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B. EC部会

   「エレクトロニックコマースの新展開 ―経済構造改革へのシナリオ」


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1998年1月19日〜1月27日


From:三石 玲子
Subject: [00001] 市場規模


今日は。悲観論者、日本特殊論者の三石です。
B to Cの市場予測に関しては、アメリカと日本とは全く異なると思っています。
●ちなみに97年相当分の日本市場の乱暴な試算をしますと、
1)インターネットユーザー数
・1080万〔IDC;97末)
・860万(日経マーケットアクセス:97.9,内ウェブユーザー550万)
2)ショッピング経験率
・40.7%(日経マルチディア:97.12)
・35%(ECN:97.12)
3)平均年購入額
・26600円(ECN97.12)
4)楽観論で計算しますと
1080×0.407×26600円=1169億円
5)悲観論で
550×0.35×26600円=512億円
ちなみに店舗ベースで計算すると
・店舗数=7573〔野村総研最新)
・1店当たり平均年商(これが数字がなくて通販協会97.3から試算して月商37万)
・7573×37万×12ヶ月=336億
●見解
1)個人的には最後の数字(336)を取っています
2)人口、経験率は増えるが3)の購入額を増やすのが難問〔客単価向上)  (ちなみに通販利用者の年間購入額は4.8万位だと思います)
3)2000年時点で2000億と予測しましたが、これは同時点の通販規模を2.5兆、 店舗小売業規模を150兆とすると、それぞれ8%、0.13%程度のシェア
4)故に当面はBtoCの位置づけは選択肢の多様化以外の何物でもない 流通構造を変えるほどの力は持たない(ただし質的な影響は大)
5)故に既存通販、リアル小売業との明確な差別化が必須
4)、及び5)についてはまた別途問題提起します。 /TD>

From: 田中 辰雄
Subject: [00002] Re:市場規模


EC部会の皆様、田中辰雄です
三石さん、どうも日本の数字をありがとうございます。
三石さんのあげた97年のBtoCの市場規模336億と、2000年の予想値 2000億円を、小池さんのあげたもらったIDCのBtoCの数字、3928.4百万 ドル(97年)、28,366.0百万ドル(2000年)と比較すると、日本の市場規模は ほぼアメリカの10分の1になります。人口比が1対2ですから、一人当たり では5分の1ですね。確かに小さいです。
この小ささは日米の通販規模の差で説明出来るでしょうか? 三石さんに よれば、日本の通販購入金額は一人あたり4.8万円くらいとのことですが、 アメリカはいまどれくらいなんでしょう?
それと日本における通販の最近2、3年の伸び率は、この不況下でかなり 高いと聞きましたが、事実でしょうか。
どなたか分かる方がおられましたら、フォローお願いします。対消費者向け ECは既存の通販と似てる面があるので、通販での経験は参考になると思 われます。

From: 三石 玲子
Subject: [00001] 市場規模

4)故に当面はBtoCの位置づけは選択肢の多様化以外の何物でもない 流通構造を変えるほどの力は持たない(ただし質的な影響は大)
5)故に既存通販、リアル小売業との明確な差別化が必須
4)、及び5)についてはまた別途問題提起します。

From: 藤元 健太郎
Subject: [00003] Re:市場規模


From: 田中 辰雄
Subject: [00002] Re:市場規模

三石さんのあげた97年のBtoCの市場規模336億と、2000年の予想値 2000億円を、小池さんのあげたもらったIDCのBtoCの数字、3928.4百万 ドル(97年)、28,366.0百万ドル(2000年)と比較すると、日本の市場規模は ほぼアメリカの10分の1になります。人口比が1対2ですから、一人当たり では5分の1ですね。確かに小さいです。
日本の数字ですが,三石さんの数字に以下の二つの要素は加えてもいいと思います。
・NIFTY(年間で100億は越えていたはずです)
・アダルト関連販売(弊社野村総合研究所のオンライン店舗数
 (http://www.ccci.or.jp/cbcb/cb_stat.html)にはアダルトサイトがほとんど  カウントされておりません。)
ちなみに私は97年度で490億円と計算しております。

From: 田中 辰雄
Subject: [00002] Re:市場規模

どなたか分かる方がおられましたら、フォローお願いします。対消費者向け ECは既存の通販と似てる面があるので、通販での経験は参考になると思 われます。
上記に対する私の意見ですが,日米の通販市場の構造はかなり違いますので, 日本のECは既存通販マーケットの単純な代替とは考えない方がよいと思います。 日本の既存通販マーケットは8割が女性に支えられておりますし,千趣会,セシール 等の衣料品,雑貨が大きなシェアを占めております(上位6社で32%,95年)。
また,これらの購入構造を分析しますと,複数の人々とコミュニケーション (会社の仲間,家族,近所の奥様同士等)をとりながらの購入も多く,こうした購入 はある意味でのエンターティメント性を持っておりますので一人でパソコンに向かい ながら購入するこれらの市場の移行は厳しい側面があるかと思います。
一方共働き等で忙しい,郊外立地などの要因から利便性を求めて広く生活用品一般 をカタログ,CATV等の通販で購入しているような米国では効用の高いオンライン ショッピングへの代替は急速に進むのではないでしょうか?
ですから,日本ではオンラインショッピングで初めて通販を経験したような男性 利用者も多いようです(男性の通販経験率は2割,女性は5割)ので,日本の場合は ECは既存通販市場代替ではなく,既存店舗市場からの代替や新規の市場としてまず 立ち上がっていくと考えられます。

