上位のrootは名前を持たないが、その下にある現行の一般トップレベルドメイン(generic Top Level Domain=gTLD)には、.com, .org, .net, .intがあり、特別なドメインに .edu, .gov, .milがある。 国名別トップレベルドメインにはISO-3166で規定された二文字の国名コードによる.jp(日本)、.us(米国)、.kr(韓国)、.uk(英国)、.cn(中国)、.fr(フランス)、.de(デンマーク)などがある。
その次に来るセカンドレベルドメインには、日本の場合は現在.co, .or, .go, .ac, .ad, .gr .neがある。
それ以前のドメイン名の扱いは、ARPANETでは階層的秩序がなく、フラットな名前の構造 であり、1個の表から該当する名前を探す必要があった。そのような構造では規模の拡大に耐えられないために、木構造の階層化がソルーションとなり、DNS(Domain Name System)が生みだされた。IANAが名前のユニーク性を保持する権威となり、分散的階層構造で登録することになった。これによって運用しやすい形態が保持されてきた。
2.インターネットの管理組織
ドメイン名、gTLDの議論が活発化するとともに、InternetGovernance(インターネット管理・統治)に関する議論が活発になってきた。Internet Society(ISOC)は1992年に発足した、グローバルのインターネット発展に積極的に関わる人々の組織である。その活動には、スポンサーが貢献している。ISOCは、Internet Governanceに関して、Self Governance(自己管理・統治)を主張してきた。 インターネットの技術については、Internet Engineering Task Force (IETF; http://www.ietf.org/)がIAB(Internet Architecture Board) のもとで全体を管理し、10の領域にわたって80以上のワーキンググループで議論を進めている。アドレス体系の管理と IPアドレスの配布、またDNSのTLDとルートサーバ、RFCとProtocol Tableなどの管理はIANA(http://www.iana.org/)が行い、米州は InterNIC, 欧州はRIPE-NCC, アジア太平洋地域ではAPNICをアサインして地域分散で作業を分担している。ドメイン名を取得・登録するためには、各地に存在するNICに申請、登録を行わなければならない。米国では、NSI(Network Solutions Inc.)が米国政府の機関であるNSF(National Science Foundation:全米科学財団)から .com, .org,.netの登録業務を委託されて、1995年10月からドメイン名の登録維持に関して有料のサービスを開始した。この頃から、InterNICが独占的事業であるとの論難が起こり、AlterNICのようなInterNICに対抗してドメイン名を独自に登録するところも現れた。ドメイン名を巡る混乱が深さを増した。
3.知的所有権とドメイン名
 インターネット商用化の進展にともない、既存の法体系で認められた権利をインターネットでは擁護されていないという主張が数を増して、法的整備が必要になってきた。その現れが、ドメイン名と登録商標のコンフリクトである。これまで他と識別するための記号に過ぎないと見てきたものに別の価値がある。それは、各国の法律で擁護されるものであった。そこに衝突、混乱が生まれた。登録商標を含まないドメイン名が望ましい、という意見が出てくるほどであった。WIPO(世界知的所有権機関:World Intellectual PropertyOrganization http://www.wipo.int)は国連機関のひとつであり、ドメイン名を巡って紛 争が生じた場合の解決策を考慮することになった。1997年の2月、5月、9月に商標とドメイン名に関する会議が開かれた。また、国際商標協会(INTA : International Trademark Association)もこの問題に強い関心を示し、それらの会議に数多くの出席を 見ている。日本では、JPNICに対して弁理士会からこの種の問題解決に関する提案が寄せ られている。
4.IAHCからPAB/CORE/POCへ
gTLD空間を拡大しようとする試みを推進しようとして、 ドメイン名に関するRFCの改定案をIANAのJon PostelがRFCドラフトで提起した(1996年5月)。これは、初年度50 の登録機関を設け、新しいgTLDの数を150まで増やそうとするものである。この提案を巡 って議論百出となったが、インターネットコミュニティがInternational Ad Hoc Committee(IAHC)を設定して問題を整理し、新しいTLDを作ることになった(1996年10月)。ここにはISOC, IANA, IETF, WIPOその他からの代表が集まり(村井純教授もメンバーだった)、案を作成、12月に中間報告を発表して意見を求め、翌1997年2月に結論を出すことになった。IAHCの案は、次の7個のgTLD拡張案である。
.firm : ビジネスあるいは企業向け
.shop : 購買できる商品を提供するビジネス向け
.web : World Wide Webに関連する活動を強調する組織向け
.arts : 文化的および娯楽的活動を強調する組織向け
.rec : リクレーションや娯楽的活動を強調する組織向け
.info : 情報サービスを提供する組織向け
.nom : 個別のあるいは個人の名前を希望する者向け、例えばペンネームなど
これらについても議論が沸き、そのメイリングリストでフォローしきれないほどの意見が寄せられた。
2月4日には、IAHCがgTLDの事務手続き管理と運営管理に関する勧告の形を取った最終報告書をとりまとめ、2月28日にはその勧告を有効にするための法律文書であるgTLD Memorandum of Understanding (gTLD-MoU http://www.gtld-mou.org/)をまとめて、インターネットドメイン名の管理に関する自律性を保持するための賛同者を募り、その署名を求めた。日本からは、JPNIC、IAJをはじめ、数社が署名者になった。5月にはその公式署名者の会議と式典がジュネーブで開かれ、当事は80組織であったが、1998年1月6日現在では200組織近い署名者になっている。5月の時点でIAHCは解体し、iPOC(暫定ポリシ管理委員会)となった。この文書は、その後数度改定された。このgTLD-MoUに対する批判と反対意見もCIXなどの団体から出されたが、まずは問題解決の手順が示されて、それを押し進める中から改善する方向がとられる仕組みに賛同することを、署名者たちは選んだのである。
