世界情報通信サミット2000
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セッション2 -「デジタル・デバイド時代のエレクトロニック・コマース 」
ビジネスモデルに関する議論2
From: 中野 潔
.Subj: 【11】米政府のここ20年の戦略
要約:村上さんの指摘に賛成。米政府のここ20年の戦略の中で、把握し、分析すべきです。

1997年に出した拙著『知的財産権ビジネス戦略』(オーム社)のp.217で、遺伝子特許に対して、小職の疑問を表明しました。また、p.222 では、97年4月7日に特許庁の諮問委員会が出した『21世紀の知的財産権を考える懇談会』の報告書の中に、

「ネットワーク上のソフトウェア特許」の容認を示唆する記述があるのを指摘してあります。

拙著の p.IIからp.III で論じているのですが、人件費や物価の安さで台頭してくる新興工業国に対し、米国は、知的財産権でカバーできる産業に集中投資し、かつ、知的財産権によるガードを増強、拡張していくプロパテント政策で対抗する−−という図式は、ここ20年の 完全にexplicitな戦略です。

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  話が飛ぶように思われるでしょうが(実際、若干 別の問題になるのです
  が)、アメリカンメモリーのように、共有の文化遺産で、著作権の権利保護期
  間がすぎたもの、伝承の類で著作者という概念にそぐわないものを、ボランテ
  ィアが、アップロードして皆で共有しよう−−という豊かな国の善意の行為さえ
  も、途上国を苦しめる可能性があります。

  途上国の知的財産の最後の砦は、伝承芸能や伝承の文様や伝承工芸品
  なのですが、これらは、著作者を特定することができませんから、著作権法で
  守るのは、困難。

  一方、これを写真に撮ったり映画にまとめたりした人には、写真や映画の
  著作権が発生するということになります。

  著作権云々ではない 文化資産は、善意でアップロードしようよ−−という
  のは美しい考えですが、その善意の寄付の原資を、別の仕組みで世界から
  収奪できる国でこその発想です(善意の提唱者は意識していませんが)。

  また、著作権が切れたもの、著作権になじまない伝統工芸でも、工芸品自
  体を保管しているというのは、ビジネス上、強い切り札になりますが、その切
  り札は、すでにそれらを途上国から集めてしまったアングロサクソンの博物
  館が握っているわけです。
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本論に戻りますが、村上さんの御指摘のとおり、ビジネスモデル特許と米国の政策、そして、法思想の一貫性を保つために権利範囲の拡大には、慎重にしたい日欧が、最大の市場である米国市場で対抗するために、米国の政策に同調せざるを得ないという状況を、きちんと分析すべきだと考えます。

【7】村上輝康
「アメリカ謀略説のような議論を沈静化させて」ということですが、アメリカ謀略説というのを、CIA謀略説的な議論にしてしまうのはナンセンスですが、そのために判断停止してしまって、アメリカの政策との関係までPlay Downしてしまうのは反対です。
この問題を、アメリカ政府の見解、産業界の見解、アカデミックスの見解などと無関係にかたるのは、いかがかと思います。私の知るかぎり米国においても、現在のようにどんどんビジネス方法特許付与を連発することに対しては、否定的な論調が強くなっているように思います。本来、技術革新を支援し加速化するためにあるはずの特許制度が、運用をあやまると逆効果になってしまいます。インターネット、電子商取引の分野では、米国と日本の事業者がほぼ同じペース(日本がすこし遅れながら)で同じような問題につきあたっていることから、もし米国にも同様な問題があるならそれもとりこんだ議論をしたほうがいいように思います。

From: 小林 一
.Subj: 【12】生産者と消費者の組み合わせで4とおり
実物経済に関わるECを中心に「日本型」という意味について、商品と情報のやりとりの両端に位置するの生産者と消費者(顧客)の組み合わせで4とおりに分けて考えてみました。

第一はJ to J すなわち生産者、消費者とも日本人(企業)の場合
吹野さんがおっしゃっていたように、ホモジニアスな日本社会で、ある程度生産者、消費者の双方の文化背景等の共通理解が存在するなかで、きめ細かいマーケティングとていねいな生産体制をうまく活用すれば、ECビジネスは新しい業態をつくりあげていくでしょう。もちろんデジタルコンテンツ、端末を含むネットワーク、生産者、消費者それぞれの認証システム、決済システム、ロジスティックス等でグローバルに通用するものをどんどん取り入れることは重要でしょうが。