From: 三石 玲子
Subject: [00004] Re:市場規模


●上記意見に賛成です。日本の既存通販、小売業者はウェブ通販にかなり懐疑的です。
1)日本の通販はボリュームゾーンのオバチャン通販から都市型への移行途上
2)アメリカ通販はタイムコンシャスなスマートショッパー向けに移行
3)ターゲット、通販の質の差が大きすぎる
4)一方スマートショッパーがウエブユーザーでもあるアメリカと 理科系オタク(失礼)が依然目立ち、女性はクローズドなキャリアウーマン ぽいおねえさんに限定される日本とのユーザーの質の問題が存在。
5)ただし通販のノウハウ〔ダイレクトマーケティング)は厳然とウェブにも 適応されるだろうと思いますが。

From: 田中 辰雄
Subject: [00005] Re:市場規模


From: 藤元 健太郎
Subject: [00003] Re:市場規模

・NIFTY(年間で100億は越えていたはずです)
・アダルト関連販売
なるほど、パソコン通信とアダルトがありました。これらを含めると藤元さ んの試算では490億円ということですね。ここまでの話をまとめると、大 雑把な試算として、対消費者向けのECの日本での売り上げは総額で 300億円から500億円、一人で当たり比較してアメリカの2割から3割 程度と考えておけば良いということになりそうです。
日本でも通販が伸びているならECにとって明るいニュースではと思った のですが、藤元さんと三石さんのお話によれば、通販利用者の質の差が 日米で大きいようですね。それゆえ、アメリカのように既存の通販利用者 が大挙してECを始めることはない。既存の店舗販売利用者を取り込んで いくほかないので時間がかかるだろうと。なるほど、通販の現状がそうであ れば時間がかかりそうです。
どなたか他の方でこの慎重論(現実論)にコメントのある方がおられませんか? こういう可能性もあるのではないか、とか。あるいはここを変えればもっと普及するとかいうご意見があればおよせください。
ところで、企業間取り引きBtoBの方はどうでしょうか? 日本ではイントラネットが大はやりと聞いたので、こっちの方は対消費者向けより増しなんではないでしょうか。これもどなたか知見をお持ちの方がおられましたらお願いいたします。

From: 川島 昭彦
Subject: [00006] 詐欺と事故時の責任


さて、認証局を生業としている者として、気になっていることがいくつ かありますが、最も気になっている点について下記いたします。
それは、ECで詐欺的な行為により大人数に大きな被害が出たとき に、誰が責任を取るのだろうか、という疑問です。多くの場合、ECは 公開鍵を用いたセキュリティプロトコールの上で、情報のやり取りが なされるでしょうから、認証局も何らかの形で関わってくると思われ ます。例えば幼稚な例ですが、凄く魅力的なwebページを用意して、 100万円の金の壷を売るお店が現れたとします。何千人もの人から 注文とお金を受け取った後で、お店がweb上から姿を消し、そんな 実体は無かった等といった場合、被害者の会は誰を訴えれば良い のか、といった問題です。店は外国の場合もあるでしょうし、実際に は、もっと高度な仕掛けを考える人が出てくる可能性があると思い ます。お店の持ち主が悪いのは当然なのですが、その店を出して いたホストサービスの会社や、インターネットプロバイダーはどうな のか、認証書を発行した認証局はどうなのかといった点での、ある 程度のコンセンサスが見えてこないと、ECの広がりの阻害要素と なるのではと懸念しております。
つい昨日も、インターネットを通じて本物のピストルが売られている ことがニュースになっていました。

From: 田中 辰雄
Subject: [00007] Re:詐欺と事故の責任


詐欺や事故生じたときの責任の問題を提起していただきました。

From: 川島 昭彦
Subject: [00006] Re:詐欺と事故時の責任

お店の持ち主が悪いのは当然なのですが、その店を出して いたホストサービスの会社や、インターネットプロバイダーはどうな のか、認証書を発行した認証局はどうなのかといった点での、ある 程度のコンセンサスが見えてこないと、ECの広がりの阻害要素と なるのではと懸念しております。
確かに問題が生じたときの責任の所在が明確でないとEC立ち上げ がくじかれます。この点はどうなのでしょうか。
1)ホストやプロバイダーに責任を負わすべきではない?
2)買手の責任を大きくする?
3)優良店の認定制度のようなものをつくる?
4)国際的な詐欺等犯罪の取り締まりルール?
何かこの点でお考えのある方、あるいは実際の実践中の方がおられましたら、 一言お願いいたします・