この文書は、自律的かつ市場指向的な方法で現在および将来のインターネット名前空間における利害関係者が最大の恩恵を受けられるように考慮されている。gTLDの登録機関(レジストラ)を地球規模で分散し、公共の資源であるgTLD名前空間を公共の信頼の下に使われる原則を定めている。また、 gTLD-MoUの署名者(Signatories)はPAB(Policy Advisory Body)のメンバーとなって、POCに対して意見を述べることができる。さらに、レジストラを選定する手続きを決め、レジストラ協議会(Council of Registrars : CORE)を作り、CORE-MoUという覚え書きを交わすことを規定し、gTLD全体のポリシに関してはIANA, ISOC, MoU保管人, IAB, CORE, ITU, WIPO, INTAの代表からなる、gTLDポリシ管理委員会(Policy Oversight Committee: POC)の設置を決めている。POCは新たなgTLDの拡張を決めることができる。知的所有権の紛争を解くために異議申し立てパネル(Administrative Challenge Panel :ACP)を作ることも、gTLD-MoUで示唆されている。
5.レジストラの選定とその結果
レジストラは、1997年7月18日から10月16日まで、第一次公募が行われた。
応募に関する条件は、IAHC最終報告書に示されたものに従って、CORE-MoUにまとめられており、それに署名した上でレジストラの応募書類を提出する。応募申請者は、50万米ドル以上の商事一般責任保険に加入していること、5名以上のフルタイム従業員を登録業務に従事させること、30万米ドル以上の流動資本を持つこと、明確なドメイン名を持っていること、の4つの基準を満たさなければならない。 申請の手数料として1万米ドルが必要であり、POCが指名した第三者(アーサー・アンダ ーセン)に送って審査を受ける。その結果、審査に通った者がCORE-MoUに署名することとなる。レジストラの選定結果は、ホームページ上に公開される。
第一次公募に応募した組織は89に及び、審査を通って認定された者が88組織になった。1月5日に最終結果が発表になった。日本からは、国際調達情報(Procurement Services International : http://www.web-domain.net)、ARK Inc.(http://www.gigamall.ne.jp)、 それに東京インターネット(http://www.tokyonet.ad.jp)の3社が入っている。一番多いのは米国で26組織、次いでドイツが13組織、イギリスが9組織である。この3カ国で半分以上を占めている。アジア太平洋地域では、中国が2組織、韓国が1組織、台湾2組織、シンガポール1組織、オーストラリア4組織であり、この地域の横断的な連携を取ろうとする動きがある。
韓国、台湾、中国では、国家組織かそれに準じた組織がレジストラになっている。全くの商業的ビジネスチャンスねらいとみられる企業は、当然ながら米国とドイツに多い。
CORE-MoUは、レジストラの協定書であり、COREの構造と責任に触れている。
7. 実際の登録方法
誰もが、その望み通りのドメイン名を持ってインターネットを使えるようにするためには、gTLDの登録機関であるレジストラがどんな方法で実際の登録を扱うかが、問題である。レジストラは、共有リポジトリを持つ。いわば、共有データベースを駆使して共通の登録システム(Shared Registry System) を世界規模で運用する。このセンターデータベース を含むシステム開発は、カリフォルニアのエマージェント社(http://emergent.com)を COREが選定して契約した。Oracleが採用されているが、98年代1四半期に十分な機能を持つものが稼働するとしている。まもなくテスト稼働に入ると見られるが、実際のシステムのフル稼働は4月1日からと予期されている。
しかし、システムの開発と運用については、まだドラフトの文書のバージョン2があるだけで、詳細はCOREのメイリングリストでの議論とミーティングで詰められていく過程にある(http://www.core.gtld-mou.org/rfp)。COREは技術的な運用基準を制定しなければならない。
各レジストラは、SRSとエンドユーザのインタフェースを持つ。世界規模でのセカンドレ ベルドメイン名の登録申請を受け付け、それが重複するものでないことを調べ、登録する。これまでの流れでは、レジストラは当初の申し込みを蓄積し、30日(あるいは60日)以内に受け付けたものは同時と見なして、ラウンドロビン方式で申請行列を処理することになっている。
7. 紛争調停機関
 異議申し立てパネル(ACP)の活動を示すと図のようになる。 WIPOには調停・仲裁機関 があり、 ドメイン名異議申し立てパネルの手続きのためのWIPOルールが定められている (http://www.wipo.int/eng/arbit/acprule.htm)。図が入る レジストラが受け付けた申請上で、異議が発生した場合、このACPが意味を持つこととな る。
8.インターネットの自主管理
インターネット・ガバナンス(Internet Governance)として問題が浮上した、インターネ ットは誰が管理するのか、政府の役割、テレコム会社の役割は何か、といった課題に対して、インターネット・コミュニティは自主管理・自律統制という答えを見出している。その現れがこのgTLDであり、レジストラののシステム連携の国際性を強調し、外部の権威に頼らずに自己責任の論理を貫こうとしている。
しかし、すでに米国をはじめとして、ドメイン名の売買およびそれに伴う紛争の数々があり、売買目的で初めからドメイン名を大量に申請する機会便乗が後を絶たない状況がある。それをしも新ビジネスとして、インターネットの世界に受け容れるのか?また、登録申請時に不正を働く、つまり虚偽の申請を行おうとする者も輩出する。こういう事態を克服しながらビジネスチャンスを拡大してゆくことが、インターネット・コミュニティにとって、最も重要な課題であることは明白である。
 gTLDはIpv6による128ビットアドレスへの移行とともに、次世代のインターネット構造を決める柱のひとつである。これからの変化をフォローして次回のレポートにしたい。

