世界情報通信サミット2000
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セッション2 -「デジタル・デバイド時代のエレクトロニック・コマース 」
デジタルデバイド3
From: 櫻井 豊
.Subj: 【21】「要件」だと思います
「要件」だと思います。

「要件」があれば,そのためのツールは使いこなすのが人間です。オンライントレーディングを始めるおじいちゃん,携帯ピコピコの若者,皆さんそうではないでしょうか。

逆に「要件」がなければ,面倒なことには手を染めない人が多いでしょう。情報弱者,情報弱者と言いますが,必要無い人は関係ないです。

本当にそういった人々が困るくらい情報化する動きが片方にあってこそ,このデジタルデバイドというテーマは真剣に議論できるようになろうかと期待しています。

今の日本では,その片方が全然見えてこないので,今一つピンと来ない,あるいはピンと来ていても想像や予想でしか議論できないのではないでしょうか。

しかも情報化を心の底ではしたくないと思っている人ほど,デジタルデバイドを議論していると逃げられるという潜在意識がどこかに働いていないかも心配です。

余談になりますが,普段,仕事でお客様とお目にかかっていて感じるのが,多くのご相談が(極論すれば)「私の要件は何なのでしょうか?」という人生相談だということです。

「要件」をお持ちの方から,それを実現するためにどうしたら良いかという相談は,めったにありません。(ご自分はそうは思っていらっしゃらないのでしょうけど。)

したがって「教育」の問題も「リテラシー教育」をいくらやっても駄目な可能性が高いかもしれません。日本の教育にはこれまで,自ら「要件」を創り出す訓練が欠けていたのかもしれないな,と感じる今日このごろです。

From: 勝屋 信昭
.Subj: 【22】要件を作りだせるような教育
デジタルデバイドの議論が単なるインターネットアクセスツール教育・提供の議論に置換わるのでは、意味がありません。教育を今までの詰め込み型から要件を作りだせるような教育に変えることが重要です。基本がしっかりしていれば、リテラシ教育はどうにでもなると思います。

From: 市川 明彦
.Subj: 【23】ユニバーサルアクセスと教育の問題
デジタルデバイドの定義は、前川教授の提示されたもので妥当だと思います。又、これの行きつく所の1つは、ユニバーサルアクセスと教育の問題ではないかと思います。

 経済力の差の故に
(1)EC環境を、インターネット環境を手に入れられない,
(2)その環境を使いこなせない,
 ので、情報格差が生まれ、経済力格差が拡大するというとらえ方ですね。

(1)については、世界的には別として、日本では、PCが10万円を切り、モバイル・携帯が普及して、常時接続5000円/月以下に(間もなくなるので)なるのと、最近のフリーPCも活用すれば1万円から8,000円/月程度で常時利用できる事になり、この環境が有用だと感じれば、払えない人は少ないのではと思います。それでも、経済的に問題になる人,コストと利用機会のバランスで常時必要としない人には、公民館や公共図書館,公的病院での設置が有用だと思います。
又、ハンディキャップのある人には、やはり、在宅使用が理想ですから、購入・設置に何らかの公的補助措置が取られるべきです。この項目では、機器が、何らかのハンディキャップを持つ人に使い易いものかどうかが問題で、ユニバーサルアクセスの問題になると思います。もちろんボランティア,NGO,NPOの人が代行サービスするアイデアがあると思います。

(2)が教育の問題ですが、経済力故に、この教育環境を手に入れられない人が出てくる,存在する可能性があります。その対策として、文部省がH14年から「情報」を必修にする事が期待できます。既に卒業してしまっている人々に安く教育する仕掛けが必要です。社会施設での低額(無料)教育制度の整備が必要です。
この教育では、単に操作教育以外に、従来のコンピュータリテラシー教育に無かった(インターネットリテラシー教育,ECリテラシー教育として)自己責任教育,リスク教育,著作権教育等も行なわれる必要があると思います。

From: 小林 一
.Subj: 【24】「チャンス」が与えられる
<ユニバーサルデザインとしてのインターネット>

先日、関根さんコーディネートの高齢者・障害者支援型情報システム開発事業の発表会に参加する機会をもちました。そこで、改めて確認したことは、高齢者を含め障害者福祉社会づくりの世界では、バリアフリーとかユニバーサルデザインということが基本的なルール・方向で、インターネットやデジタル情報へのアクセスも全ての人に保証されるべきだという考えで技術開発、システム開発が進められていることでした。