From: 藤原 宏高
Subject: [00008] Re:詐欺と事故


From: 田中 辰雄
Subject: [00007] Re:詐欺と事故時の責任

確かに問題が生じたときの責任の所在が明確でないとEC立ち上げ がくじかれます。
全く同感です。
インターネットのホームページを舞台にして詐欺事件が発生しており、かか る消費者の不安心理から、インターネット上の電子取引きが大きく広がらな い、とも言われております。かかる指摘が正しいか否かはさておき、ホーム ページ上の仮想店舗で商品を注文したが、商品が届かない、代金のみが口座か ら引き落とされた、注文したホームページがなくなっていた、といった被害は 世界的に広がる気配を見せています。
犯罪を職業とする人が存在する、こんなショッキングな事実を日本人は理解 できるでしょうか。平和で安全な日本に住んでいる我々にとっては、本当かと 疑いたくなる事態ですが、世界的な認識としては当然のことかと思われます。
インターネットは世界をボーダーレス化してしまうので、世界中の犯罪者た ちは、もっともセキュリティの弱い国を狙うものと考えられます。したがって インターネット上の電子商取引も、かかる犯罪者たちから狙われても大丈夫な 仕組みが必要であると思われます。このハードルを超えない限り、電子商取引 は爆発的には広がらないと思います。なぜなら、電子商取引のリスクをすべて 消費者に負わせる限り、少しでも心配のある消費者は、自己防衛上、電子商取 引きを行わない、という形で対応するであろうと予測されるからです。これは 消費者の選択であり、かかる消費者の選択を誤りであるといって否定すること はできません。
したがって、答えにはなっていませんが、かかる消費者心理を前提として、 取引の拡大するシステムを考える必要があると思います。

From: 田中 辰雄
Subject: [00009] Re:詐欺と事故


From: 藤原 宏高
Subject: [00008] Re:詐欺と事故

なぜなら、電子商取引のリスクをすべて 消費者に負わせる限り、少しでも心配のある消費者は、自己防衛上、電子商取 引きを行わない、という形で対応するであろうと予測されるからです。これは 消費者の選択であり、かかる消費者の選択を誤りであるといって否定すること はできません。
したがって、答えにはなっていませんが、かかる消費者心理を前提として、 取引の拡大するシステムを考える必要があると思います。
弁護士である藤原さんのところには、すでに苦情などがよせられているわけで、 その立場からのご心配はよくわかります。セキュリティが守られないとECの拡大 に(強弱の判断は別として)ブレーキがかかるだろうという点にはおおむね賛同 が得られると思います。
で、問題は対策です。先ほどのアメリカと日本の違いを念頭に置くと次の二通り のやり方があるように思いますがどうでしょう。
1)できるだけ間違いのないシステムのために国が基準をつくる。 実証実験を念入りに行い、安全性について国がチェックする。
2)基準づくりも(複数の)民間が行う。 政府は後追いで民間の基準を追認する。
1)は事前予防型で2)は事後対策型とでも呼べばよいのかもしれません。こう分けたときどちらの対策をとるかで、状況は変わってくると思われます。両者ともに一長 一短あり、たとえば消費者が負うリスクについては1)の方が小さいですが、多数の 試みを早く試行錯誤するためには2)の方がよいでしょう。藤原さん、あるいは他の 方は、ここらあたりについて、いかがお考えでしょうか。

From: 磯崎 哲也
Subject: [00010] Re:詐欺と事故の責任


磯崎@長銀総研です。
■要約
● サイバーな社会でのビジネスを考える場合には、「信用」という情 報処理が、どのように行われるかについて考える必要がある。
● この場合の「信用」は、公開鍵の認証というようなレベル、金を払っ て大丈夫かというようなレベル、その他客観的には評価しにくい、 より抽象的なレベルと、いろいろ階層の異なるものを含んでいるの で、区別して考える必要がある。
● 膨大な情報処理や定性的な評価が必要なサービスほど、マーケット は1〜2社の寡占構造に近づいて行く。 つまり、インターネットなどの「ツール」は分散処理的になっても、 逆に、業界構造は集中化が進むことが予想される。
● B to Cが発達した社会において、お店や消費者が相互に信用しあう ためのインフラになるものとしては、カード会社(IssuerとAqcuirer) が可能性が高いと考えるのが最も素直。
以 上