From: 福富 忠和
Subject: [00012] Re:ネット紛争解決


From: 山崎 一樹
Subject: [00010] Re:[ネット紛争解決]

福富さんはサイバースペースでの行為の調整においても、NGOやNPOなどの活動に相対 的に主きをおくというスタンスに立たれているようですが、私の考えはこれとは異な り、国家あるいは政府の活動に重きを置くべきであるというものです。
ご理解いただいているとは思いますが、私も別に既存の国家や産業間の調整機能を否 定しているわけではありません。ただ、そのセクターではもはや解決できない問題が あるのは自明のことで、だから第三の道も取り入れるべきであると考えているのです。 現実世界の方では、たとえば内乱などの紛争がある政治体制下で、たとえば飢饉、地 雷除去、レイプそのほかの人権問題などについては、他の国家や国連機関が介入でき ないなどの問題があり、かなりのケースで最終的な解決手段は、実際にNGOレベルの 活動にゆだねられています。といってもそれを根本的なレベルで解決できるわけでは ありませんが、緊急的な課題には対処できます。
サイバースペースの方でも、同じようなアプローチは可能ではないかと思います。
From: 山崎 一樹
Subject: [00010] Re:[ネット紛争解決]

理由については追々ご説明していきたいと思いますが、さしあたってお伺いしたいの は、サイバースペースでのあるルールをNGOが決めたとして、「私はそんなものには 従いたくない」という「自立した個人」がたった一人でもいた場合、このルールは効 力を持ち得ないものになってしまわないでしょうか、ということです。
つまり、紛争解決手段としての正統性をどうやって担保するかという問題です。
これは、別にネットだけの問題じゃないでしょうが、先に「選択可能なできるだけ多 様なアプローチがネットワークに併存することが重要だ」と書いた通りです。逆に、 サイバースペースでこそ多様なアプローチが可能ではないでしょうか。個人の立場か ら見れば、現実世界では、特定の産業や国家政策の枠組み、あるいは地域共同体に否 定であることが、致命的になる場合があります。
逆にサイバースペース上では、一人でルールを作り運用することもできます。もちろ ん、多様性、多元性を許容するといっても、総体としてはサイバースペースの多様性 や存在自体を否定するようなルールに対しては、立ち向かって行かなくてはいかない わけですが、現在はそういう動きが、サイバースペースの中ではなくて、その外部( 政治や産業)に見えかくれしているように感じています。
(また、私たちは、民主主義の決裁過程を「動議→精緻な議論→全会一致→運用」と いうプロセスで考えがちですが、IETF的な考え方「ラフなコンセンサス→ランニング コード→運用・検証」というプロセスでも、それなりの民主主義は守られると思いま す。前者は「ルールづくり」後者は「スタンダードづくり」という感じの違いはあり ますけど。)
From: 山崎 一樹
Subject: [00010] Re:[ネット紛争解決]

ついでですが「ジャーナリズムが中立的視点を提供してきた」という理解はちょっと 私には理解しがたいところがあります。加えて、サイバースペースではジャーナリズ ムは必要悪ですらなくなるだろうとも予想しております。
「中立的視点を提供してきた」かどうかはともかく、その機能性を要請されてきたと 思います。後半は私も似たような意見ですが、中立化という言葉は独立性とか自立性 と言い換えてもいいかと思います。ジャーナリズムが印刷産業や政治的権益から独立 し、その後ニュースメディアとして発展する過程で、「中立化」へのベクトルを持と うとした過程が、山崎さんご指摘のハバマースがいう市民的公共圏の特徴ではないで すか。 (ハバマースの公共圏論は近代市民社会の成立過程で論じているのでしょうから、個 人的には、そのフレームをそのまま現在のサイバースペースにアナロジーすることに は、注意が必要かな、と思います。これは「ネチズン」という言葉についても同様に 感じています。)
私もジャーナリズムだって産業や政治からの影響力を免れないと思っていますが、さ すがに今は「印刷物に原稿を発表している福冨は、印刷会社の回し者だ」という人は いないと思います(リチャード・バーブルックのEFF批判はそんなトーンでしたが^^; )。既存のメディア産業において、インフラや製造のレベルと、その内容(コンテン ト)のレベルの切り分けは、さしあたりは成功しているのではないでしょうか。例外 的なのは、電波帯域などの資源の有限性をもとに、コンテントに対して「公共性」を 求めている放送分野ではないでしょうか。この「公共性」がいつも問題になりますね。
しかし、出版や新聞の分野でも、紙の調達や印刷に非常に高いコストを要したり、印 刷が許認可制だったり、紙が配給制だったりすれば、それに関連して、コンテントへ の関連産業や政治の介入は簡単に起こります。新聞ジャーナリズムなども、印刷技術 や識字率の向上などとともに、検閲や印紙税の撤廃がその成立に必要だったというの が、研究者の通説だと理解しています。
メディアという文脈での課題は、ネットワークの世界で、技術、製造、インフラ、政 策、政治のレベルからコンテントをどう独立させるか、ということではないかと思っ ています。
このあたりは、山崎さんの別ポストのサブジェクト(「公共圏」)に移した方がいい 話題ですが。

From: 山崎 一樹
Subject: [00013] Re:ネット紛争解決


From: 福富 忠和
Subject: [00012] Re:[ネット紛争解決]

ご理解いただいているとは思いますが、私も別に既存の国家や産業間の調整機能を否 定しているわけではありません。ただ、そのセクターではもはや解決できない問題が あるのは自明のことで、だから第三の道も取り入れるべきであると考えているのです。 現実世界の方では、たとえば内乱などの紛争がある政治体制下で、たとえば飢饉、地 雷除去、レイプそのほかの人権問題などについては、他の国家や国連機関が介入でき ないなどの問題があり、かなりのケースで最終的な解決手段は、実際にNGOレベルの 活動にゆだねられています。といってもそれを根本的なレベルで解決できるわけでは ありませんが、緊急的な課題には対処できます。
サイバースペースの方でも、同じようなアプローチは可能ではないかと思います。
私も、国家(政府)が一から十に至るまで、隅々まあで目を行き届かせるなんてこと は土台無理な話だし、全てを企業の論理・市場の論理で割り切ってしまうのも危なっ かしい。NGOやNPOが得意な分野は、彼ら(彼女ら)におまかせすればよろしい。要す るに、それぞれ得意な分野で活躍すればいいんじゃないか、と一般論としてはそう思 います。
もっともこう言うと、それぞれの得意分野というのは何かという質問につながるので すが、なるほど福富さんの具体例はよく分かります。サイバースペースではどういう 事例がありますでしょうか?
From: 福富 忠和
Subject: [00012] Re:[ネット紛争解決]