発表会では、手足から視聴覚といった身体障害から知的障害まで様々に障害を抱える方々のためのインターネット利用のシステムが披露されていました。正直、そこまでするのかという先入観がなかったわけではありませんが、「インターネットで様々な情報に接したい」「e-mailで友だちとコミュニケーションしたい」といった要求は健常者、身障者(高齢者)共通で、少なくともそのための機会は平等に与えられるべきだというのが「常識」なんだなと思いました。もちろん、「ネットビジネスの世界で頑張りたい」という方もいるでしょう。

デジタルデバイドの問題を議論する前提に、インターネットやそれを利用した電子商取引が普遍的なシステムになっていく以上、全ての人がそれに参加する「チャンス」が与えられるという意味で、バリアフリー、ユニバーサルデザインが基本原則だということを確認する必要があると思います。地域(国)、世代、性別、職業、所得を超えて、桜井さんの言葉を借りれば「要件」をもつ全ての人がインターネットを利用することができるような状態をまずは目指すべきなのでしょう。この意味では、アジアやアフリカの発展途上国でのインターネット利用を支援することを国際協力として推進すべきことを繰り返し提案します。


<結果としてのデジタルデバイド>

こうしたユニバーサルデザイン(アクセス)を前提に、あとは競争原理ということだと思うのですが、デバイドの問題はその先にあるのではないでしょうか。すなわち、インターネットを使っているかどうかのレベルでの「情報格差」のではなく、「情報をいかに使うか」、「情報をビジネスチャンスにいかにつなげるか」ということが実は問題で、そこでうまくやるグループとだめなグループが発生している(と予想される)ことの現実をどうみるかということではないかと思います。

「競争原理」といってしまえばそれまでですが、現実の社会には所得格差や性別差、アメリカでいえば人種に関連する問題、日本で言えば学歴や大企業・中小企業の格差(これらは、IT革命のなかでは死語になったというべきかもしれませんが)などある種の格差が存在しており、e-commerceの世界でビジネスがスピードアップされる結果、そうした格差を増幅するという可能性が大きいのではないでしょうか。B to Cでマスマーケットを対象とする場合や、消費者側の場合は「開かれたインターネット社会」ということでそれほどではないですが、肝心の生産者サイド、B to Bでビジネスを構築する場合には、クローズドなネットのなかで情報交換・付加価値創造が行われるので、ネットに参加する限られた人、企業だけが果実を得るようにということが起こるからです。昔「独占資本主義」という言葉がありましたが、今は「独占知本主義」といった状況が現出しているのだと思います。ビジネス特許などの問題では独占禁止法との関係がどうなっているのかということも興味深いものです。

性別差や高齢者・障害者の問題については、この格差は解消の方向に進むようにみえますが、その他そもそも国や地域の社会構造に起因する格差についてはなかなか大変かと思います。それが「デジタル」デバイド問題の本質かと思いますがいかがでしょう。国際的には、南北問題が大問題ですね。先だってのアジア通貨危機の問題にしても、最先端ITを使ったヘッジファンドとローカル・ローテクな金融システムの「デジタルデバイド」に起因するのではないですか。


<開かれたネットワーク社会>

どうするか。皆さんのご提案にあるように徹底的なIT教育をはじめ、競争社会の勝者になる努力をまずは惜しまず、競争原理のダイナミズムは基本的に追求するとして、インターネットや情報の実際の利用と応用について、限られた階層やメンバーだけでなく、すべての人たちに開かれたものにすることが必要なのだと思います。いささか当たり前で、お人好しの物言いかもしれませんがいかがでしょう。より具体的には独占禁止法ー公正取引委員会と類似のシステムがeービジネスでも国際レベルで必要なのでしょうね。

From: 関根 千佳
.Subj: 【25】ユニバーサルデサインと競争
あの会では、11社がさまざまな先進的ユーザーインターフェースを披露していました。通産省が10億もかけたものなのですから、もう少しまともなものを開発しなさい、と思ったのは大企業に多く、ベンチャー系はそれなりにみな、面白い研究をしていましたね。