From: 川島 昭彦
Subject: [00006] Re:詐欺と事故時の責任

お店の持ち主が悪いのは当然なのですが、その店を出して いたホストサービスの会社や、インターネットプロバイダーはどうな のか、認証書を発行した認証局はどうなのかといった点での、ある 程度のコンセンサスが見えてこないと、ECの広がりの阻害要素と なるのではと懸念しております。
同感です。
あまり世間で議論されてない論点じゃないかと思いますが、サイバー 社会で、ビジネス・その他の活動を行う場合に(も)、「信用(trust)」 というのが、最も重要な視点の一つとして上げられると思います。
この「信用」ということを考える場合には、信用というのは、 レイヤー(層)状の構造にわけて考える必要があるんじゃないかと思っ ています。
今、世間で議論されているのは「認証局」などの「信用」で、この 中にも電子メールアドレスレベルの認証の話から、本当にその住所に 住んでいる人、というレベルまでいろいろありますが、
さらに、その上に、「こいつの店から買って、ちゃんとものが届くの か」「こいつに金を貸したり、仕事を任せたりして大丈夫か」という ようなレベルの「信用」があるんじゃないかと思います。
技術的なところはともかく、こうした高次の「信用」を獲得するため に、システマティックに構造を作り上げる、というの、日本社会が不 得意としてきたところではないでしょうか。
個別には、自己紹介(ec52)に添付させていただいた書き物にかかせて いただきましたが、米国型の信用が「情報開示と監査と自己責任」に 基づいて構成されているのに対して、日本は、よくいえば「長期的関 係」悪く言えば「一度信用しちゃったら、後は完全に信用しちゃって あまり考えない」信用のしかたです。
後者の信用のしかたは、調子がいい時はいいですが、一度調子が悪く なった場合に非常に脆弱な構造を露呈することになります。今の、日 本の金融危機は、「信用という情報処理」の観点からは、そんな見方 ができるのではないかと思います。
また、ちょっと話がそれますが、日本型の信用のしかたは、信用 されるまでに時間がかかること、大きなリスクのあることを相手 に完全にまかせることが逆に難しいことが特徴として挙げられる のではないかと思います。
日本でベンチャーが出てきにくいのも、世の中の動きが大企業・ 中央官庁主導になるのも、根底には、こうした「信用」のしかた の文化が影響している のではないかと考えています。
日本社会を考えた場合、いくら技術をサイバー化し、制度を市場 型に転換しても、そこの「信用」に関する考え方が変わらない限 り、うまくいかないことが多いんじゃないかと考えてます。
では、米国型の「情報開示・監査と自己責任」に基づく信用のしかた にすれば、すべて解決かというと、そうではないんじゃないかと思い ます。
こちらは、いろんな会社が情報開示をするわけですが、そんなにいく つもの会社が情報を開示しても、それを受け取る側は全部の情報を処 理しきることができるとは限りません。 ゆえに、利用者は、処理が膨大だったり、定性的な評価が必要なもの ほど、結局「評判」「シェア」などで企業を選択することになります。
こうなると、評判のいいところ、シェアの高いところほど、ますます 有利になる収穫逓増性が働きますので、サイバーなものほど、一つの マーケットは、1〜2社の寡占状態まで落ち込むことが考えられます。
こうした例としては、OSやCPU、カード会社(インターナショナル)、 格付会社などが典型でしょう。
旧来型の寡占産業の参入障壁は、大規模な設備投資などだったわけで すが、サイバーな産業では、こうした「信用」によるスパイラルが、 より強く働くことになります。(もちろん、それによって実際にいい 人材や、いい技術、いい取引先が集まる「実体」のスパイラルも交錯 して、発展していくことになると思いますが。)
つまり、インターネット出始めのころに、よく「これで、分散型の社 会が訪れる」というような話がよくされましたが、実際によく考えて みると、 確かに政府や大企業などの既存の「信用のハブ」は、その機能を一部 手放さざるを得なくなっていくけれども、 民間で新しく生まれるハブがそれに取って代わるだけで、ちっとも分 散型にはならないんではないかと考えられるのですが、いかがでしょ うか?

From: 田中 辰雄
Subject: [00007] Re:詐欺と事故時の責任

確かに問題が生じたときの責任の所在が明確でないとEC立ち上げ がくじかれます。この点はどうなのでしょうか。
1)ホストやプロバイダーに責任を負わすべきではない?
2)買手の責任を大きくする?
3)優良店の認定制度のようなものをつくる?
4)国際的な詐欺等犯罪の取り締まりルール?
何かこの点でお考えのある方、あるいは実際の実践中の方がおられましたら、 一言お願いいたします・
基本的には、世の中「自己責任」の方向にシフトしていくと思います が、リテールの部分については、消費者に過度のリスクを負わせない ようにするのがグローバルスタンダードの方向のようです。
あるカード会社の方とお話しをしていたら、 「サイバーの部分でも、必ずや、世界各国とも地域のローカルな法律 で買手の責任は限定され、カード会社に責任が求められるように なってくる。
SETプロトコルやICカードで、きちっとしたセキュリティを考えるの も、顧客のためであるとともに、私たち自身のためでもある。」 というようなことをおっしゃっていて、なるほどと思いました。
ショップから見たカードホルダーのリスクは、当然カード会社が負う わけですが、カードホルダーから見たショップのリスクについても、 問題の多いショップについては、オンライン決済が使えないようにす れば、リスクは一定の範囲に押さえられると思います。
つまり、B to Cが発展する場合、カード会社([カードの]Issuerと [店舗の]Aquierer)さんに、田中さんがおっしゃられるようなリスクの 保証をしていただく、というのが、実現可能で、一番ありうるシナリ オではないかと思います。
ただし、このカード会社さんによってリスクが保証される部分は、 せいぜい、金がきちんと払われて、ものがちゃんと届くというレベル までで、そこのサービスや商品の品質がいいかどうかはわかりません から、結局、そこは評判による判断、つまり「有名なところ」「シェ アの高いところ」がますます有利になり、例えば「本ならアマゾン」 といったように、トップブランド以下数社のみが栄える構造になると 思うんですが。