これは、別にネットだけの問題じゃないでしょうが、先に「選択可能なできるだけ多 様なアプローチがネットワークに併存することが重要だ」と書いた通りです。逆に、 サイバースペースでこそ多様なアプローチが可能ではないでしょうか。個人の立場か ら見れば、現実世界では、特定の産業や国家政策の枠組み、あるいは地域共同体に否 定であることが、致命的になる場合があります。
多様性というのは存外やっかいな問題で、実は多様性を尊重することと、平等という こととはうまく調和させることが極めて困難であるのが現実社会の在りようでしょう 。これがサイバースペースにおける多様性ということになると、私にはまだよく分か りません。
ただ、福富さんの上記の手法ですと、個人は現実社会とサイバースペースとで別人格 になることになってしまいませんか。これってかなり苦しいことなのでは :-)
From: 福富 忠和
Subject: [00012] Re:[ネット紛争解決]

(また、私たちは、民主主義の決裁過程を「動議→精緻な議論→全会一致→運用」と いうプロセスで考えがちですが、IETF的な考え方「ラフなコンセンサス→ランニング コード→運用・検証」というプロセスでも、それなりの民主主義は守られると思いま す。前者は「ルールづくり」後者は「スタンダードづくり」という感じの違いはあり ますけど。)
ここは「民主主義は「全会一致」ではなく「多数決」」とすべきではありませんか。 よくIETFの意思決定方式は新しい手法であるかのような取り上げられ方をされますが 、それは西欧流の民主主義を前提に考えるからそう感じるだけのことなのではなかろ うかと思います。たかだか人間のやっていることですから、似たような事例は今まで にもあったのではないでしょうか。
From: 福富 忠和
Subject: [00012] Re:[ネット紛争解決]

(ハバマースの公共圏論は近代市民社会の成立過程で論じているのでしょうから、個 人的には、そのフレームをそのまま現在のサイバースペースにアナロジーすることに は、注意が必要かな、と思います。これは「ネチズン」という言葉についても同様に 感じています。)
「ハーバーマスの「公共圏」論が何故アメリカのネチズンに取り上げられるようにな ったか」及び「「ネチズン」という言葉の使い方は要注意ではないか」、いずれも福 富さんの感想に同感です。

From: 福富 忠和
Subject: [00014] Re:ネット紛争解決


From: 山崎 一樹
Subject: [00013] Re:[ネット紛争解決]

もっともこう言うと、それぞれの得意分野というのは何かという質問につながるので すが、なるほど福富さんの具体例はよく分かります。サイバースペースではどういう 事例がありますでしょうか?
実際のNGO活動の支援的な位置づけでは、ACPネット含めてインターネットはかなり活 用されています。特に人権問題や、環境問題では、多いです。しかし、アジア圏では 規制が多くて、なかなか大変です。インドネシアでは東チモール問題をネットニュー スに投稿したことで逮捕された人がいます。またミュンマー(ビルマ)では、昨年10 月にアウンサンスーチーの幽閉が始まる3日前に、ファックスとモデムの利用が国家 認可制になりました。これはたぶん日本の新聞含めた国外ジャーナリズムがスーチー さんの原稿を掲載していることと関係があるでしょう。
日本政府がこういったAPEC関連国の動向を追認するような規制策を行わないことを望 みます。
From: 山崎 一樹
Subject: [00013] Re:[ネット紛争解決]

多様性というのは存外やっかいな問題で、実は多様性を尊重することと、平等という こととはうまく調和させることが極めて困難であるのが現実社会の在りようでしょう 。これがサイバースペースにおける多様性ということになると、私にはまだよく分か りません。
ただ、福富さんの上記の手法ですと、個人は現実社会とサイバースペースとで別人格 になることになってしまいませんか。これってかなり苦しいことなのでは :-)
別人格じゃなくてもいいんじゃないですか。ボランティアとかNGO活動を奨励してい る企業もありますが、別人格化を要請しているわけじゃないですね。世の中にはいろ んな人がいる、っていうことの延長でしょう(^^)

From: 古川 泰弘
Subject: [00015] Re:ネット紛争解決


アブスト:
第三者的な中立した機関に機能として求められるのは、 ネット上の情報を時間軸で証明できること。
高木様の司法の紛争解決手段を抜きにして、ネット紛争の第三 の道を探るつもりでいったわけではないのです。しかしネット上 における紛争(正確にはネット特有かな)では、そのような機関 が必要な印象をもったのです。
たとえになるかわかりませんが、こんな事例もあります。
1. 国内A社が、アメリカB社と電子メールでB社製品の輸入交渉をした。
2. A社は、定価より安く製品を仕入れることができ、国内で販売を開始、儲けた。
3. ところが第三者から「安くしたのは、税金をごまかすためだ」とクレームがつけられた。
4. (1)の頃の昔の電子メールなんて、捨ててしまった人が多く、A社は、困ってしまった。(今でも、困っている)
こんなとき、ネット上の情報に対し、時間軸で保証できる機能があればいいんです。
よって、私としては、紛争解決解法のひとつとして、時間軸でデータ保証が行えることが必要だと思うのです。
システム的には、検索エンジンに時間軸を追加したような、まぁ、「タイムマシン型 検索エンジン」。もしくは、テープレコーダーのような、「ネット型レコーダー」が早急に必要だと思います。認証局を拡張したイメージかな。
誰が、そのような権限で使用するのか?という点については、既存の司法に基づいていればいいと、漠然とした考えです。

From: 田中 辰雄
Subject: [00016] Re:ネット紛争解決


田中辰雄です。
古川さんの指摘された問題点について一言。
From: 古川 泰弘
Subject: [00015] Re:[ネット紛争解決]

アブスト: 第三者的な中立した機関に機能として求められるのは、ネット上の情報を時間軸で証明できること。
この第三者機関は電子公証人という形で進められています。アメリカでは一部商用サ ービスが始まりました(Surety社、Netdoc社)。日本でも試みはあるのですが、官庁 プロジェクトになっており、実用まで進んでいません。残念なことです。