F to J  すなわち生産者外国人(企業)、消費者日本人(企業)の場合
基本的には消費者優位の市場ですから、ポイントはこちら側のニーズ(認証基準)を明らかにすることでしょう。医薬品やオーガニック食品、遺伝子組み替え食品などのように、日本が特別だったり、国際的にもそれぞれ基準が違うものがありますが、一般論をいえば、規制緩和と基準の明確化、開示(「運用」によることを極力少なくする)ということになるでしょう。オークションを含め広く外国に積極的に買い(仕入れ)に出ることを考えると、世界の生産者へのアクセスとこちら側のニーズを前提とした相手の製品の認証の仕組みまで組み立てることが必要となってきます

J to F の場合
いうまでもlなく、消費者たる相手側のニーズ、認証の仕組みにあわせたシステムを構築する必要があります。この場合重要なのは、外国といってもいわゆる「グローバリズム」で世界の人達が全て同じだというわけではないことです。各国、各人それぞれに異なる文化、嗜好に対応したシステム構築が必要となります。
究極はF to Fすなわち、外国人(企業)間の取引の場合ですインターネットが世界的にはりめぐされたなかでの「普遍的な」システムということを考えると、当然このレベルでも通用するシステムが組み立てられる必要があります。消費者、生産者両方の面で多様な国、地域それぞれの風土や文化を踏まえたきめ細かいニーズと製品の認証を行えることが求められます。そのときに、J to Jで作り上げられた「日本型」のきめ細かなシステムが通用するか(言語の壁は当然超えて)が勝負どころかなと思います。逆に、そこで通じなければ、J to JのECでも「日本型」なんていうものは吹き飛ばされて、いわゆるグローバルシステムが席巻することとなるでしょう。
官民どちらがということと別に、世界各国、地域のマーケット、経済・文化のシステムについての情報とそれに対応したアクセスを確立する国家戦略が必要だと思います。ネットビジネスのポイントがアクセス端末数とういうことを考えると、長期的に考えれば、マーケットの大きさと身近ということもあり、まずはアジア地域でのシステムを確立することではないでしょうか。デジタルデバイドを超えたアジア地域の経済発展の原動力にもなるでしょうから、国際協力のメインメニューとして実施すべきだと思います。具体的には、たとえば「日本型」ECにつながったモバイル端末1億台の無償貸与などということも考えられます。会津さん、いかがでしょう。

From: 林 浩一
.Subj: 【13】ビジネスモデル特許問題
特許戦略は奥深く、特許業務のプロでない私の持つ知識は、かなり限定された範囲のものだということをお断りした上で、ひき続き発言します。

【8】村上輝康
1.「ビジネスモデル特許問題は、新しい問題ではなく、ソフトウェア特許が認められたときからの問題であるという認識です。」ということですが、State Street事件の本質は、米国特許庁だけでなく、CAFC(連邦巡回控訴裁判所)が「ビジネス方法を特許権付与の適用除外項目からからはずす」という判断をしたことが本質的な変化ですよね。自然法則装置だとかプログラムだとかいうレベルを超えて、一挙にビジネス方法までいってしまい、しかもその発明性の判断がきわめて難しい、というところにこの問題のやっかいさがあるのだと思います。
今回の問題の発端がそこにあるのは、おっしゃるとおりです。先述した私の理解の根拠となった文献が出てこないので、不正確になるUSPについての議論は置いておいて、日本の特許についての、運用も含めた実情を紹介したいと思います。

自然法則装置のような建て前はありますが、元来、プログラムやソフトウェアは「手順をとりきめた記述」です。特許の専門の方に聞くと、「手順のとりきめ」自体は特許にならないという答えが必ず返ってきます。ただ、明細書執筆テクニックの話になりますが、実際には、表示情報、通信プロトコルの特徴に着目して、請求項を立てれば、実質上、ネットワーク上でのビジネスのやりかたを特許として出願することができます。(例えば、請求項として、××というビジネス情報を処理する手段と、○○というビジネス上重要なタイミングで処理結果を表示する手段を具備する装置としておき、詳細説明に、表示手段および処理手段はネットワークに分散した構成をとっても構わないとか書いちゃいます。) この調子で、表示や通信プロトコルを含まない全く新しい原理(テレパシーとか)を使うのでなければ、ECでのビジネス方法を特許出願することができます。書き方にもよりますが、プライスラインの逆オークションなんかも問題なしだと思います。特許庁が、ソフトウェア特許の一類型とみなすことにしているのはこういった実情を踏まえてのことだと思います。