From: 藤原 宏高
Subject: [00011] 知的所有権に関する問題提起の前に


弁護士藤原宏高です。
どなたかに、知的所有権に関する疑問提起や問題提起していただ けるとよいのですが、いかがでしょうか。
 実は、法的な議論に入る前に、最低限のコンセンサスを得ておく必要がある と考えています。すなわち、法律の存在意義についてです。ただし、法哲学的 な議論をするつもりはありません。  法律の存在意義は、自主的に制定したルールを守らない一部の人間に対し て、正直者が馬鹿を見ないために、法的な強制力を持って、ルールを守らせる ことにあると思います(ただし、このように考えて良いか、議論はあると思い ます)。  したがって、世に中に自主的なルールを守らない人間がいる限り、法律は必 要である、という結論になります。実は、法律を作っても、これを守らない人 間がいるのも事実です。しかし、だからといって、法律の必要がなくなること はありません。さもないと、すべての人が法律で定めたルールを守らなくなる からです。
 残念ながら、これまでのサーバースペースでの議論を見ると、かかる法律家 にとっては極めて常識的な考え方や価値観すらも、コンセンサスがありませ ん。全くの素人に、かかる基本から説明するのは、極めて骨が折れます。私 が、ある程度臨床的な法的問題点に的を絞って議論したいのは、そのためで す。法律の必要性すら否定する人と議論したくありません。本当は、すべての 人にわかってもらいたいのですが、何か良い方法はあるでしょうか。
 他方、サーバースペースの法的問題点は、これまで法律の専門家が考えたこ ともない問題点ばかりで、法的レベルでの議論が全く不充分な問題点ばかりで す。法学部の学生のレベルでも充分なのです。もっと、もっと、多数の人が法 律の役割を理解した上で、新たな難問に立ち向かってもらいたいとも考えてい ます。そういう意味で、世界情報通信サミットのメンバーに、法律家が少ない のは寂しい気がします。弁護士では、私と山口先生だけです。私は、インター ネットを使いこなせる学生達に期待しています。若い法律家にどんどん発言し てもらいたい。また、発言の場を与えて欲しいと思います

From: 山崎 一樹
Subject: [00012] Re:知的所有権に関する問題提起の前に


From: 藤原 宏高
Subject: [00011] 知的所有権に関する問題提起の前に

 残念ながら、これまでのサーバースペースでの議論を見ると、かかる法律家 にとっては極めて常識的な考え方や価値観すらも、コンセンサスがありませ ん。全くの素人に、かかる基本から説明するのは、極めて骨が折れます。私 が、ある程度臨床的な法的問題点に的を絞って議論したいのは、そのためで す。法律の必要性すら否定する人と議論したくありません。本当は、すべての 人にわかってもらいたいのですが、何か良い方法はあるでしょうか。
全ての人に分かってもらうというのは、ちょっと無理でしょうね。だからこそ「法律 」という強制力の正統性を有するルールを設定するわけですから :-)
確かに過去5年ほどの「サイバースペースにおける規制」の話題というのは、「規制 するのはケシカラン」という感覚的なものから「サイバースペースは規制すべきでは ない」というイデオロギー的なものまで、「ルール」、「規制」、「秩序」という言 葉を持ち出すだけで拒絶反応を示すことが、あたかも絶対的な善であるかの傾向が非 常に強かったと思います。特にアメリカと日本はそうだったように見えます。
私は以前からこのような手合いを総称して「インターネット原理主義者」と呼んでい るのですが、彼ら原理主義者の主張の根拠はというと存外稚拙で「だって、インター ネットって、実際に規制できないじゃないですか」程度のものであることが多いよう です。にもかかわらず「インターネットは世界を変える」とか「サイバースペースに は無限の可能性がある」とか「インターネットは新しい民主主義を導き出す」という 、あまり根拠がはっきりしない美辞麗句が横行するという状況は、少し眉に唾してか かる方がよいだろうと思います。
むしろ、「サイバースペースと言っても、そこで活動しているのは、たかだか人間に 過ぎない」という立場に立つと、「何でパソコンをつないだくらいのことで、人間の 行動原理が変わってしまうなんて単純に思えるんだろうか」と不思議になります。
実は半年前まで住んでいたカナダでも状況は似ていまして、「自称ネチズン」の皆さ ん方は「インターネットを規制するなんてケシカラン」、「CDA反対にブルーリボ ンを」なんて調子が強かったです。
ちょうど1年前に藤原さんと同業のカナダの弁護士グループが「The cyberspace is not a No Law Land」というレポートを出した時には、藤原さんが「サイバースペー スと法規制」を出された際の反応と同じように「袋叩き」に会っていました(じゃな いかと思いますが、違いますか?)。
私は以前から「サイバースペースが「無法地帯」であるはすがないじゃない。だって 、たかだか人間がやっていることなんですからね」と考えておりましたので、藤原さ んの本はとても参考になりました。「サイバースペースにも現実社会とほぼ同様のル ールが必要である」というのが私の基本的なスタンスです。もっとも2年前に会津さ んがモデレーターをされたテレビ東京の深夜番組のメーリングリストでこう主張した ら、先進的ネチズンの皆様方に袋叩きの目に会わされましたが :-)
そこで藤原さんにお伺いしたいのは、「世に中に自主的なルールを守らない人間がい る限り、法律は必要である」ということなんですが、ここでいう「自主的なルール」 と「法律」とは同一なのでしょうか、それとも別物なのでしょうか。

From: 藤原 宏高
Subject: [00011] 知的所有権に関する問題定義の前に

 他方、サーバースペースの法的問題点は、これまで法律の専門家が考えたこともない問題点ばかりで、法的レベルでの議論が全く不充分な問題点ばかりです。
私はサイバースペースなかんずくインターネットの特徴というのは、「つなぐ(conn ectivity)」、「超える(transnationarity)」、「潜る(anonymity)」ではなか ろうかと思うんですが、だとしたら、既存のシステムを改良することでかなりの部分 が対応可能ではないかと考えております。