From: 古川 泰弘
Subject: [00017] Re:ネット紛争解決


田中様、ご指摘 ありがとうございます。
残念ですが、タイムマシン型は色々検討して、提案したりしています。官庁プロジ ェクトでなく、民間で似たシステムを構築するような気がします。
将来、外国の電子公証人(?)システムを国内のネット紛争に依存するのはちょ っとさみしいですね。

From: 高木 寛
Subject: [00018] Re:ネット紛争解決


高木です。
同じ「ネット紛争解決」という言葉ですが、それぞれイメージが違うのですね。福富さんの考えているのはどちらかというと、インターネットの運営とそれと衝突するポリティカルな面ですね。高橋さんのドメインをめぐる紛争は、弁理士の人たちから意見が出ていたと思いますが、これもインターネットの運営の問題と考えて良いのでしょうか。そこでは、人権を侵害するかという問題は出にくいと思います。ただ、ドメインの財産性を認めればこれも人権ではあります。
しかし、私が気にしているのは、第三の道をとることで人権が損なわれることがないかという点です。NGOが人権を侵害しないという保障はどこにもないのです。第三の道を作ることでリアルの世界よりも人権が侵害されてしまったのでは、やはり困るわけです。 例えば、名誉毀損について、もめ事が多いし、それをプロバイダが判断すると検閲になるから第三者機関を作ったらどうかという議論があります。しかし、名誉毀損の問題は表現の自由と名誉との微妙なバランスの上で考える必要があります。あちら立てればこちらが・・という関係です。どちらに偏っても人権が侵害されてしまいます。公文先生がおっしゃるような、説得と誘導であっても、最初の判断を間違えてしまうと人権を侵害する方向に誘導してしまうことになります。
たしかに第三者機関が必要な領域はあると思いますが、あまり多様性を追求していくと、かえって人権を狭めてしまう可能性があります。また、安易に第三者機関に持っていくのは人権面の危険性をはらんでいます。やはり必要性を明確にして、どのような組織が、どのような効果(力)を持つのがよいか緻密に検討すべきだと思います。 少し論点がずれると思いますが、実際に名誉毀損の被害者が民事で困っているのは、インターネットの匿名性で加害者を特定できないことじゃないかと思います。民事訴訟を起こそうにも通信の秘密の保障がネックになって、できないという事態です。ただ、通信の秘密の保障を壊すわけには行かないですから、白黒はともかくとして少なくとも訴訟を起こす程度の名誉毀損はあるかなど、匿名性を解除する判断をする準司法的な第三者機関のようなものは、郵政省の報告書にも書いてありますが、あっても良いのかもしれません。

From: 杉井 鏡生
Subject: [00019] ジャーナリズムの未来


杉井です。
[ジャーナリズムの未来]
コーディネータがSubjectの数ばかり増やしてすみません。 山崎さんが「サイバースペースではジャーナリズムは必要悪ですらなくなるだろうとも予想しております。」と書かれたのに興味を持ちまして、つい、みなさんご意見を伺いたくなりました。
ここでは、ジャーナリズムという言葉を少し幅広く捉えて、現在、新聞、雑誌、放送などの報道機関が行っているニュースの調査・取材・編集・報道や、論説、評論などの社会的な情報活動が、サイバースペースのなかでどのように変わっていくのか(または変わらないのか)、ということをお聞きしたいと思っています。
これはジャーナリズム側としてどうなるかという問題でもありますが、サイバースペースの住人としても、どのように社会的なニュースをキャッチし、どういう形で判断の材料を獲得していくかという問題でもあろうかと思います。

From: 古川 泰弘
Subject: [00020] Re:ジャーナリズムの未来


From: 杉井 鏡生
Subject: [00019] ジャーナリズムの未来

[ジャーナリズムの未来] コーディネータがSubjectの数ばかり増やしてすみません。
山崎さんが「サイバースペースではジャーナリズムは必要悪ですらなくなるだろうとも予想しております。」と書かれたのに興味を持ちまして、つい、みなさんご意見を伺いたくなりました。
ジャーナリズムに大きな変化は訪れると思っています。
ホームページや電子メールで、誰でもオンライン新聞モドキを出せるようになっても、信頼できるメディアへの期待はさらに高まると思います。しかし、それはブランドであって、コンテンツの質の維持という点では、厳しくなっていくだろうと感じてます。
個人的には、外国のジャーナリズム(新聞レベルでさえ)が日本市場に参入することは時間の問題だと思います。