情報へのアクセス権は、基本的人権である、とかつての郵政省のアクセス研究会でも明言されていましたし、いま、八代大臣のもとでも、さまざまな検討がなされています。

交通や建物では、ユニバーサルデザインがようやく「当たり前のこと」として認知されてきましたが、情報通信の世界では、まだ日本の意識は、欧米や韓国、シンガポールに比べても10年以上遅れていますね。

パソコンはまだ家電に比べてユニバーサルデザインや使いやすさの研究が足りません。メーカーは自分が加害者になっていること、いつか年をとったときに被害者になることをわかっていません。通産省のアクセシビリティ指針を、読んだことのない設計者も多いでしょう。また、インターネットのアクセシビリティ

も、日本では全く考慮されていません。コンテンツクリエーターのすべては、アクセスできないページを作ることで、知らぬ間に、加害者になる可能性があります。
情報インフラを、少なくとも設計段階では、誰もがアクセスできるように作る、という基本的な合意さえ、存在していないのが日本なのです。

支援技術を使えば、障害者は少なくとも情報弱者にはなりません。W3Cの数少ない日本人代表であるN君(慶応大学)は、少なくともわれわれの3倍のスピードでネットサーフィンします。彼は全盲ですが、英語と日本語を同時に、音と点字で読んでいくので、晴眼者はまずその速度についていけません。

JAVAの優秀なプログラマーであるS君は、日本の大学が実験できないという理由で脳性麻痺の彼を受け入れてくれなかったため、単身渡米し、バークレイでコンピュータを専攻して卒業し、Sun Microsystemsの米国本社に就職しました。

これは他人事ではないのです。梅棹忠夫さんも、水上勉さんも、小松左京さんも今では視力を失っています。でも、ネットに何らかの形でアクセスが可能であれば、仕事を続けることは可能です。鳩山由紀夫さんの恩師である、スタンフォードのジェリー・リーバーマン教授も、50歳をすぎてからALSになりましたが、ノートPCで意思を伝え、ネットで新刊書のレビューを書き、教授会の決定にコメントしていました。

海外では、デジタルデバイドの問題は、経済とともに、アクセシビリティの問題ではないのでしょうか?少なくとも97年のW3Cではそうだったように記憶しています。

経済的な問題や使おうとする意思の有無は、デジタルデバイドの重要な観点だというのは同意します。しかし、まだ日本には、学ぼうとする意欲に燃え、かつ経済的な問題もクリアしながら、企業や社会の無理解ゆえに、情報にアクセスできないでいる層が存在していることを、忘れないでいただきたいと思います。

From: 勝屋 信昭
.Subj: 【26】知識労働者の争奪戦
私の定義としては、これは、優秀な知識労働者をめぐる争奪の問題だと捉えています。レスター・サローによれば、現在、第3次産業革命が進行中であり、新しい知識社会を生み出しつつある。この社会で経済価値を生み出すのが知識労働者であり、この人材の争奪戦が世界レベルで起こりつつある。

私の会社のなかでも the war for the talent ということで、インターネット企業との間で人材の争奪戦を行っています。今後、企業が知識社会のなかで生き残っていくには、この知識労働者を

如何に確保していくかが問題になります。特に、日本企業にとって、今後グローバルな経済競争に勝ち残るには重要な問題です。

日本型の教育システムは、工業社会においては有効なシステムでしたが、知識社会においては時代遅れのシステムです。最近、子供の勉強の面倒を見ていてその内容が私の子供時代と何も変わっていないことに驚いています。ある面では、より簡単になっている。このままでは、英語も話せぬ極めて創造力に乏しい人材しか育たないと思われます。学校のカリキュラムにコンピュータ操作

教育を追加してもなにも解決されない。いまこそ、教育を抜本的に見直す時期です。

From: 林 浩一
.Subj: 【27】ワンツーワン・マーケティング
私は、インターネット利用率の差については、パソコン以外のメディアの普及と通信費の低下によって、富裕層と貧困層でそれほど大きなものにならないかもしれないという気がしています。

むしろ、接続されたその先の、提供される情報サービスの質に目を向けた議論も必要だと思っております。特に情報フィルタリングとセキュリティに関わるサービスは、貧富の格差の固定につながる構図を作り出しかねません。