From: 藤原 宏高
Subject: [00013] Re:知的所有権に関する問題提起


弁護士藤原宏高です。 山崎 一樹様 詳細なコメントをいただきありがとうございました。
質問に答えさせていただきます。
1.「自主的なルール」とは
 私が「自主的なルール」といったのは、法的強制力の伴わない取り決めのこ とです。端的にはガイドライン等です。また、私人間の契約なども、法治国家 では相手方が契約に違反した際には、裁判所に訴えて救済を求めることができ るので、自主的なルールとはいえないでしょうが、これも法律、特に民法など の私法によって、法的レベルでの規律が行われているためです。
 したがって、我々のリアルワールドでは、実は様々な法的ルールが存在して おり、これに従って市民は生活しているのです。ただし、そのルールの根元ま で遡って知らなくとも生活できるだけであると思います。
 そこで、電子商取引の場合を例にとって考えてみます。
 例えば、モールの設置者側がテナントの店舗に対して、店舗のホームページ 上に掲載する事項につき、訪問販売法等の法規を遵守するように求めたとしま す。その場合、かかる取り決めをリアルワールドの契約で行った時に、約束違 反の店舗に対し、何らの制裁も定めない場合は、契約であっても法的レベルで は強制力が弱いことになります。例えば、理屈の上では債務不履行として損害 賠償請求はできるでしょうが、その際にモール側に損害がなければなりません。
 更に、モールの設置者同士で取り決めを行い、同様にモール上の店舗に対し て訪問販売法等の法規を遵守するように指導する旨約束したとします。その場 合、あるモールがその取り決めを一切無視した場合に、その取り決めが法的強 制力を持つものでは場合は、私の言う「自主的ルール」に近くなります。
 以上の通り、私の考えている「自主的ルール」とは、ルールを定める際に、 法的強制力を持つものとして定められていないものをイメージしています。
 今後、電子商取引上の様々な取り決めが検討されて行くものと思いますが、 「約束に違反した者に対して、法的強制力を持った制裁を加えるべきか否か」 で、自主的なルールにとどめるべき取り決めか、法的な強制力を持った取り決 めにすべきか、議論されるべきであろうと思います。
2.法的な問題点の困難性 
 インターネットをめぐる法的な問題点の最大の課題は、国家主権の限界の問 題です。すなわち、法律による取り決めは、法的強制力を持つルールとして有 効なのですが、国家単位に限定されるということです。世界的なルールは条約 したありません。したがって、インターネット上の法的規制には、本来ならば 世界的なコンセンサスが必要であると考えられますが、実際はドイツのよう に、独自の規制を単独で実施している国もあり、「国家単位では規制は意味が ない」といった、単純な立論で、法的規制を断念するのは早計であろうと思わ れます。
3.郵政省の報告書
 郵政省の電気通信サービスにおける情報流通ルールに関する研究会が、昨年 12月25日に発表した報告書が、郵政省のホームページに載っています。
 アドレスは、
http://www.mpt.go.jp/pressrelease/japanese/new/980105j601.html です。 
 是非、参考にしていただきたいと思います。

From: 小池 良次
Subject: [00014] Re:知的所有権に関する問題提起


From: 藤原 宏高
Subject: [00013] 知的所有権に関する問題提起

1.「自主的なルール」とは
 私が「自主的なルール」といったのは、法的強制力の伴わない取り決めのこ とです。端的にはガイドライン等です。また、私人間の契約なども、法治国家 では相手方が契約に違反した際には、裁判所に訴えて救済を求めることができ るので、自主的なルールとはいえないでしょうが、これも法律、特に民法など の私法によって、法的レベルでの規律が行われているためです。
ボクは、この自主的ルールというのに期待する人間です。多くの方はご存じと思いますが、アメリカにはBBB(ベター・ビジネス・ビューロー、http://www.bbb.org/)という消費者保護の自主組織があります。最近は、ホームページにも活動を拡大しており、BBBのロゴと付けたホームページは安心して物品購入やサービスが受けられるとプロモーションしています。新しい組織としては「TRUSTe」があります(振るいませんが)。
こうした消費者保護団体に期待する理由は
1)実際、問題が起きたときにBBBなりに苦情の電話をすれば問題処理の仲介をしてくれる。
2)BBBではアメリカとカナダをカバーしているように、NGO的な動きが将来できる可能性がある。(山崎さんがおっしゃる「超える」に一部対処できるかもしれない)政府や国際機関が作ると大変だし、効率が悪そうだから。
3)最終的には、訴訟までやってくれる。
藤原さんが「法律、特に民法などの私法によって、法的レベルでの規律が行われている」と述べられているとおり、最終的には法的レベルの歯止めがあるのですが、一般消費者にとっては訴訟は時間的、経済的に無理で「泣き寝入り」したほうが安くつく。日米の違いはあるでしょうが、ECで悪いことをしようとする人間にとっては、訴訟がなければ歯止めになりませんし。
難しい法的問題もあるでしょうが、まずこんな団体が増える方が、実質的な効果があるような気がします。郵政省のレポートみたいにフレームを作って法律の整備をすることも重要ですが、草の根的に電話で苦情を聴いてくれる保護団体の育成がなくてはうまく機能しないでしょう。