From: 坪田 知己
Subject: [00021] Re:ジャーナリズムの未来


 私は89年に『中央公論』に「創造型社会への情報革命」、今年『Voice』2月号に「『電子新聞』という幻影」という論文を書きましたが、マスメディアとかジャーナリズムはこれから大きく変質すると思います。
 大きな要因は、時間・空間を超えて、しかも個別に伝達できるメディアが成立しつつあるということです。
 たとえば、放送局は郵政省からの免許で権利を守られています。新聞は、輪転機や宅配網といった設備と、長年にわたる人材養成で成り立っており、ある程度の部数(20-30万部か)がなければ採算がとれません。
 インターネットのホームページは、現在世界中でホームページのみで採算がとれているマスメディアはありませんが、それほどの損失も出ないのです。つまり参入障壁が低いのです。
 そこで、マスコミだけでなく、多くの企業や個人が「メディア的振る舞い」や「新たなメディア」の夢を見ているという状況だと思います。
 この会議での論点は1)中立的視点を提供してきたかどうか、2)ネットワークの世界で、技術、製造、インフラ、政策、政治のレベルからコンテントをどう独立させられるか3)現在、新聞、雑誌、放送などの報道機関が行っているニュースの調査・取材・編集・報道や、論説、評論などの社会的な情報活動が、サイバースペースのなかでどのように変わっていくのか(または変わらないのか)−−−というところです。
しかし、私は、
これはジャーナリズム側としてどうなるかという問題でもありますが、サイ>バースペースの住人としても、どのように社会的なニュースをキャッチし、どういう形で判断の材料を獲得していくかという問題でもあろうかと思います。
 という杉井さんの発言が、実はすべてのキーだと思います。
 すべての産業が、当初は商品やサービスの希少性から、供給者優位でスタートしながら、最終的には需要家優位に対応せざるを得なくなるように、メディアもその屈折点を通過する局面に来ていると思います。
 現在、インターネットでのメディア・ビジネスは「放送型」です。つまり、広告のみが収入なのです。この形態はメディアにとっては好ましいものではありません。情報を得る人が対価を支払うことが事業のベースであり、広告は付加的なものと考えるべきだと私は思います。そうでなければ「中立性」を保つのが難しくなるからです。
 メディアビジネスの最大の基礎は「読者の信頼」です。それが購読料、購読者数になり、読者のエージェントとして、取材し、情報提供が出来るのです。だから、インターネットでもユーザーへの課金が成立しなければ本当のメディアは成立しないと思います。
 この世の中で「情報」と称するものは山ほどあります。噂や流言を書くのなら、いくらでも情報は作れます。
 実は、メディアの役割はフィルタリングであって、雑多なものの中から、役に立つ情報を選別するという言い方もできると思います。
 今後の大きな変化は、「大衆」という漠然としたものでなく、「あなた」という特定 個人とメディアの関係です。
 よく「ウルグアイラウンド対策費は無駄遣い」などといいますが、農業をやっている人、地方で建設業をやっている人にとって、そういう言い方はどうなのでしょう。
 「中立」とは、どういうことなのか。単なる責任回避ではないのか・・・など、メディアの本質が、ネットワーク時代にえぐり出されると思います。
今回は「個別化がキー」という問題提起で留めます。
 再度、議論の深化を見ながら、発言していきたいと思います。

From: 水野 隆一
Subject: [00022] Re:ジャーナリズムの未来


From: 杉井 鏡生
Subject: [00019] ジャーナリズムの未来

[ジャーナリズムの未来] コーディネータがSubjectの数ばかり増やしてすみません。
山崎さんが「サイバースペースではジャーナリズムは必要悪ですらなくなるだろうとも予想しております。」と書かれたのに興味を持ちまして、つい、みなさんご意見を伺いたくなりました。
非常に難しい問題だと思います。教科書的に考えれば、サイバースペースのおかげで情報発信者が爆発的に増えるため、良質の報道も粗悪な報道も幅が大きく広がり、既存のジャーナリズムが埋没してしまうとも考えられます。その結果、個人(受け手側)の情報取捨選択力が問われる、ということに。
ただ、実際問題としては、粗悪な報道が増え、既存のジャーナリズムの信頼性が相対的に増してくる(古川さんのおっしゃるブランド化)可能性が考えられます。
もっとも、もともとマスコミというのは、単に客観的な事実を広く知らせるという機能だけではなく、報道者の主観により世論を一定方向へ集約していくという機能があります。サイバースペースの多くは基本的にマスなミニコミですから、世論を一定方向へ集約していくという機能は果たしづらいのではないかと思います。その意味では、相変わらずジャーナリズムは必要悪として存在し続けるのでしょう。
ここで言うサイバースペースというのは、個人を中心とした情報発信者を指し、従来のマスコミがネットを利用した場合のことを想定しておりません。後者は単に紙媒体がデジタル化されただけと捉えますので。

From: 築地 達郎
Subject: [00023] Re:ジャーナリズムの未来


私の経験に関する情報を提供させていただきたいと思います。
【サマリー】
(1)ジャーナリズムの基本機能は「不特定多数の人々に一斉に情報を提供すること」であり、本質的にマスメディアと不即不離の関係にある。したがって、パーソナルメディアが基盤となるサイバースペース上ではジャーナリズムは成り立ちにくい。
(2)逆に、電子新聞においては読み手と書き手とが直接出会う環境ができるため、一種のサロンが生まれる。
(3)電子新聞には“値ごろ感”がない。
私たちは2ヶ月前に「紙の」地域経済紙「日刊京都経済」を創刊したばかりですが、創刊のためのマーケティング活動を兼ねて96年春から97年春までインターネットを活用して電子新聞を発行した経験があります。
私を含めて4人のライターが集まり、当初は一日一本、後半は一週間に4本の記事を電子メールとホームページで配信しました。内容は主に京都で活動する「元気な企業」「元気なお店」の経営戦略に関するニュース記事やインタビューものです。 やってみた経験から得られた結論は上記のとおりです。
ジャーナリズムとは何か、という議論にはいろんな流儀があると思いますが、杉井さんのご提案に反してあえて狭く定義を取るなら、権力に対するチェックというジャーナリズムの基本機能は変質せざるを得ないと考えます。
いずれにせよサイバースペースは「外のない世界」ですから、ジャーナリストにとっては、インサイダーの立場からどこまで“報道”を行えるのか、あるいは「自分たち自身」に対してジャーナリストはどこまで迫れるのか――という課題を非常にプリミティブな形で突き付けてくるように思います。(1に関して)
一方でメディアビジネスとしてのジャーナリズムを考えるならば、事務局の関口編集委員が非常に重要な成果を上げておられる「サイバーブレインML」のように、パーソナルメディアを導入することにより既存の一方通行メディアを補完して新しい価値を生み出すことが可能だと思います。(2に関して)
ビジネスモデルとしては安定的な収益を確保するうえで紙メディアの存在は重要です。もちろん紙メディアだけでは既存のマスコミと同じですが、他方で多方面に一斉に発信されるニュースという性質の情報に「適正な値段」をつけるのは非常に難しいと感じました。パーソナルメディアでは「あなただけの情報」に大きな価値が認められるという傾向が強いように思われます。(3に関して)

From: 福富 忠和
Subject: [00024] Re:ジャーナリズムの未来


福冨です。
一応ジャーナリストとも言われるので、まとまらないのですか、コメントします(^^;)
From: 築地 達郎
Subject: [00023] Re:ジャーナリズムの未来