発明とか特許というと、なんとなく、とても大きなブレークスルーをイメージしがちですが、実は、ちょっとした改善、(操作ステップを、2ステップから1ステップにした、とかいった程度)の特許が、従来技術からの著しい操作性の向上とか主張して、がんがん出されています。ビジネス方法にソフトウェアのちょっとした利便性を追加した、周辺的ビジネスモデル特許は、大量に生み出せます。一つ一つはつまらない特許でも、数あればクロスライセンスに使えたりします。周辺特許を星の数ほど出して、それをネタに基本特許をクロスライセンスするみたいなやりかたも実際にあると聞きます。

【8】村上輝康
2.「アメリカ謀略説のような議論を沈静化させて」ということですが、アメリカ謀略説というのを、CIA謀略説的な議論にしてしまうのはナンセンスですが、そのために判断停止してしまって、アメリカの政策との関係までPlay Downしてしまうのは反対です。
この問題を、アメリカ政府の見解、産業界の見解、アカデミックスの見解などと無関係にかたるのは、いかがかと思います。私の知るかぎり米国においても、現在のようにどんどんビジネス方法特許付与を連発することに対しては、否定的な論調が強くなっているように思います。本来、技術革新を支援し加速化するためにあるはずの特許制度が、運用をあやまると逆効果になってしまいます。インターネット、電子商取引の分野では、米国と日本の事業者がほぼ同じペース(日本がすこし遅れながら)で同じような問題につきあたっていることから、もし米国にも同様な問題があるならそれもとりこんだ議論をしたほうがいいように思います。
確かにそのとおりですね。私の書き方も良くなかったです。米国の不当な政策に抗議する的な、扇情的な論調で、多くの人の意識を冷静な問題解決からそらしてはいけないというくらいの気持ちです。米国で否定的な論調が高まっているのであれば、歓迎すべきことだと思います。中野さんのおっしゃるように、米国のプロパテント戦略に沿ってのの分析・評価も重要ですね。

【8】村上輝康
3.「新しい技術開示のための仕組み作るための知恵を絞ることだと考えます」そのとおりだと思っています。ただ、特許制度を無視することも出来ませんし、いまから特許制度そのもののありかたを議論しはじめたのでは、すくなくともECの波には間に合いません。なんとか現行の特許制度のもとで、技術情報の開示・活用と創造のコストと価格の尊重を、両立させる仕組みが出来ないものでしょうか。
少し建設的に考えてみました。EC時代に向けた変化を背景にして、以下の点にメスをいれてゆくと何らかの改善の糸口があるかもしれません。

1.事業化困難性
先のメールでも指摘しましたが、インターネット上で発明を利用して事業を起こすことが、誰にでも簡単にできる時代になっています。そもそも誰にでも手軽に作れる仕組みが特許化されていいのでしょうか。

2.クロスライセンス
クロスライセンスみたいなのは、訴訟と違ってあまり見えませんが、これが意外と曲者ではないでしょうか。他も使っていると思って使うと手ひどい目にあいそうです。少し無責任な発言ですが、見えないところですごい相互依存関係ができていても私は驚きません。

3.登録までの時間
登録までにかなりの年数がかかりますが、今の技術の進歩はめちゃくちゃ早く、この間に陳腐化することはよくあります。厄介なのは、逆に、その間に普及してしまって、期せずしてサブマリン特許化してしまうことです。

4.属地性
そもそも単一のサービスをグローバルに利用できるようにするときに、各国別に特許を取得することが意味を持つのでしょうか。

ただ、やっぱりもう手遅れではという気はすごくします。前述のように、わざわざビジネス方法特許と言わなくても、日本でも同等の効果を持つ特許は取得できるからです。ECに進出しようとしているメーカーはすでに、実質的なビジネスモデル特許を取得するためのガイドを作成し、組織的な大量出願態勢にはいっているのではないでしょうか。

From: 加藤 幹之
.Subj: 【14】ビジネスモデル特許問題
ビジネスモデル特許は、特許の理論ということから言いますと、林様がご指摘の通り、「ソフトウエア特許の一形態」として考えられるものです。従って、専門家の方々からすると、なぜ急にそんなに騒ぐのか? 何も全く新しいことが認められたものではない、ということになろうかと思います。

全く抽象的なアイデアだけであれば日本でもアメリカでも特許にはなりません。今問題になっているビジネスモデル特許とは、抽象的なアイデアを、情報技術により、具体的に実現するソフトウエアがどんどん進歩し、それらに権利を主張することが増えて来たというものです。

米国では特許申請の分類において、分類番号705というものがこれにあたるとされています。 (それ以外の分類にも、入りうる)この分類の特許が与えられた数は、この数年で100以下から400件以上に増えています。どなたかが書かれていたように米国では数万件の申請があるとも言われています。