From: 校條 浩
Subject: [00015] Re:知的所有権に関する問題提起


校條です。
セキュリティの問題は「所詮人間のやること」では片づけられない問題だと思います 。ITの力なしにはもはや人間だけではできないことが、Netではできてしまうことは 注意する必要があると思うのです。例えば、100億円の札束を盗むのは物理的に大変 なことですが、Netではただのデータの移動です。100億円も10兆円も変わりません。 別の例で言えば、個人の信用情報を改ざんされるだけでたちどころに世界のどこへ行 っても悪者扱いされる可能性も出てくるのです。ネットワーク社会では、即時性と規 模の大きさという特徴を、よくも悪くも持っていると思います。
そうは言っておきながら、私はセキュリティーはEC普及の本質ではないと考えます。 銀行強盗は今だにありますし、誘拐犯人は電話を使いますが電話を禁止した例はない でしょう。クレジットカードの不正使用による損害は年何百億円と言われています。 要は、市場の「感じ方」「安心度」だと思うのです。これは、新しいものを市場が受 け入れていく過程(Market adoption)の鍵です。しかも、市場内の人の種類によって 「安心度」の高まり方が違うのです。ECは順調にそのプロセスを進んでいると見てい ます。もちろんセキュリティーの問題は大切ですが、時間と共に必ず進歩します。そ の間に市場がどれだけ「慣れる」かということだとおもいますが、如何でしょうか。

From: 田中 辰雄
Subject: [00016] Re:知的所有権に関する問題提起の前に


藤原さん(あるいは同じ危惧をいだいておられた川島さん)へ質問です。2つあります。
1)セキュリティについては「消費者の自己責任原則の確立も必要ではないか」とい う意見があります。また「物理世界でもある程度リスクはあるのだから、そのていど のリスクはよいのではないか」という意見もあります。これらの意見についてはどう いうふうに思われますでしょうか。実業に携わる者の間ではこういう意見が多々見ら れますが、実際にトラブルが持ち込まれるのは、藤原さんのように法に携わる方です 。その立場からはいかがでしょう。
(なお、もし、ECでのトラブルの発生件数の増加率や金額などの資料があれば教えて 下さい私を含めて、みなあまり実態を知らずに議論しているかもしれませんので)
2)小池さんのあげた方法、つまり民間団体が苦情を受け、場合によっては訴訟まで して解決していくという方法についてはどうでしょうか。日本ではなじみにくいでし ょうか。

From: 藤原 宏高
Subject: [00017] Re:知的所有権に関する問題提起


弁護士 藤 原 宏 高です。

From: 小池 良次
Subject: [00014] Re:知的所有権に関する問題提起

ボクは、この自主的ルールというのに期待する人間です。
私も、消費者保護団体に期待する点は同感です。
 ただし、日本はアメリカと違って、ボランティア活動を誇りと考えている人 は少数ではないかと思います。また、社会の中でボランティア活動を支援する 仕組みができていません。したがって、日本でボランティアによる消費者保護 活動を期待するのは良いのですが、期待された側では荷が重すぎるのではない でしょうか。
 また、消費者センターのような公的組織が実際には消費者保護に大きく役 立っているのですが、相談件数が増えれば、相談員の増員が必要になるでしょ うし、その費用を誰が負担するのか、といった問題があります。本来はECで 利益を得る企業がお金を出し合って、EC専用の相談窓口を開設すべきではな いかと思います。利益だけ得ておいて、消費者保護には一切無関心では、消費 者はついてこないのでは、と思うのですが。
 もっと根元的には、国家の役割をどのように考えるかによって、見解がかな り異なってくるものと思われます。アメリカでは日本と異なり、国家に対する 不信感がかなり強いと思われますが、いかがですか。私は、消費者保護を国家 が放棄して、これを民間の団体に委ねる、というのは国家としては怠慢である と思うのですが、いかがですか。

From: 山崎 一樹
Subject: [00018] Re:知的所有権に関する問題提起


From: 藤原 宏高
Subject: [00017] 知的所有権に関する問題提起

ただし、日本はアメリカと違って、ボランティア活動を誇りと考えている人 は少数ではないかと思います。また、社会の中でボランティア活動を支援する 仕組みができていません。
これはちょっと認識の誤りであると思いますよ、藤原さん。
例えば消防団の活動などはどうでしょうか。阪神大震災の際に防災ボランティアが随 分ともてはやされていたようですが、それはそれでよろしいとしても、そもそも自ら 居住する地域の防災に自主的に携わる消防団は立派なボランティアですし、彼ら(彼 女ら)は活動に誇りを持っていますね。
まさか「行政に組織化されているされているものはボランティアとは言わない」とい うわけではないでしょう。何もアメリカ流のボランティアだけがボランティアではあ りますまい。
それに「支援する仕組みがないからボランティアが育たない」というのは本末転倒と いうものではないでしょうか。アメリカでは支援する仕組み以前にボランティアが存 在しているのですから。
では何で支援する仕組みがなくてもボランティアが出てくるのかといえば、これが将 にアメリカのアメリカたる所以で、「アメリカ人、自分以外の他人はゼッタイ信じな い」という理念から生まれるものであるということです。「政府に対する不信感が強 い」ではなくて「政府を全く信用していない」というべきなのであって、政府に頼る くらいだったら、自分が納得すればボランティアしましょうということなんじゃない かと思います。
ところが日本はそうではない。諸々の理由により最近はかなり落ち目なのようですが 、「とりあえずは」政府に対する信頼感もあったわけで、そういう社会ではボランテ ィアもアメリカ流とは自ずと異なるものになってもおかしくはないのではないでしょ うか。
どちらのボランティアがよろしいという問題ではないのでしょうし、同じ「ボランテ ィア」という言葉を使っても、中身が違うことは大いにあり得る話で、それを混同し てはいけないんだと思いますが、やっかいなのは、サイバースペースでは異質な社会 が容易に遭遇してしまうところで、「文明の衝突」が日常的に起こってしまうことで はなかろうかと思います。