[ジャーナリズムの未来] (1)ジャーナリズムの基本機能は「不特定多数の人々に一斉に情報を提供すること」であり、本質的にマスメディアと不即不離の関係にある。したがって、パーソナルメディアが基盤となるサイバースペース上ではジャーナリズムは成り立ちにくい。
うーんと、ちょっと抵抗のある考え方です。「不特定多数の人々に一斉に情報を提供すること」というのは「マスメディア」の定義ではないですか。ジャーナリズムの方でのジャーナリズムの定義はもっと牧歌的で、先にポストした「中立公正な報道を心がけようとする姿勢」といった感じが支配的なように思います。
ただ、ジャーナリズムが成立するためにマスメディア(メディア産業)と周辺の広告業界や通信社が成立しなければならなかったのは確かだと思います。
マクロに言えば、新聞や放送などのメディアが大産業として成立する要因としては、コーヒーハウス的な市民的な公共圏の成立だけでなく、その後の報道統制と、さらにそこからの自由の確保の過程が必要だったというのが通説でしょうが、それらは技術要件併せて、やはり旧来のメディアの配信が地理的な条件に縛られていたということと、生産自体のコストが低くなかったということがあると思います。
戦前の日本の新聞発行数は現在の数倍と言われていますが、それが戦争期に、紙配給をベースにしたメディア統制によって、大手+一県一紙体制になり、それが戦後自由になったときに、広告や購読ニーズから、それぞれマスな読者と収益を確保するに至った。ラジオやテレビもNHK+地域別民放の認可行政がうまくいって、数社の大手が共存する現在の体制、さらにはキー局中心のネットワーク化にいたった。ということはできます。米国などは、新聞についてはこういう時期がなかった結果、有力な全国紙はなかなか育たなかったのではないでしょうか。これに対して、インターネットの現在の段階は、戦前の新聞みたいなもので、瓦版以来のものが乱立している状況でしょうか。
しかし、インターネットは、発行コストがえらく低い。地理的限界を持っていない。インタラクティブ。などの点で、既存のマスメディアと形態と違います。ここに従来の手法で、政策的に大きなメディア産業を育成していくのは、難しいでしょう。
また、単にコンテントのレベルでの需要者オリエンテッドということならば、ジャーナリズムというより、一般の大手出版社がすでに採用していますが、
From: 築地 達郎
Subject: [00023] Re:ジャーナリズムの未来

[ジャーナリズムの未来] (2)逆に、電子新聞においては読み手と書き手とが直接出会う環境ができるため、一種のサロンが生まれる。
という部分が大きいのかな、という気がします。この時、従来のジャーナリズムが担ってきた、市民の利益代弁性とかオピニオンリーダー性みたいなものが、このインタラクティブな過程で、どこまで処理できるか、というのが問題かも知れません。
ハワード・ラインゴールドがHotWiredを抜けてはじめたElectric Minds(www.minds.com)が、HotWiredとの対称で、参考になりそうですし、ECの方でも話題になっているインタラクティブなマーケティングの要素も重要かも知れません。マッキンゼーの人が書いた「Net Gain」という本なども参考になりました。
こういう中で、ちょっと気になるのは、エンドユーザーからの情報発信の自由度が、相対的に奪われていることです。現在は大手企業も個人のホームページも情報として並列されていますが、新しい技術---たとえばプッシュ、ADSL、衛星接続、データ伝送波の利用など、すべて、いわば非対称の技術をベースにしていて、エンドユーザーにとって、受信には便利だけど、発信は相対的に不自由になっています。これがどういう結果をもたらすかは、まだちょっと見えていませんが。
個人的には、ジャーナリズムとかマスメディアというフレームより、現在の中小から大手までの出版社の機能に近いものをインターネットに期待しています。昔、私が出版社につとめていたときは、「出版社の99.99%は小企業。出版市場と豆腐市場は規模が同じ」というのが通説でしたし、未来社の社長さんが「読者1000人論」というのを唱えていました。現在でも研究領域の専門書は、そんな市場がベースでしょうから、ここにネットワークの力によるブレークスルーがないものかと思います。再販制度の問題もありますので。

From: 小池 良次
Subject: [00025] Re:ジャーナリズムの未来


小池です。
1)中立公正な報道はジャーナリズムの最大のウソ。インターネットでも同じ。
2)インターネットが出てきて大手新聞やニュース雑誌は益々、強くなっている。
3)インターネットが通信手段として世界中どこでも迅速に伝搬できることと、情報自体 の価値とは違う
From: 福富
Subject: [00024] Re:ジャーナリズムの未来

でのジャーナリズムの定義はもっと牧歌的で、先にポストした「中立公正な報道を心がけようとする姿勢」といった感じが支配的なように思います。
ただ、ジャーナリズムが成立するためにマスメディア(メディア産業)と周辺の広告業界や通信社が成立しなければならなかったのは確かだと思います。
ジャーナリズム論における最大のウソは「中立公正な報道」といったセールスキャッチを大手メディアが平然と口にして、読者もついそう思っていることです。
残念ながら「ウソをつかない。誤解もあるので記者が正確に把握するために裏をとる。訂正は素直にする」という記事を書くための正攻法を実践しても人である以上「中立公正な報道」はできない。
大体「中立公正(虚構ですが)」と「世論形成(メディアの価値)」は常に相互に葛藤する概念で、もっとひどいときは「中立公正」と「誤報」や「世論形成」と「誤報」という構図もあります。繰り返しますが人がものを書く以上、中立公正な報道はない...と思います。
逆に、[gisj-net 80] で坪田さんが書かれているように「メディアの役割はフィルタリングであって、雑多なものの中から、役に立つ情報を選別する」ことが本質のように思えます。
つまり同じ事件や現象を様々な独自の観点から(=フィルタリング)して読者に提供する。(これがジャーナリズムのチェック機能に結びつきます)加えてインターネットができて企業から直接発表ができるので、余計多くの観点が提供されることになります。
色々な観点の記事に目を通す人もあれば、一定の記事だけの観点だけで済ます人もいる。そこで様々な価値観の波紋が起こるわけです。
この点、既存ジャーナリズムの現象はそのままインターネットでも引き継がれるのではないでしょうか。
一方、インターネットが出てきて大手新聞やニュース雑誌は益々、強くなっているように感じます。
From: 水野 隆一
Subject: [00022] Re:ジャーナリズムの未来

