庄山悦彦
日立製作所 代表取締役社長
だれもがいつでもどこでもネットワークから情報を得ることができる「ユビキタス情報社会」では、人間だけでなく家電や自動車、日用品のあらゆるものが情報発信を始める。こうした動きに合わせ人間の行動・価値観は大きな変革を遂げていくのではないか。
これはいわば「現在利用価値の時代」の到来を意味する。情報をいかに手にするかということより、だれもが容易に手に入る情報をいかに価値ある情報に仕上げるかという能力がカギになる。これは個人やコミュニティーが従来の国家並みの力を有し、個人と国家が対等に渡り合う時代になるということだ。こうした価値変革の動きは個々人や企業、国家といったレベルにも反映されるはずだ。
たとえば国発行の通貨に代わり、個人ベースの取引に利便性を発揮して「通貨」的な役割を果たすエコマネーなどの普及やインターネットを通じた「サイバー軍隊」などが登場する可能性は十分に考えられる。
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個々人レベルでは情報収集に労力を割かずに、より創造的な側面に全力を尽くすことができる。企業も人が所属して仕事をこなす「企業人」の集団から、企業や組織から自由な「職業人」が企業やブランドのもとに必要な機能を提供する集団に変ぼうする。「日立」の名前で提供するサービスにかかわる多くの人が、所属は「日立」でないというケースが出てくるかもしれない。こうしたビジネスがどんどん出てくることで個人の起業家意識が高揚し、経済の活性化につながりライフスタイルの変革を促すことになる。
一方、こうした社会の変化は大きなビジネスチャンスを生む。ネットワークの普及で「個」のニーズは多様化。企業も従来の延長線から外れた複眼的、総合的視点で事業領域をとらえることが必要になる。日立製作所でもこうした時代の変化に呼応して原子力発電所の制御技術と金融システム構築の経験を生かし、金融工学のコンサルティング業務を2月に開始した。環境問題などでも総合的なノウハウや技術を活用する体制を整備している。
新しい事業とは具体的にどういうものなのか。一つはモノや情報の提供はもとより法律相談や家計、健康管理まで個人の生活のあらゆる局面を支援するコンサルティングなど、「個」の利便性に極限まで近づくビジネスだ。またネット情報のセキュリティーなど社会的なリスクを回避するサービスなども重要度が高まる。ネットワーク技術を生かしたレベルの高い医療・介護サービスも、高い需要がある事業だ。
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ではユビキタス社会実現には何が必要なのか。ポイントは五つある。まず必要なのは、廉価で瞬時に情報を伝達できるインフラ基盤技術だ。現在のネットワークインフラをさらに高速・大容量化するためのネットワーク装置や回線有効活用のサービス、情報を快適に送受信できる携帯端末や無線システムの開発が必須(ひっす)となる。
次に大量の情報から有用な知識を獲得するための技術だ。爆発的に増える情報を保存する高信頼・大容量のストレージ(外部記憶装置)システムが必要。当社でもストレージビジネスについては情報事業の中核として強化を進めている。
三つめが多様な主体間の円滑なコミュニケーションの支援だ。情報技術(IT)やインターネットがその存在を感じさせないくらいに気軽に使える端末や、よりシームレスに他言語間でのコミュニケーションが可能になるシステムを支援する必要だ。
四つ目が安心してアクセスできるネットワークの構築だ。日本の「モノづくり」の技術を見直し、高性能で信頼性の高いインフラを社会に提供する一方、認証技術など安全と安心を保証する技術開発を進める必要がある。最後は環境負荷の少ない情報社会の実現。当社でもプラントや情報技術を活用し、新しい解決策を開発していきたい。
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こうした企業努力に加えて必要なのが、ユビキタス社会の到来に伴うリスク対策など官民一体となった社会基盤の整備だ。ユビキタス社会では目的意識の高い個人の可能性が広がる半面、アグレッシブでない層との格差が広がる。まずこうした二極化を抑止しなければならない。
さらにネットワークの安定性・信頼性の向上にも単に企業だけでなく、国や企業、研究機関が協力関係を構築、個々の利害を超えた共同プロジェクトとしてプラットホームの整備を進めなければならない。
次に考えられるのはモラルハザードや個人情報に関するリスクだ。ユビキタス社会では個人情報が他者に悪用されるリスクや有害な情報が意に反して飛び込んでくるリスクを背負っている。法制面で対応すると共に社会通念、文化としてのポリシーを確立。家庭や学校、企業、行政が一体となってモラルハザードの教育を確立する必要がある。サイバーテロなどに対応するためには、国際的な協力体制づくりも急務となろう。
ユビキタス社会では革命的に人間の活動の自由度が上がる。これにより夢の実現への可能性が広がる一方、個々人の活動が大きな影響を全体に与える社会であるのも間違いない。こうした社会ではグローバルな視点からの技術開発、多国間との協調、文化的な調和が求められる。企業内でもデジタルデバイド(情報化が生む経済格差)の問題や生理学・人間工学上の問題、環境問題、モラルハザードなどあらゆる観点からの調和を目指す必要がある。日立としても、様々な観点からの検討を進め、意見交換を行っていきたい。
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