難しい議論は抜きにして、私は米国でのビジネスモデル特許の現状は、ゴールドラッシュと同じく一時的な現象だと思います。判例もまだ固まっていない(但しソフトウエアだから特許にしないというような逆転は、もうありえないでしょう)分野です。今後の焦点は、たとえある分野について特許が取れても、どこまでクレーム解釈上権利行使できるかというような、細かい議論が続くと思います。その結果、かなりの人々が、「金の山」と思っていたが、実際それ程でも無いということが分かって来ると思います。そういう意味で、その内、「揺り戻し」があると思っています。

日本もヨーロッパもこれからであり、まだまだじっくり制度を検討するべき段階だと思います。

重要なことは、「新しいビジネスの方法」にも特許が与えられるとして、それに特許を与えるべき基準をどう決めていくかということです。それには、きちんとしたprior art(先行技術)のデータベースの確立も必要です。これらの作業の中で、一時的な行き過ぎとか制度のでこぼこも整理されて行くと思います。

より重要なことは、社会全体として、どこまで発明者、発見者に権利を与え、どこから社会全体が自由にそれらを使えるようにするか(つまり権利を与えないか?)という線引きです。そういう見地からも、インターネットや電子商取引というような、人類の将来の進歩の原動力になるものを阻害するような、「過度の権利化」は避けてもらいたいと思っています。

From: 加藤 良平
.Subj: 【15】ビジネスモデル特許問題
【14】加藤幹之
より重要なことは、社会全体として、どこまで発明者、発見者に権利を与え、どこから社会全体が自由にそれらを使えるようにするかという線引きです。そういう見地からも、インターネットや電子商取引というような、人類の将来の進歩の原動力になるものを阻害するような、「過度の権利化」は避けてもらいたいと思っています。
この意見、すごく賛成です。やはりビジネスモデルまで特許化するというのは、すごく無理があるし、時代遅れだと思います。
が、そうはいっても、新しいビジネスモデル構築のために汗を流した人には何らかのメリットを与えてあげたいし、その物真似には何らかのデメリットが伴なうようにしたい。それをどういうメカニズムで実現するかですよね。

すごく抽象的な議論で恐縮なのですが、以下の2つがうまく組み合わさって機能していくような気がするのですが。

 1. 初めてのチャレンジを正当に評価し、二番手商法は基本的に恥ずかしい
  (よほどの改良があれば別)という考え方が、企業にも消費者にも広く共有さ
  れること。

 2. ビジネスモデルに関する徹底的な情報開示。

From: 水野 隆一
.Subj: 【16】ビジネスモデル特許問題
【15】加藤良平
やはりビジネスモデルまで特許化するというのは、すごく無理があるし、時代遅れだと思います。
皆さんの議論を呼んでいると、『特許は、新技術、新ビジネスモデルの普及を妨げる』ということが前提となってますね。しかし、特許制度とは、

『発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もつて産業の発達に寄与することを目的とする』のであり、利用促進が目的です。

もちろん、現行の特許制度には、
1)審査期間の長さ
2)国別特許制度(特に、米国とそれ以外の国の制度の違い)
などの問題点があり、これがネットのスピード、グローバル感とのGAPがあることは事実です。これらは解消すべきです。また、特許期間の見なおしなども必要なのだと思います。

しかし、ポイントは『権利者の乱用を防ぐための、コンセンサス作り』が重要であり、妥当な特許権料の支払いが行われることにより、自由に最新ビジネスモデルが活用されることを担保する方向に動くべきだと思います。

From: 中野 潔
.Subj: 【17】ビジネスモデル特許問題
要約:加藤さんのお気持ちは、わかります。でも、下記の2つは、特許制度が生まれた根本です。難しいのでは。
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【15】加藤良平
初めてのチャレンジを正当に評価し、二番手商法は基本的に恥ずかしい(よほどの改良があれば別)という考え方が、企業にも消費者にも広く共有されること。
世の中の99%の人は、人まねは、恥ずかしいものだと思い、みずからは、しません。世の中の90%の人は、人まね故に安く売れる商品は、恥ずかしいものだと思い、買いません。世の中の50%の人は、人まねで大きくなった会社が、人まねでない素晴らしい商品を出しても、恥ずかしいものだと思い、買いません。
この1%を防ぐために、特許法があるわけです。

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法による 人まね禁止 が成り立たない社会では、秘伝は、一子相伝。