「非常に難しい問題だと思います。教科書的に考えれば、サイバースペースのおかげで情報発信者が爆発的に増えるため、良質の報道も粗悪な報道も幅が大きく広がり、既存のジャーナリズムが埋没してしまうとも考えられます。」
ということは当分ないと感じています。報道は金が掛かります。組織がないと継続的にできない商売と思うのです。またこれだけ多様な雑誌や書籍、新聞があると読者の目は肥えたもので、小規模でやるには、
1)ニュースレター型:非常に限られた狭い分野に集中して取材報道する。読者も限られた人だけを相手に、単価も高い方式でやる。しかし高度な専門知識が必要。(福富さんの「読者1000人論」に通じる?)
2)クリップ&ペースト型:独自の視点を出す一方、多くのホームページがAPなど大手からニュースを買っているように、サイバースペース上でクリップ&ペーストする方法。(これを築地さんは実践されている?)が理にかなってます。
もう一つ、インターネットで既存勢力が強くなったと感じる理由はインターネットと 既存メディアの補完現象です。
ここ数年でウォールストリートジャーナル、サンノゼマーキュリー、MSNBC、CNN、ESPNスポーツゾーンなどを取材してきましたが、最近の米国では新聞や雑誌などは、既存のプリント用取材・編集部隊とインターネット用編集部隊が一体化する方向にあります。(あるいは非常に緊密な関係を維持している)テレビも同様です。
今後短期的な動きとしては取材編集者は同じで、出る形態が印刷or放送+ホームページという関係です。逆にホームページで機動力、フィードバック力など既存メディアにない特性を追求している編集者が多いように感じます。この場合、従来のジャーナリズム観をそのままインターネットでも展開するんだろうなと思ってます。
また、この既存メディア強化現象を考えてい見ると、インターネットは時間や空間から逃れられないという当たり前の事実にぶつかります。
米国ではオンライン発行が増えてきてローカルニュースの復権が大きな流れになっています。シティーガイドや地域ミニコミ紙に先行されて、いまや大手メディアがこぞってローカルニュースに力を入れています。実際、読者が集まるからです。
つまり近くのスーパーで大安売りする情報は距離が近いので大きなインパクトを読者(たとえば日本の主婦)に与えます。逆にアメリカからは大統領とインターンのセックススキャンダルぐらい大きくないと主婦の関心を得ないでしょう。
読者は24時間しか時間を持っていません。インパクトによってその限られた時間を割り振ります。そこでこれまでディアはでかい出来事を追う宿命にありました。このでかい出来事を追うには金と組織が必要です。そして今、インターネットのおかげでローカルニュースの配信もしなければならなくなったわけです。(これを補完と見るか追加と見るかは、意見が分かれるかも知れません)
いずれにせよインターネットが通信手段として世界中どこでも迅速に伝搬できることと、載せる情報自体の価値とは違うということを示唆しているように感じます。情報は距離(=物理的、文化的両面で)によって級数的に価値(=インパクト)がさがります。(ボクはこれを情報力学と勝手に名付けてます)
たぶんインターネットでマスメディアが変わることはない。また新聞もテレビもインターネットもジャーナリズムの本質は同じと見ます。

From: 杉井 鏡生
Subject: [00026] Re:ジャーナリズムの未来


杉井です。
[ジャーナリズムの未来]
要旨
1.サイバースペースでもジャーナリズム的な活動の必要性はある
2.サイバースペースでは、マスメデイア以外にもジャーナリズム活動の余地が広がる可 能性がある
3.しかし、その可能性はまだ未知数である
突発的に立ち上げたテーマでしたが、古川さん、坪田さん、水野さん、築地さん、福冨さん、小池さんと、沢山の発言をいただきまして感謝しおります。
発言のなかで興味を引いたのは、築地さんの「サイバースペースは「外のない世界」ですから、ジャーナリストの立場からどこまで”報道”を行えるのか」という話でした。
たしかに、すべてインサイダーとしての当人が情報を発信し、サイバースペースの住人が個別にそれと向い合うことだけで全てが完結する世界になれば、第3者としての報道はなくなりそうです。そこではジャーナリズムの基本機能が大きく変わるかも知れません。
社会的な情報発信としての自己言及の豊饒さは、サイバースペースの持つ非常に面白い特色であり、いままでのメディアにない魅力となっているように思います。それだけに築地さんの発言は納得いくところがあります。
しかし、サイバースペースでも、築地さんの言われるような「権力に対するチェック」を含めて、第3者が社会的な出来事を他者に知らせるための活動の必要も引続きあるように思います。これは報道をする側だけでなく、受信する側にとっても求められると思うのです(坪田さんや小池さんの言われたフィルタリングという要素もこれに含まれるかも知れません)。もしそうであれば、そこにはインサイダー以外による報道が成り立つのではないでしょうか。
その役割を果たすのは誰か、ということを考えると、従来の社会ではマスメディア機関がもっぱら担っていたのに対して、サイバースペースでは、むしろ、マスメディア機関以外にも、ジャーナリズム的な役割を担える主体が広がるように思えます。これは同時に、既存のジャーナリズム機関を含めたジャーナリズム間の相互批評の期待もできます。どうでしょう。
ただし、理屈の上ではそうであっても、古川さんのいわれるように、情報はブランド性が存在価値を決めるとすると、サイバースペース上にできるマスメディア機関やなんらかの権威者だけにむしろ集中してしまう可能性もないではありません。
もっとも、築地さんのいわれるように”適正な値段”をつけずらいということになれば、サイバースペース上だけのマスメディア機関や専業ジャーナリズムはそもそも成り立たなくなる可能性もあります。これは坪田さんの指摘された現行の電子新聞の広告依存度の高さの問題とも関連して検討すべき課題ですね。

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