すでに、インターネットでアクセスできる情報量の増大は、情報の受け手側だけのリテラシーで対応できるものではなくなりつつあります。このためのひとつの方向は、情報の出し手側が、受け手のプロファイルに合わせて適切な情報を選別して提供するものです。ワンツーワン・マーケティングに代表される、優良顧客の囲い込みマーケティングは、まさにその典型例です。
こうしたサービスは、現在、企業側が個別に持つ顧客プロファイルによってなされますが、将来的には、顧客側のプロファイル管理エージェントのような代行業者がそれにとって代るかもしれません。

いずれにしても、重要なことは、このようなサービスは、それだけのコストに見合う富を持つ人々にしか提供されないという点です。

つまり、富裕層の人々には、黙っていても手に入るお得な情報を、貧困層の人々は苦労して、時間をかけて獲得しないといけないことが起こりえます。また、富裕層の人々が、自分のプロファイルを信頼できるサービスによって安全に守ってもらいつつショッピングを楽しむ傍らで、貧困層の人々は、いつ身ぐるみはがされるかわからない、ネットワーク環境での作業を強いられることも起こりえます。そして、これらのサービスの格差は、経済的な格差にダイレクトにつながってゆきます。。。。そんな未来もあるかもしれません。

From: 会津 泉
.Subj: 【28】APRICOTという会議
アジアのインターネットの運用技術の育成を中心テーマとしたAPRICOTという会議で、ソウルに来ています。

韓国は、インターネットが猛爆発しました。94年から98年までは、インターネットの人口あたりの利用者が
6.98 7.65 8.08 8.40 9.41% と微増を続けただけなのが、99年になって突然23.11% と急増しました。ドメインネームとIPアドレスの登録数もほぼ同じ伸び方です。

いったいなにが起きたのか、まだよくわからないのですが、「IMF=経済危機」がそれまでの意識を吹き飛ばし、グローバリゼーションの象徴であるインターネットに飛びついた、といった様相です。

ディジタルディバイドとどう関係するか、ですが、、、それまで普及が遅れていたからといって、これからもそれが続くということも必ずしもない、という気がするのです。いくつかの要因が重なれば、の話しですが。

From: 吹野 博志
.Subj: 【29】植民地時代には武力デバイド知識情報社会では
1.植民地時代には武力デバイドがあったように、知識情報社会ではデジタル・インターネットテクノロジーがまた知的パワーや知的好奇心がデバイド要因になっている。人材、アライアンス・パートナー獲得をめぐって各企業が激しく戦っているわけです。

2.アメリカと比較すると国民全体の知的好奇心、ブレインパワーの潜在能力からみれば、日本が優位に立っているとおもいます。人種間のデジタルデバイド等の問題から考えてもそう思います。

3.しかしそれは、ポテンシャルであってその力をフルに発揮していません。

4.結論をいそげば、今の中央集権・官主導の硬直したシステムではスピーデイに時代の波に乗れません。道州制を視野に入れた国家改造があって始めて我国の潜在能力をフルに発揮できると確信しています。

5.インターネット・デジタル革命の波に乗って驀進しつつあるのは、シンガポール、フィンランド、オランダといった小国で(アメリカも小国の連邦国家)彼らから学ぶことが多いのではないでしょうか。

From: 前川 徹
.Subj: 【30】コーディネーター 〜 閉会
オンライン会議に参加いただいた皆さま、ありがとうございました。おかげさまで、無事にオンライン会議を終了することができました。

本来ならば、最後にまとめをする必要があるのでしょうが、話題はたいへん広範にわたり、問題によっては入り口にさしかかったところで時間切れになったものもあり、中途半端なまとめはしない方がよいように思います。

このオンライン会議に参加して、その進め方について感じたことが一つあります。それは、議論を進めるために、サブテーマ毎に、その分野にある程度詳しい人に最初にプレゼンテーションをお願いした方が、より実りある会議ができるのではないかということです。問題を議論するにしても、問題の捉え方が参加者であまりに違っていると、その後の議論がかみ合わないからです。もちろん、問題がどこにあるのかを議論することにも意味があるのかもしれませんが、まずは、その道の専門家に、その問題の経緯と現状についてある程度の説明があった上で、議論した方がより深く、実りある会議になるように思います。

ともあれ、本当にご協力ありがとうございました。

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