From: 山崎 一樹
Subject: [00019] Re:知的所有権に関する問題提起


From: 藤原 宏高
Subject: [00013] Re:知的所有権に関する問題提起


私が「自主的なルール」といったのは、法的強制力の伴わない取り決めのこ とです。端的にはガイドライン等です。また、私人間の契約なども、法治国家 では相手方が契約に違反した際には、裁判所に訴えて救済を求めることができ るので、自主的なルールとはいえないでしょうが、これも法律、特に民法など の私法によって、法的レベルでの規律が行われているためです。
 したがって、我々のリアルワールドでは、実は様々な法的ルールが存在して おり、これに従って市民は生活しているのです。ただし、そのルールの根元ま で遡って知らなくとも生活できるだけであると思います。
私は「サイバースペースとは言っても、所詮は人間のやっていることなのだから、現 実社会の約束ごとはほとんどそのままサイバースペースでも適用される「べき」であ る。サイバースペースに特有な事例には現実社会の約束ごとを補正することによって 対応するのが基本である。」と考えますので、藤原さんの上記の考え方には賛成です。
しかし前に藤原さんも書いておられましたが、「サイバースペースは誰も規制できな い」ことを根拠に(これを根拠にするのはどうも私には理解できないのですが)、現 実社会の約束事をサイバースペースに及ぼすことを拒絶する人々もネチズンの中には 確実に存在していることも事実です。
これは根気強く説得と誘導を続けなければいけないところではないかと思いますが :-)

From: 小池 一樹
Subject: [00020] Re:知的所有権に関する問題提起


From: 藤原 宏高
Subject: [00017] Re:知的所有権に関する問題提起

私も、消費者保護団体に期待する点は同感です。
 ただし、日本はアメリカと違って、ボランティア活動を誇りと考えている人 は少数ではないかと思います。また、社会の中でボランティア活動を支援する 仕組みができていません。したがって、日本でボランティアによる消費者保護 活動を期待するのは良いのですが、期待された側では荷が重すぎるのではない でしょうか。
アメリカには本当に個人が無報酬でやる献身的なボランティアグループもありますが 、多くの本格派ボランティアは組織的で、個人より企業が支えていると思います。
ボクが書いたBBBにせよ、TRUSTeにせよ資金は企業献金と加入メンバー(=BBBのれん 料)で運営されています。ボクとしてはBBBのような団体が国際赤十字みたいなNGO( =国際版EC監視団体?)になってくれると良いと思っているわけです。もちろん、維 持運営には政府、企業、個人の金が必要です。消費者保護団体も一種のビジネスです から。
蛇足ですが、日本のお年寄りエグゼクティブは、相変わらず会社の金で飲み食いする 習慣が抜けないようですが、その半分でもボランティア活動に回して貰いたいもので す。日本の企業のボランティア活動にはいつも失望されます。そのため日本じゃなに ごとも行政がでてこないと無理だというのは、よく分かります。

From: 藤原 宏高
Subject: [00017] Re:知的所有権に関する問題提起

 もっと根元的には、国家の役割をどのように考えるかによって、見解がかな り異なってくるものと思われます。アメリカでは日本と異なり、国家に対する 不信感がかなり強いと思われますが、いかがですか。
確かに極端に嫌います。昔、日本型の技術研究組合を説明してもどうしても分かって 貰えなかった経験があります。確かに政府主導の技術カルテルだと考えられても仕方 がない。 確かに極端に嫌います。昔、日本型の技術研究組合を説明してもどうしても分かって 貰えなかった経験があります。確かに政府主導の技術カルテルだと考えられても仕方 がない。

From: 藤原 宏高
Subject: [00017] Re:知的所有権に関する問題提起

私は、消費者保護を国家が放棄して、これを民間の団体に委ねる、というのは国家としては怠慢であると思うのですが、いかがですか。
民間団体にすべて委ねるというのも、また極端でしょう。
あえて比率を述べるなら企業:政府(行政):個人=7:2:1ぐらいにして欲しい。
また、米国のボランティア活動はみんな立派じゃないと思ってます。ボク自身、ボラ ンティア団体と称する人(そうとうバラノイアー的でしたが)に痛い目にあった経験 があります。
健全な物も多いのでしょうが、ボランティア団体とか非営利団体と称してまったく社 会を食い物にしているような団体も多いです。特に人種問題などセンシティブなもの では、総会屋さながらに演説カーを使って企業に嫌がらせをしている話を目にします 。
だから監視役を含めるなら、企業:政府:個人=6:3:1でも良いかも知れません。

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