トレードシークレットにします。それでは、せっかくの知恵が世に広まらないので、独占権を与えるから世に開示せよ−−という特許制度が、できたわけです。

【15】加藤良平
ビジネスモデルに関する徹底的な情報開示。
財務状況を株主と株主候補のために開示せよ−−という命令には合理性がありますが、ビジネスモデルについて、開示する必然性を世に納得させるのは、難しいと思います。株式公開前は、出資の可能性のある人にビジネスモデルを示せばいいわけです。
株式公開後は、株主に対しては株主通信と株主総会で、株主候補には、新聞、雑誌を通じた企業広報で、財務内容と、日々の活動を示せばいいわけです。開示が足りない企業は、市場から相手にされず、株価が下がります。

ビジネスモデルの開示は、株主の利益を減ずる可能性のある行為です。

利益の一部を文化活動に使ったり、不動産の一部を地域に開放したりするのと違って企業の営利行為の源泉を、対価なく開示したことになります。
生産の場である工場敷地を、全部、地域の運動場に開放するようなもので、株主から容認される行為だとは思えないのですが、いかがでしょうか。

From: 林 浩一
.Subj: 【18】ビジネスモデル特許問題
【14】加藤幹之
今問題になっているビジネスモデル特許とは、抽象的なアイデアを、情報技術により、具体的に実現するソフトウエアがどんどん進歩し、それらに権利を主張することが増えて来たというものです。
加藤さん、シンプルで明解な整理ですね。私もそう理解しています。

【14】加藤幹之
より重要なことは、社会全体として、どこまで発明者、発見者に権利を与え、どこから社会全体が自由にそれらを使えるようにするかという線引きです。そういう見地からも、インターネットや電子商取引というような、人類の将来の進歩の原動力になるものを阻害するような、「過度の権利化」は避けてもらいたいと思っています。
問題意識については同感ですが、権利付与について、発明の価値によって線引きするという方向に、解が見つかると思われますか? 社会全体の人々があまねく使って恩恵を受けるほど優れた発明には権利を与えない、というのはなかなか通りにくいロジックのように思います。

むしろ、現行の制度とは相いれないかもしれませんが、なんらかの仕組みで、ライセンス料のほうに、上限がかかるようにする方向を模索できないものでしょうか。

本当に、例えばですが、会費によって、ライセンス料をプールする機関を作り、会員は無料で特許を利用でき、特許権を持つ会員は利用件数から算出される特許の価値に応じたライセンス料の配分を受け取るような仕組みです。この程度の仕組みで、発明者に十分な見返りを出せるかどうかは極めて疑問ですが、もし適切なシステムを設計(発明?)できれば、これからの社会の進歩のためのプラットフォームになりえるのではないでしょうか。

From: 藤原 宏高
.Subj: 【19】ビジネスモデル特許
これまでのビジネスモデル特許に関する議論に、一言だけ意見を言わせてください。

1.ビジネスモデルに特許を認めるべきかどうかの議論は必要ですが、アメリカの傾向及びこれに従う日本の特許庁の実務からすれば、すでにビジネスモデルに特許を認める実務は動かないでしょう。

2.すでに成立しているビジネスモデル特許を前提として、特許侵害によるロイヤリティ支払い請求問題が発生しており、現在その相手方代理人として水面下で検討をしています(まだ訴訟提起はされておらず、代理人としては交渉していませんので)。特許の内容は守秘義務上公開できませんが、請求されているロイヤリティは年間億単位となるものです。
重要なことは、どうやってビジネスモデル特許から自社を守るのか、と言う視点です。これは専門弁護士や専門弁理士との協議、検討が必要です。特許の成立を知らなかったという言い訳は許されません。

3.法律家としての悩みは、どのような解釈論によって、ビジネスモデル特許で保護される範囲を限定できるか、です。
一つのヒントは、ソフトウェア特許の一種で、かつ機能クレームで書かれている点です。次に、出願経過がもっとも重要なポイントとなり、特許庁がこれまでの公知技術にも関わらず、どこに特許性を認めたのかを読み取ることです(これが実に難しいのですが)。

From: 村上 輝康
.Subj: 【20】ビジネスモデル特許
まさに企業としては、おっしゃるとおりの認識と対応が必要かと思います。具体的なことで質問がひとつあります。
【19】藤原宏高
次に、出願経過がもっとも重要なポイントとなり、特許庁がこれまでの公知技術にも関わらず、どこに特許性を認めたのかを読み取ることです。
最後のセンテンスで、「特許庁がこれまでの公知技術にも関わらず」というのは、「使われている(情報)技術が公知であるにもかかわらず」という意味ですか。従来のとらえかたでの技術は公知だが、ビジネス方法という技術以外のものの発明性に(特許庁は)特許を付与するので、ビジネス方法の公知性が問題だ、という趣旨ですか、それとも、ビジネス方法の発明性の世界では、公知であっても特許付与がありうるので、公知性に対する認識を変えなさい、という意味ですか。

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